第六十四作戦:夕暮れの交錯
夕日が街を橙色に染める頃、仕事帰りの人々が作るざわめきが途切れた。代わりに響いたのは、鋭い悲鳴だった。
「キャアアア!」
悲鳴の方向に人々の視線が集まる。その中心には、一体の異様な怪人が立ちはだかっていた。
蛹型の姿をしたその怪人の名は「ミミック」。頭にはさやのような角が生え、全身を覆う硬い殻がその強靭さを物語っている。
「オイラぁ~、不死鳥の羽のメンバーだじぇ~?ぜんぶ、ぜぇ~んぶブッ壊したるけぇ~!」
ミミックはヨロつきながら大きな腕を振り回し、目に付くものを片っ端から破壊していく。その行動には一切のためらいがなく、街は一瞬にして騒然となった。
「う、動くな!撃つぞ!」
「お、おい!近寄るんじゃない!」
パトカーのサイレンが近づき、警察官たちが拳銃を構える。しかし、構える手は明らかに震えていた。
ミミックはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、頭を掻きながらおどけるように声を上げた。
「ケケケッ、おめぇら、ビビッてんのかぁ~?お~お~、手がプルプルしてっぞぉ~!」
「く、くるな!撃つぞっ!」
ついに引き金が引かれる。乾いた銃声が夕焼けの中に響き渡った――パンッ!
発射された弾丸はミミックの体を直撃する。しかし、その硬い殻に弾はあっけなく弾き返され、鋭い金属音とともにパトカーのドアへと跳ね返った。
「うわぁっ!?」
驚愕する警察官たちに、ミミックはふらふらと近づきながらけたたましく笑う。
「ウヒャヒャヒャヒャ!なぁに、おめぇらぁ!まるで意味ねぇじゃんかぁ~?もっかい試してみっかぁ?」
軽口を叩きながら、さらに暴力を加速させていくミミック。その不気味な振る舞いに、人々は恐怖し、逃げ惑うほかなかった――。
「ひ、ひぃっ…」
混乱の中、逃げ遅れた一人の少女が転び、尻餅をついた。恐る恐る後ろを振り返ると、そこには不気味な笑みを浮かべたミミックが迫っていた。
「ヒャヒャ♪ あぁ~ん?逃げ遅れたんかぁ?かわいそうになぁ~♪ だが、安心せぇよぉ~。オイラが天国までおくっちゃるっけよぉ~♪」
「いやぁっ……!」
ミミックが拳を振り上げ、トドメを刺さんとしたその瞬間――。
「待ちなさい!」
鋭い声が街中に響き渡る。驚いたミミックが振り向くと、そこには一人のヒーローが立ちはだかっていた。
「なんだぁ、おめぇ……?」
夕日に照らされ、赤いアーマーが輝いている。その人物こそ、正義のヒーロー・マスク・ド・ドラゴンだった。
「そこまでよ、蛹怪人!」
たつみは右手を握り締め、宣言するように続けた。
「このマスク・ド・ドラゴンが、あなたの悪行を裁く!」
声の響きに隙を見出した少女は、恐る恐る立ち上がり、親のもとへと逃げることができた。
「ヒャヒャヒャ、やっぱり来たかぁ、マスク・ド・ドラゴン!でへぇ♪ けどなぁ~、オイラぁ、不死鳥の羽の幹部『ミミック』様だかんな~!」
「不死鳥の羽……!?」
たつみはその言葉を聞いて一瞬息をのむものの、目の前の怪人から放たれる気配に何か引っかかるものを覚えた。
「(…でも、何だろう。不死鳥の羽の幹部って、こんな感じだったっけ?)」
「否…違ウ」
その疑念に揺れる中、突如としてさらに異質な存在感がその場を支配する。
――ガシャン。カシャン。――
鋭い金属音が辺りに響く。振り返ると、そこには不気味な炎をまとったスカートを揺らし、一体の怪人が立っていた。その異様な姿に、ミミックですら声を詰まらせる。
「な、なんだ……おめぇっ!? オイラを脅す気かよっ!」
「あなた……誰……?」
ミミックやたつみが困惑する中、その怪人――ラルデュナが静かに口を開いた。
「我ハ不死鳥ノ羽ノ新幹部。ラルデュナ・サディズムダ。」
ラルデュナの低く威圧的な声が、じわじわと周囲を覆う。まるで鉄を削るようなその響きに、思わずミミックは硬直し、戦慄の表情を浮かべる。
「貴様ヲ屠リニ来タ。」
冷たい一言が放たれた時、周囲の空気はさらに張り詰め、状況は一層の緊張感を増していく――。
「覚悟セヨ……偽物。」
静かな声と共に、ラルデュナが大鎌を軽く振った。ブォォンと空気を裂く音が鋭く街中に響き渡る。緊迫した静寂の中、その音だけが支配する。
「(この威圧感……まるで別格。ミミックとはまるで違う……。まさか、本当に彼女が本物の幹部……?)」
マスク・ド・ドラゴンが目の前のラルデュナに気圧される中、ミミックは未練がましく声を絞り出した。
「な、なんだぁ……?お、おめぇこそ……偽物だろうがっ!」
