第八十六作戦:夏の慰安旅行3
灼熱の太陽が空高く輝き、潮風が熱を運びながら吹き抜ける中、不死鳥の羽のメンバーたちはようやく慰安旅行の目的地であるホテルに到着した。
「着いたのだぁ!」
「やっほ~い!」
真夏の青空に響くピエラとエルの声は、疲れ切った道中の雰囲気を一気に吹き飛ばした。
荷物を放り投げる勢いで、二人はスーツケースを手にホテルへ一目散に駆けていく。
一方、後方では「大人組み」とも言える蝶々たちが、どこか疲れた表情で彼女たちの姿を見送っていた。
「エ、エル…ピエラ…走っちゃダメだよ…」
青白い顔でついて行こうとするアール。車酔いのせいで足取りが重く、エルたちに注意しながらも息を切らせていた。
「まったく…元気やなぁ…」
アンカーが荷物を肩に担ぎ、ニヤリと笑いながら二人を追いかけるアールに肩を叩いた。
そんな喧騒をよそに、メンバーたちの目の前に立つホテルは、まるで絵画のようだった。
白い壁が燦々とした光を反射し、その向こうにはエメラルドグリーンに輝く海が広がっている。
波の音が微かに耳に届き、ロビーから漂ってくる冷気が心地よかった。
蝶々はホテルの外観に視線を投げ、一呼吸置いて満足げに頷いた。
「なかなかのホテルだな。」
その言葉に呼応するように、ラルデュナが隣で神妙な表情を浮かべて答える。
「是。実二美シイデス。」
一行は案内されたそれぞれの部屋に向かって歩き出したが、その移動の途中でも彼らの個性が際立った。スズメバチは終始ニコニコと楽しげにキョロキョロと周囲を見渡し、ウルフバイトは「荷物くらい運ぶぜ!」と勢いよく他人のスーツケースを持っていく。一方で蝶々はリストを手にホテルの手配がしっかりしているかを最後まで確認し、完璧主義を露わにしていた。
しかし、部屋の配置に関しては、蝶々も何らかの「波乱」が起きる予感を拭いきれなかった。
夏の日差しを受けながら、それぞれがこれから待ち受けるであろう「癒し」という名の波乱を胸に秘め、宿泊地の扉をくぐるのであった――。
――ー
ホテルのチェックインカウンター前は、暑い夏の日差しが窓越しに差し込むロビーの優雅な雰囲気を台無しにしかねない喧騒に包まれていた。
その中心にいたのは、パンドラだった。
「えっ、なんで!?なんでわたくしが、蝶々様と別なんですの!?」
声を張り上げたパンドラは、腰に手を当て、ホテルマンを鋭く睨みつける。
彼女の甲高い叫びが響き渡るたび、チェックインを待つ他の客たちが困惑の視線を向けた。
チェックイン手続きを進めていたホテルマンは、パンドラの勢いに気圧されつつ、書類に目を落としながらおずおずと答えた。
「そ、そう言われましても…予約では…そのように…」
彼の声はすっかり小さくなり、その姿勢はまるで暴風の前に立たされた小船のようだった。しかし、この暴風を一蹴する存在がここにはいた。
「当たり前だ。お前が相部屋になれば寝込みを襲うに決まっているからな。」
その冷ややかな声が静かに響くと、場の空気が一瞬で凍りついた。発言の主である蝶々は、片眉を上げながらパンドラを冷静に見つめる。
「そ、そんな! わたくしを何だと思っているのですか!」
目を丸くして抗議するパンドラだが、蝶々はまったく動じない。わずかに顎を上げ、事もなげに言い放った。
「変態だ。」
言葉の重みを増幅するような静寂が、しばしロビーに訪れた。それは、あまりにも的確な一言だった。パンドラはガクッと崩れ落ち、床に座り込んだ。彼女の顔にはショックの色がありありと浮かび、彼女らしくもなく反論の言葉すら失っていた。
蝶々はそんな彼女を一瞥し、カウンターに視線を戻す。実はこの事態を予想していた彼女は、出発前から手を回して個室を一部屋だけ確保していたのだ。
