第七十九作戦:戻ったズレた日常
「…す、すげぇ…ここが不死鳥の羽のアジト…」
多額の予算を使った不死鳥の羽のアジト。圧倒的な会議室がウルフバイトを迎え入れた。彼が足を踏み入れたその場所は、計り知れない広さを持つ部屋で、天井から吊るされたライトは不気味な光を放つ。
会議室に集った幹部たちは、その全員がただ座っているだけで強烈な存在感を放ち、見る者を圧倒させた。中でも蝶々が前に座り、鋭い眼差しをウルフバイトに向ける。
「紹介しよう。今日から戦闘員として加入するウルフバイトだ。」
その言葉に従い、ウルフバイトは深く息を吸い込み一歩前に出た。
「今日から不死鳥の羽に加わることになったウルフバイトだ。よろしく頼む。」
簡潔ながらも力強い言葉だった。だが、そんな彼の気概をも一瞬で吹き飛ばすように、周囲の幹部たちが視線を彼に注ぎ始める。
ウルフバイトは幹部たちを順に見渡しながら、次第にその表情を硬くする。
「……(幹部全員…俺なんて相手にならねぇ…強さだ…)」
内心で呟くその時、状況はさらに突拍子もない方向へと動き出した。
「エル・スイッチチェンジよ!」
弾むような声で名乗りを上げる単眼色白のエル。
「…ア、アール・スイッチ…チェンジ…」
その後ろから声を震わせて名乗る、気弱な雰囲気の単眼褐色のアール。
「もぐもぐ…ピエラなのだ!」
片手で小さな菓子を頬張りながら笑う、独特な口調のマンティコア型怪人のピエラ。
「ラルデュナ・サディズムダ」
最後に口を開いたのは、青い鎧をまとった不気味な風貌のデュラハン型の女性、ラルデュナ。
ウルフバイトは唾を飲み込み、改めて幹部たちの個性に圧倒された。ただそれを打ち破るかのように、背後からひときわ鋭い声が響いた。
「蝶々様っ。またオスの怪人を連れてきたのですか!?」
その声の主は、宝石のような青く長い髪を美しくまとめ上げた気品ある女性――パンドラ。優雅な仕草で蝶々に歩み寄り、詰め寄るような視線を送る。
蝶々は彼女を一瞥すると、感情を滲ませない口調で言い放った。
「スティングホーネットの知り合いを連れてきた結果だ。それ以外に意味はない。」
冷静な返答に、パンドラは眉間にしわを寄せ、口を尖らせる。
「蝶々様ったらわたくしというものがありながら…」
小声でそう呟いた彼女は、ふと背筋を伸ばして蝶々に向き直ったかと思うと、大きく両腕を広げる。そして一気に距離を縮め、抱きつくようにして叫んだ。
「蝶々様ぁ♥この寂しく寒いわたくしの心をあたためて下さい♥♥」
次の瞬間、鋭い風を切る音が会議室全体に響いた。蝶々が拳を振り上げると同時に、それをもろに受けたパンドラの頭が宙を舞う。
「無理だ。」
その一言だけを残して蝶々は腕を下ろし、冷たくパンドラを見下ろす。
ドスン!と首のない胴体が倒れた瞬間、幹部たちの反応は様々だった。
「……うぅぅ♥はぁ♥…温まりましたわ♥」
頭がスルリと胴体へ戻り、元通りになるや否や、パンドラは顔を真っ赤にして体をくねらせる。
この異様な光景にウルフバイトは目を見開き、声を震わせながら呟く。
「な、なんだ!?味方同士でこんなことを――!」
「全ク…懲リン奴ダ…」
「飽きないわねぇ~」
「…もう…驚かないよ…」
エル、ピエラ、アールたちは特に動じる様子もなく、呆れ交じりの様子でやり取りを眺めている。
淡々とアンカーが口を開いた。
「いつものことや。慣れとき。」
スティングホーネットは肩をすくめながら付け加えた。
「ウルフバイトも慣れないと寿命減るっス…俺っちは慣れたっス。あと間違ってもセクハラはしない方が良いっス…首だけじゃ済まないから…」
「お、おう…」
ウルフバイトは深く息を吐きつつ、彼の言葉を真剣に受け止め、心の中で自らに強く言い聞かせた。
――この組織、まともじゃねぇ。
―――
不死鳥の羽のアジトは、蝶々が外へ出ているため、緊張感のある会議もなく、どの幹部も思い思いの時間を過ごしていた。広いアジトのあちこちから、それぞれの個性あふれる声や物音が響いてくる。
地下訓練場では、アンカーの豪快な指導が熱気と共に飛び交っている。
「さぁ!雑魚豚ども!しっかり鍛えるんやで!」
「「「イィィッ!」」」
声を張り上げる戦闘員たちを一列に並べ、アンカーは長尻尾を振るいながら大きな声を響かせていた。そのたびに彼女の足元に砂埃が舞い上がる。指揮する彼女の表情には容赦ない迫力が漂い、戦闘員たちは必死に訓練に従事していた。
一方、ラルデュナはその激しい雰囲気とは対照的に、静寂に包まれた自室で趣味に没頭していた。彼女の手には、獲物の鎌。布を用い、刃先を磨き上げている。
「…フム…」
短く呟きながら、その光る刃を眺めるラルデュナ。戦闘用の鎧を脱ぎ、ラフな服装に身を包んでいたが、柔らかな体のラインがかすかに見え隠れし、普段の威圧感とは異なる落ち着いた空気をまとっていた。