怯えながらも、プライドだけは捨てずに挑発するミミック。しかし、その声には先ほどまでの軽妙さはなく、震えが滲んでいた。
「待ちなさい!」
状況を見かねたマスク・ド・ドラゴンが一歩を踏み出す。怪人を止めるべく勇気を振り絞ったその瞬間――。
「ハァァッ!!」
「え……?」
「バカ……なっ……」
ラルデュナの大鎌が閃いた。振り下ろされた一撃は、雷鳴のごとき速さで空間を切り裂き、ミミックの身体を真っ二つに斬り裂く。
一瞬の出来事だった。抵抗する間もなく、蛹型の体が真っ二つになり、静かに地面へと崩れ落ちる。
「ミ……ミミックを……あんな…あ、あっさり……?」
目の前で起こった出来事に、マスク・ド・ドラゴンは驚愕を隠せない。普段は「正義のヒーロー」として毅然としている彼女の表情に、一瞬の動揺が走る。
ラルデュナは一言も発せず、黙ったままその場を制したかのように立っていた。斬撃の余韻が未だ空間に残る中、あまりにも静かな死闘の終幕が訪れたのだった。
そして――。
ラルデュナの片目を覆う漆黒の眼帯越しに、冷たい視線がマスク・ド・ドラゴンを射抜いた。その威圧感にたつみの全身が一瞬にして硬直する。
「っ!?」
一拍遅れ、たつみは意識を取り戻し、咄嗟に構えを取った。油断をすれば即座に命を奪われる、そう本能が告げている。それほどにラルデュナの存在感は異質だった。しかし――。
「……退ケ。任務終了ニ付キ戦闘不要ナリ。」
ラルデュナの言葉は静かだったが、その一言には絶対的な意思が宿っていた。
「……なんですって?」
相手の意図を測りかね、構えを崩さず警戒を続けるたつみ。だが、ラルデュナはそれ以上の挑発もせず、その場から立ち去る意志を見せるだけだった。
「次ハアルカモ知レヌナ。今日ハ此処マデ。」
そう冷たく言い放つと、ラルデュナは大鎌を肩に担ぎ、ゆっくりと街の中に消えていった。その堂々たる後ろ姿は、追うべきかどうかさえ迷わせる威圧感があった。
残されたたつみは、一歩も動けず、その場で拳を強く握りしめた。
「(なに……?なんなの、この人……。怪人、なのに戦わず去っていくなんて……。) 」
理解不能な状況に頭が追いつかない。追撃しようという正義の衝動と、怪人としての在り方が大きく異なるラルデュナへの疑問が、たつみをその場に釘付けにしたのだった。
―――
その夜、たつみは自室のベッドに腰を下ろし、一人、深い思考に沈んでいた。
「……不死鳥の羽の新しい幹部……ただの幹部じゃない、よね…あの化け物……」
天井を見つめる瞳に焦点はなく、その声には隠しきれない不安が滲んでいた。普段なら真っ先に再生ボタンを押すはずの、お気に入りのアニメも、その日の彼女には何の慰めにもならない。
「(次にまた出陣することになれば、今度は……私が屠られるかもしれない……)」
あの怪人――ラルデュナの冷徹さと圧倒的な戦闘力が脳裏から離れず、その記憶は、たつみの胸にじわじわと恐怖を広げていた。
――その頃、不死鳥の羽のアジト。
ラルデュナは応接室に集う幹部たちの前で淡々とした口調で報告をしていた。
「……任務完了シマシタ。ミミックト名乗ル怪人ノ討伐二成功。確実二息ノ根ヲ止メマシタ。」
その言い回しは、まるでごく日常的な作業を終えたかのように冷酷だった。
「……ホンマ、容赦ないんやな……」
アンカーは苦笑いを浮かべつつ、軽い感嘆の声を漏らす。それに応じる気もなさそうに、ラルデュナは短く「是。任務ハ絶対ダカラナ」とだけ返した。
「ご苦労だった。ラルデュナ」
蝶々の労いの言葉を深々と頭下げて対応するラルデュナ。その顔には当然のことをしたまでですと、おごった態度は見せない。
「ま、まぁ…中々ですわね…(うぐぐっ…わ、わたくしだって蝶々様からねぎらいの言葉をかけてほしいですわ!?)」
嫉妬なのか、触手を噛みラルデュナを睨むパンドラ。
「すごいじゃん、ラルデュナ♪」
「…仕事…は、速い…」
完璧な仕事ぶりに、関心するエルとアール。
それぞれが思い思いの言葉を投げる中、ひたすらにラーメンをすすっているピエラだけは、やはり会話には加わらない。「ずるずる」と気の抜けた音が部屋に響いていた。
そんな騒ぎを耳にしつつ、蝶々は冷静な態度を崩すことなく、手元の机に向かって次の命令書を作成している。その眼差しにはわずかながら満足の色が宿っていた。
「、今日は休め。」
蝶々がそう告げると、ラルデュナは一礼し、静かにその場を後にした。
物語の歯車は音もなく回り出し、大きな変化の兆しを見せ始めていた――。