蝶々は個室、アンカーとパンドラ。ピエラとエルとアール。スズメバチとオオカミと言った具合に分かれている。
「これで分かっただろう。無駄な議論はここで終わりだ。」
すっと胸を張り、きっぱりと告げる蝶々。その毅然とした態度にホテルマンは深く礼をしつつ、手続きを続行した。
他のメンバーたちは、成り行きを見守りながら思い思いの感想を胸に抱いていた。アンカーは苦笑しながら肩をすくめ、スズメバチとオオカミは「あのやり取り、どう見てもパンドラの姐さんの自業自得っスね」と小声で話している。
一方、ピエラとエルはパンドラに手を差し伸べることもなく、楽しそうに部屋の話をしていた。
アールだけはその様子を気にしているのか、視線を揺らしつつも声をかける勇気はなかった。
事前に張られた防護線によってパンドラの目論見は阻止され、部屋割りが平和的に決定したのであった。
しかし、蝶々にはまだ心の中で懸念が残っていた――本当にこれで全てが丸く収まるのか、と。
―――
静かな午前、蝶々は個室で一人静かに読書を楽しんでいた。窓越しに聞こえる波の音が穏やかなリズムを刻み、心地よい時間を過ごしている中、不意に響いたノック音が空気を揺らした。
「…何だ。」
少し眉をひそめながら蝶々は本を閉じ、重厚な木製の扉へと足を運ぶ。ノックの主が誰であるかを悟るのに時間はかからなかった。その予想通り、扉の向こうに立っていたのは満面の笑みを浮かべたパンドラだった。
「蝶々様~! 水着、持ってきましたわ♥海に行きましょう♥」
まるでプレゼントを渡す子供のような無邪気さで差し出される袋。しかし、蝶々の表情はどこか嫌悪の色を帯びていた。
「嫌な予感しかしないが……見せてみろ。」
パンドラから袋を受け取ると、蝶々は冷静に中を確認する。しかし、次の瞬間、彼女の冷たい仮面がゆっくりとひび割れる。
袋の中身を目にした蝶々の顔色が一瞬で変わる。それは、薄いブルーのスクール水着で、胸元には大きく黒いマジックで「ちょうちょう」と手書きされていたからだ。しかも、書き文字の「ちょうちょう」は可愛らしいハートで囲まれており、どこまでも悪意――いや、愛情を装った異様な執念が込められていた。
「……。」
袋を手にしたまま無言で立ち尽くす蝶々。その顔にはかすかな震えが走っている。一方、パンドラはまったく空気を読まずに張り切った声を上げた。
「どうです♥蝶々様にピッタリだと思います♥想像するだけでわたくしぬ――」
最後の言葉が完全に終わるより早く、蝶々は手にした袋を足元に置き、パンドラの正面に一歩踏み出す。そして何のためらいもなく、強烈な拳が鋭い弧を描き、パンドラの頭に振り下ろされた。
「ッ――――!」
崩れ落ちるように床に倒れるパンドラ。宿の静かな廊下に響いた哀れな呻き声は、同時に周囲の宿泊客の耳を刺激した。廊下にいた他のメンバーやスタッフが扉の向こうでざわついている気配が、うっすらと蝶々の耳に届いたが、彼女は一切動じない。
「…もう部屋に入るな」
パンドラを冷たく見下ろしながら、蝶々は静かに告げる。その言葉に込められた圧倒的な威圧感は、パンドラの熱烈な想いをも鈍らせるほどだった。
床にうずくまるパンドラは涙目で頬を押さえながら小さくつぶやく。
「で、でも……蝶々様に似合うと思ったのに……」
蝶々はそんな彼女を一瞥し、ため息をついた。そして袋の水着を足元に置いたまま扉を閉めると、まるで何事もなかったかのように静寂が部屋に戻ってきた。
それでも廊下の一部では、未だにパンドラの切ない呻き声が余韻のように響いていた――。