上階の会議室では、別の激闘が繰り広げられていた。
「うぅっ!アール!赤い甲羅ぶつけるんじゃないわよっ!…あぅ…!もうっ!?ずるいずるい!アタシずっと2位じゃない!?こんなのクソゲーよクソゲー!?」
「…エ、エルがアイテム取らないから悪いよ…」
画面の中ではカラフルなカートが疾走し、ゴールを目指して火花を散らす。
エルは操作するコントローラーを力強く握りしめながら画面に叫び声を飛ばし、アールは焦りながらも地道に1位をキープしている。いつもの会議室とは思えないほど騒々しい空間に、ゲームの効果音が響き渡っていた。
一方、会議室の片隅には食材の山が並び、その真ん中にピエラが座り込んでいた。
「あむ…もぐもぐ♪あむ♪」
ピエラの手にはバスケットいっぱいのお菓子。チョコレートやクッキーを次から次へと口に運び、周囲には落ちたクズや袋が散乱している。彼女の口元はしっかり汚れ、無邪気に頬張るその姿は、どこかのんびりとした雰囲気を醸していた。
そのピエラに熱い視線を向ける男がいた。それは、スティングホーネットだった。
微笑みを浮かべ、まるで何か愛おしいものを眺めるような目で彼女を見つめている。その様子に気づいたウルフバイトが、彼に視線を向け、眉をひそめながら尋ねた。
「お前、なんでこんな変わった組織にいるんだ…?」
「え…?そりゃ……えへへ♪」
スティングホーネットは頬を掻きながら笑うと、目を輝かせながらピエラへと視線を戻した。
その仕草を見たウルフバイトは、自然と二ヤリと笑みを浮かべる。軽く肘でスティングホーネットの脇腹を突きながら、口元を緩めた。
「なんだ…?ピエラさんに惚れたのか…?」
この言葉にスティングホーネットは目を丸くし、驚いた様子でウルフバイトを見返した。そして慌てて首を横に振る。
「…ん?違うっスよ。ピエラ姐さんは俺っちが好きな子たちの親って感じス…!」
「親…?子たち…?…じゃあ、何だよ?」
そう問い返すウルフバイトを見て、スティングホーネットは困ったように少しうつむいた後、再び笑顔を取り戻して言葉を紡いだ。
「ピエラの姐さんの服見るっス。くっ付いている丸いバグちゃんたち。俺っちが好きなのはバグちゃんたちっス!見てください。あの可愛い可愛いフォルム…愛くるしいっス!今はお友達っすけど…いつかは結婚するっス!夢のハーレムっスよ!」
スティングホーネットの熱弁を聞き終えたウルフバイトは、一瞬間を置き、その場で言葉を失った。唖然とした表情でスティングホーネットを見つめ、ぽつりと呟いた。
「えっ……?」
そんなウルフバイトの反応などお構いなしに、スティングホーネットは満足げな笑みを浮かべながら遠くを見つめるように未来を語り始めていた。
―――
場所は変わり、閑静な住宅街の一角に佇むマンションの一室。
そこは、ヒーロー「マスクド・ドラゴン」である竜面寺たつみの部屋だった。
とはいえ、部屋の雰囲気からはヒーローらしさはまるで感じられない。壁一面にはアニメキャラクターのポスターがぎっしりと貼られ、棚には数え切れないほどのアクリルスタンドが並んでいる。そこは紛れもなくオタク女子のプライベート空間だった。
たつみはパジャマ姿で、ふかふかのクッションに深く沈み込んでいる。その膝の上には開かれたノートパソコンが鎮座し、青白い光が彼女の興奮気味の表情をほのかに照らしていた。
「ふふ、二人のこの関係性……!」
画面にはテキストエディタが開かれており、そこには甘美な妄想の世界が溢れていた。たつみが熱心に執筆しているのは、友情と愛情が複雑に交錯する男子同士の関係性――いわゆるBL小説である。
「ここは…やっぱり互いの関係を…う~ん…」
独り言をつぶやきながら、彼女の指はキーボードの上を忙しなく動いている。真剣そのものの顔つきだったが、ふいに口元が緩み、瞳は輝きだした。
「やっぱり次は彼を強引に押し倒して、それでも心が通じ合う展開にするべきよね……。はぁ、尊い……!」
妄想の熱に浮かされた彼女の顔には、至福の笑みが広がっていた。彼女にとってこの空間は現実を忘れる聖域であり、画面に映し出される世界こそが至高の現実だった。
キーボードを叩く指は再び忙しく動き始め、文章が次々と書き足されていく。その手が止まるたび、たつみの頭には新たなシナリオが閃いているらしい。
「これは名作になる予感がするわ!」
彼女の満ち足りた声が、狭い部屋にしっかりと響く。それは外界の喧騒や、悪の組織が密かに進行する計画すらも全てシャットアウトしてしまうほどの力を持っていた。
現実でいかなる事態が起きようとも、この空間ではたつみの創作が優先される。そうして、妄想に没頭する彼女の休日は、今日もまた穏やかに、そして情熱的に過ぎ去っていくのだった。




