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日本事変  作者: 莞爾
3/10

2.残火

 日本全域に人民軍の宣言があらゆる周波数、ネット回線を使って流された。

 「日本は開放される。我々は秩序と再生をもたらす」

 その放送を緊張した面持ちで聞いていたのは佐久間陸将補だった。

 自衛隊の一部が独自の動きを見せ始めていた。首都圏の防衛に焦点を絞った千葉の第1空挺団も緊迫した空気の中、司令部で黙々と作戦図を見つめていた。指揮官の佐久間陸将補は、眉間に皺を寄せ、通信士へ命じた。

 「東京にいる“残余の政府構成員”の保護優先、万が一のために霞ヶ関からの脱出ルートを確保せよ」

 彼の脳内ではかつて言い争われた事柄が呼び起こされていた。

 政府・与党・法学者・自衛隊関係者が集められた非公式の会議だった。議題は、「天皇空位」の非常事態における国家運営だ。現状では陛下の存在なく議会の開会も大臣の叙任もできない、いや、強行したとしても権威が共なわない、それをどうするのか。結論はでず、問題は先送りにされた。

 悔やまれる、という念が佐久間の中で深まると同時に、彼は現実的な自衛隊員としての責務を果たすため、動き出していた。

 通信回線は時折雑音にまみれながらも、関東各地の駐屯地と緊密な連携を図り始めていた。

 市民の間では、政府消失の噂と「新皇国」のニュースが交錯し、不安と憤りが拡大する一方だった。SNSには“自主防衛隊”や“皇国拒否運動”と名乗るアカウントが急増し、拠点の形成と物資の調達を呼びかける投稿が連続していた。

 その夜、福岡の旧県庁跡で「日本人民皇国」初の公式演説が行われた。玉座に即位したとされる女性は、穏やかな口調で語り始めた。

 「我々は共に未来を築くのです。血統と意志は、分断された世界を繋ぐ架け橋となるでしょう」

 群衆の間から拍手と歓声が湧き上がる。しかし、その声に混ざって、爆竹のような音が二度、三度――近くの建物の屋上から煙が立ち上った。新政権の警備兵が慌ただしく動き始め、群衆は散り散りに走り出した。

 「福岡で爆発、反体制派によるものか?」

 この速報は瞬く間に拡散され、東京では皇居の無惨に爆破された広場に集まった人々が、深夜にも関わらず、ろうそくを灯し、静かに祈りを捧げていた。

 その中心に、一人の老人が立っていた。名前は斎藤蓮。かつて皇宮警察の勤務歴を持ち、皇族と密かな交流があった人物だ。彼の手には、かつて昭和天皇が愛した図鑑と、全皇族が殺害された今、最後の希望といえる継承者の在り処を記した手書きのメモが握られていた。

 「まだ、終わらんよ」

 風は冷たく、だが彼の声には揺るぎがなかった。


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