【過去編】願い
※フィル12歳、アレックス15歳の冬夜の話
(……青)
夕方、二階の廊下を歩いていたフィルは、ふと窓の外へと視線をやる。
樹冠の合間に広がる満天の星の下、広がっているのは降り積もった雪で埋め尽くされた世界。それ自体が淡く青い光を放っている。
透明で凛としていて美しいその光景は、もう長く会っていない大事な人を彷彿とさせた。
(ザルアよりずっと暖かいと言っていたけど、カザレナはどうなんだろう……?)
促されてフィルは東を見遣る。
寒さに凍えていないといいな、と青い瞳を思い出してから……思わず眉根を寄せた。
「体、あんまり丈夫じゃないって言ってたよね……」
(でも、寒いなら寒いで、ちゃんと考えて暖かくしてるんだろうな)
『フィルと一緒にいられて私も楽しいよ』
それで……今日もあんなふうに幸せそうに笑っていてくれるといい。
窓近くの空気は、屋敷の中だというのに凍えている。
階下から漂ってきた温かい夕餉の匂いと笑い合う声にふと寂しくなった。
理由に気付いて息を吐くと、フィルは眉尻を下げた。笑っていてほしい、それも確かに大事な願いだけど、本当は、と。
側にいたい、いて欲しい。そして、私が彼女を笑わせたい――それが一番の願い。
「……アレク」
静けさに物悲しくなる、こんなに寒い夜はあなたがひどく恋しい。
* * *
騎士になって初めての冬。日は早々に沈み、辺りは黄昏の闇に覆われつつある。
「雪……」
王都の巡回の中途にあったアレックスは、視界の端を掠める白いものに気付いて立ち止まった。
「へえ、カザレナで降るのは珍しいな」
相方のイオニア第一小隊長補佐に頷きながら、立ち並ぶ建物の間から空を見上げる。重たく沈んだ色の空からゆらりゆらりと舞い降りてくるのは白い、天からの使い。
(カザレナで降るぐらいだ、ザルアはどれほどだろう?)
楽しげに風と戯れているそれらに、もう長く会っていない大事な人を連想して、促されるようにアレックスは西を見遣る。
寒さに凍えていないだろうか、と緑色の瞳を思い出してから……思わず笑いを漏らした。
(元気だろうな)
彼女のことだ、きっと寒さも積もる雪すらも楽しんでいる。
『アレクと一緒だと全部がもっともっと楽しくなるんだ』
それで……今日もあんなふうに幸せそうに笑っていてくれるといい。
「こんだけ寒いんだ、今日はわりぃこと考える奴も揉め事起こす奴もそう出ないだろ」
楽観を口にしてイオニアが再び歩き始めた。
冷たい風が首筋を撫でていく。
周囲の家々では明かりが灯り始めた。温かみのある光にふと体のうちが冷える。
理由に気付いて白い溜め息を漏らすと、アレックスは小さく苦笑した。幸せにしていてほしい、それも確かに大事な願いだが、本当は、と。
側にいたい、いて欲しい。そして、俺が俺自身の手で彼女を幸せにしたい――それが一番の願い。
「……フィル」
指先が千切れそうに冷たい、こんなに寒い夜はひどく君が恋しい。