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No.3 赤く染まった海、そして始まりの世代へ


「ふと、誰かの声が聞こえた気がした。」


「手を握り締めても、何にも伝わんないのにな…。」


「何かが変わると思い込むこと。」


「それぐらいが、丁度良いってさ…。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ゲホッ…ウッ…なんか…苦しい。」

 進んでいくにつれて、何故か視界は暗く染まっていった。倒れこみそうになって、もう一度自分を奮い立たせる。

「会わなくちゃ…。もう一度…だけでも。」

 それが誰かも、私は何も覚えていないのに…。それでも前に進もうとする、足は止められなかった。

「夜が…来たの…?」

 真っ暗な視界で明かりを探すように進む。白い胞子たちだけが、ランプになって道を照らし出す。それを頼りに進んでいた。

「…ありがとう。」

 震え出し、ガクガクする足を抑えて、私はふと視線を前に向けた…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ヴッ…ッオア゛…し…死ぬ。」

 迫り上げてきた不快感と、確実に破壊されていく粘膜の違和感に、思わず恐怖を感じたが、必死で俺は前へ走っていた。

「まずいな…。」

 人間という脆い存在がこの世界において、如何に淘汰されるべき代物なのかを身をもって感じる。視界が狭まり、辺りが見えなくなっていくが、遠くに白いふわふわが漂っていた。

「あの白い塊だけが目印だな…。」

 潰れ始めた自分の声と耳鳴りの喧しさ。身体のふらつきを、一旦立ち止まって整えると、最早毒物でしかない空気を、肺に取り込んだ…。

「最悪の気分だ。」

 頭痛、心が折れそうなほどの倦怠感と体内を駆け巡る痛み。新世紀を、死神に刈り取らせた人類へ恨みを吐きながら、何とか俺は再び走り出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…。」

 満月を見上げ、青年が海に下半身だけ沈めて立ち尽くしている。

「…アナタは…私は…。」

 こちらを見つめる瞳に見覚えがあった。冷たさがあるのに、どこか柔くて…。0では作り出せない特別の理性と機敏さが…組み込まれていて…。

「そっちに来てほしいの?」

「…。」

 真っ暗な世界に、月明かりと青年の姿だけが映し出されている。息を吸い込んで、私は…彼の待つ方へと歩き始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…!…!…!」

 ふらふらと、視線の焦点を失い、身体が崩れ落ちそうなほどバランスを失った少女が、真っ赤に染まった海水へ、足を踏み入れる。その瞬間、肌が焼ける音と同時に、彼女の皮膚が爛れ始めた。

「…!…!」

 足首が焦げていく、仲間たちは悲鳴を上げながら、必死で彼女を押し戻そうとしていた。それでも何かに取り付かれたように、少女は海へ入っていこうとする。…もう、ワタシたちがいる世界と少女の見ている世界は、全く異なっているのだと悟った。

「… …。 … …。」

 過剰なまでの化学物質で荒らされた海に、自然の産物である仲間たちが押しやられ、一人また一人と死んでいく。それと同時に、彼女の奇麗だった足も無残になっていく。

「…!…!」

 耳元に必死でこれ以上入ってはダメと叫ぶが、きっと声は届かないのだろう。仲間たちの断末魔を聞きながら、ワタシが流せるはずもない涙を溢したその時だった。

「っ!…ふざけるな!ちょっと待て…!」

 掠れた怒号と共に青年が、彼女の手を掴み引き戻そうと、自らも赤い海に足を浸からせたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ヒァ゛…ッ゛。」

 声にならない悲鳴をあげ、足が引きちぎれたような激痛を感じた。何故、前へ前へと進む彼女は声一つ上げていないのか…。

「ヴッ…イッ゛。」

 兎も角、何とか彼女の手を掴む。

「バカ…か…、何…して…。」

「…くん。」

 俺に視点は合っていない…。なのに、呼んだのは俺の名前で…。目の前にはただ…。

「ああ…。」

 海の向こうには、徐々に自然へ馴らされる、もう誰もいない高層ビルや、高速道路、人間の高度な技術が詰まった近代都市。崩落した建物の一部は、汚染された海へ飛沫をあげて沈んだ。

 数世代前には、死体もたくさんあったが…もう朽ちて骨すら残っていないだろう。何もかもが死に絶えた世界で…眠り続けていた君は今…。

「何を見ているんだ…?」

「…。」

 嘗て世界は、神様ではなく君と俺によって作られた。けれど、その終わりは何処までも悲惨で君は生きるよすがを失ってしまった。それからどれほどの時が経ったのだろう…?

「でも、目覚めたってことは…きっと…。」


 俺たち2人の終わりを探していたんだよな…?

 

「っ…。」

 1は0が存在しないと成立しない。0は1が無ければ、何も生み出せない。1と0は両方が存在しなければ、情報をデータに残せない…。


「そうか…。」

 腐敗した世界の毒薬が、少しずつ体を蝕んで互いの肌を焼き、体内からも体外からも組織が破壊されていく。直に俺達は、本当の意味で死を迎えることになるのだろう。

「これで終わりか…。」

 もう視界は真っ暗に閉ざされた。それでも、まだ身体の感覚は残っている。俺は、彼女を抱きしめると、目を閉じたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…。」

 僅かに残った真白の胞子達。二人の意識が途絶えて、海へ沈む前に必死で引き上げたものの、もうすぐ命は尽きようとしていた。

「…。」

 この世界で最初の人間。神に造られた、神に匹敵する…それでも弱い人間。

「…?」

 青年が僅かに目を開けて、焦点を失った視界で何か見つけようと、視線をさ迷わせていた。

「ああ…。」

 焼けた喉から、絞り出された声に耳を傾ける。

「君は…まだ…生きてたんだな…。」

 懇願するような声に、ワタシはじっと世界の有様と失ってしまった少女の存在を想った。

「頼むよ…。」

「…。」

「この世界は…まだ…可能性を持ってる。」

「… …。」

 気づけば、彼の呼吸は止まり、少女と繋いだ手も力を失っていた。


「…。」

 二人の周りに集まって、悲しそうに項垂れる仲間たち。

「…。」

 既に見捨てた世界だと…ただ愛おしい少女の…神に作られた泥人形から生まれた、誰より自然に近い存在と一緒に居ることだけを望んでいた。

「…。」

 神は万能ではない。汚れてしまった世界は、自然の再生力によって蘇る。死んだ人間は生き返らず、存在しない命は生み出せない。

「…!」

 その時、まるで二人を送るように優しい光が何処からか差し込まれた。少しの逡巡の後、ワタシは仲間たちを連れ立つと、創世記を共に生きた愛すべき人類から離れ、新たな可能性を探す為に、躊躇いながらも一歩踏み出したのだった…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「命は続かない。」


「けれど、どれだけ滅んでも。世界は…アナタの世界は、可能性を持っている。」


「最初のアナタが存在する限り…。」

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