―――
真っ青な空と灼熱の太陽が白い砂浜に降り注ぎ、波音が規則正しいリズムで耳に響く中、不死鳥の羽の一行は海辺へと繰り出していた。
それぞれが水着に着替え、個性が色濃く表れるその姿は、ビーチの喧噪の中でもひと際目を引いていた。
蝶々は自前で用意した黒のキーホール水着を身にまとい、白いラッシュガードパーカーを羽織っている。
その水着の品の良いデザインが醸し出す高貴な雰囲気は、周囲を自然と圧倒し、人を寄せ付けないオーラを漂わせていた。
しかし、その表情には覇気がない。太陽の強烈な光線が容赦なく照りつけるなか、蝶々は深いため息をついた。
「…暑い…部屋に戻りたい…」
重たい声で漏らされた言葉には、かすかな倦怠感が混じっている。彼女にとっては、このビーチの灼熱も十分に「敵」といえるらしい。
対照的に、パンドラは青いマイクロビキニという大胆な水着姿で登場した。胸元を強調したデザインは自信満々の笑顔をさらに際立たせ、ビーチのどこにいても存在感を主張していた。
「蝶々様、ご覧あそばせ♥ わたくしにぴったりではございませんの?」
手を腰に当て、ポーズを決めながら片足を少しだけ後ろに引いて見せつけるその姿は、目立ちたがり以外の何者でもなかった。
赤いフレア・ビキニを着たアンカーも負けてはいない。
「目立ってなんぼ」が信条の彼女は、大きなビーチボールを抱えて砂浜を楽しげに歩いていた。
「良い天気や!うちが晴れ女ってことなんやろうな!」
彼女の元気な声は周囲に響き渡り、その明るさにつられて他のメンバーも笑顔になりそうな勢いだ。
ラルデュナはネイビーのレイヤード・ビキニを選び、その長身に均整の取れたスタイルが周囲を圧倒していた。
普段は無機質でどこか冷たい印象を与える彼女だが、そのビキニ姿の意外なまでの魅力に、大勢の男たちが一瞬で釘付けになる。
「コレガ海…興味深イ。」
ラルデュナの感想は簡潔で、しかし、初めてのビーチに対する純粋な感動を感じさせた。
一方、ピエラは白を基調とした赤と緑の水玉のプランジング水着にお菓子の袋を手に、波打ち際で無邪気に跳ね回っていた。
「きゃきゃ♪ 冷たくて気持ち良いのだ!」
海水の飛沫を体に受けながら笑顔を絶やさないピエラ。その元気な様子が場の空気を明るくする。
エルはシンプルなピンクのタンクスーツに身を包み、アクティブな海遊びの準備万端だといわんばかりの表情をしている。
手にはカラフルな浮き輪を抱え、誰よりも楽しむ気満々だった。
「ふふん♪ 浮き輪の準備はばっちりよ!楽しむわ!」
その背後で、アールがホテルの方向へとそろそろと脚を動かしていた。
しかし、その計画はすぐに頓挫する。
「…もう、帰りたい…」
「何言ってんのよ!海に来たんだから遊びまくるわよ!」
小声の独り言もむなしく、エルに片手でしっかりと捕まえられてしまう。彼女のアクティブさとアールの疲弊した様子が、妙なコントラストを描き出していた。
スズメバチはカジュアルなサーフパンツ姿で、既に砂浜に腰を下ろしストレッチを始めていた。健康的な姿が見るからに頼もしい。
「よっ…はっ…準備運動はしっかりやるっス!」
その一方で、オオカミはブーメランパンツに身を包み、腕を組んで遠くの水平線を見つめていた。
彼の人間形態は、筋骨隆々の体格と彫刻のように整った顔立ちで、顎髭も生えた厳つい風貌。圧倒的な存在感に、近くの宿泊客たちは自然と距離を取ってしまうほどだった。
熱風が混ざった海風がやや暑さを和らげる中、彼女らの慰安旅行は順調に始まったかのように見えた――しかし、その先に待つさらなる波乱を、蝶々はもちろん誰一人として予想していなかった。




