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第五十六作戦:混迷する三者三様の動き


「さて、今回の課題についてだが――」


蝶々が重々しい口調で切り出すと、不死鳥の羽のアジト内にある会議室は一瞬静寂に包まれた。


だが、その緊張感も長くは続かない。幹部たちは背筋を正したように見えたが、実際には思い思いの行動を続けていた。


「くぅ…さり気なく蝶々様の隣に座ったわね…」


パンドラは蝶々の隣に座りながら、彼女の反対側にいるラルデュナを鋭い目つきで睨んでいる。


「……」


その視線に気づく様子もなく、ラルデュナは手元で鎌を磨いていた。「作戦」との言葉を聞いても微動だにしない。


「ひひひ♪これ面白っ♪」


一方で、エルは机の上に漫画本を山積みにし、それを片っ端から読み進めている。

ピエラは遠慮することなく菓子袋を開け、


「うまうまなのだ♪」と鼻歌交じりに食べていた。


アンカーは小型のノートを取り出し、何やら勢いよく書き込み続けている。その熱中ぶりから察するに、どうやら作戦とは関係のないことらしい。


アールはというと、部屋の隅でおどおどと周囲の様子を窺っていた。


蝶々は溜息をつきながら、腕組みをして全員を見渡した。


「……お前たち、作戦会議をしている自覚はあるのか?」


その問いかけに、一同はそれぞれぎくりと肩を震わせたが、全体の空気感は相変わらずだった。


「改めて、今回の課題は世界征服をどう実現するかだ。我々不死鳥の羽は順調に勢力を拡大させているが、まだまだだ。それで、お前たちのアイデアを聞きたい。」


蝶々の厳かな声が会議室に響き渡った。その言葉に一瞬、幹部たちの視線が集まったものの、彼女らの反応はどこかバラバラだった。


エルが真っ先に手を挙げる。椅子の上で勢いよく跳ね上がりながら提案した。

「はいはーい!ゲームに例えたらさ、ステージボスを片っ端から倒していくっていうのはどう?」


だが、その元気な提案を受け止めた蝶々の目は冷たかった。眉をひそめながら、辛辣な言葉を返す。


「具体性が欠けているな。世界征服がゲームの攻略のように単純で済めば、そもそもこんな会議は必要ないだろう…」


エルは目を細めて蝶々を見上げる。頬をふくらませ、不満そうに口をとがらせた。


「ぶ~…良い考えだと思ったんだけどな~?」


ふてくされた様子で、机に積み上げていた漫画の山をくずして座り直す。


そんな中、次の提案者として動き出したのは意外にもピエラだった。


ピエラがアイデアを出すことは本当に稀だ。

そのため、蝶々は少し期待を込めた目でピエラを見つめる。


しかし、ピエラは蝶々に目を向けることなく、机に広げていた袋菓子をつかんで口へと運んでいた。


「もぐもぐ」


カシュカシュとスナック菓子の租借音が聞こえ、しばらくして口を開く。


「もぐ…もぐ♪…んぐ♪ピエラちゃんの案はね、すごいこわーい怪獣を使って街をプチっとしちゃえばいいのだっ!あむ♪…もぐもぐ♪」


蝶々はすぐさま指摘を飛ばす。


「その怪獣をどこで調達するんだ?」


ピエラは「あ」と声を漏らし、手にした菓子をじっと見つめる。それから肩をすくめて、小さな声でつぶやいた。


「…そこまでは考えてないのだ。」


場に一瞬、妙な沈黙が流れた。


「ふぅ~…」


沈黙を破ったのは、静かに吐かれたため息だった。


その主はパンドラ。ため息をついた彼女が優雅な所作で蝶々に向き直ると、口元に微笑みを浮かべて言葉を紡いだ。


「ピエラ…そんなんじゃダメよ。…蝶々様。ここはわたくしの天才的な参謀のアイデアをお聞きください♥」


「…何だ…」


蝶々は低く答えたが、その目にはうっすらとした警戒の色が浮かんでいた。


これまでの経験から、パンドラの提案には的を射るものもあれば、完全に珍案として笑われるものもあったからだ。


パンドラはそんな蝶々の冷めた視線をまったく気にする素振りもなく、意気揚々と話を続ける。


「こほん…♥蝶々様の麗しきお姿の等身大ポスターを全国に配布し、市民を従えさせるというのはどうでしょうか♥愚民どもに蝶々様の美しさを見せつけるのです♥♥」


提案を述べた直後、パンドラは胸を張り、自身のアイデアの素晴らしさを確信するようにうっとりと目を閉じた。


しかし、返ってきたのは蝶々の無表情な視線だった。その瞳は何も語らず、鋭く彼女を見つめるのみ。


数秒の静寂を置いて、パンドラは急に身を乗り出すように蝶々へ近づいた。


「うふふ♥素晴らしすぎて声も出ないのですね♥蝶々様ったら可愛いですわ♥はぁ♥…はぁ♥」


蝶々が一歩引く間もなく、パンドラはさらに詰め寄ると、興奮気味の顔で続ける。


「ご褒美は、ボディタッチでどう――」


その瞬間、湿った音が室内に響いた。


「もちろん…却下だ…」


蝶々の手元には鋭い鉄扇が握られている。その一撃で、パンドラの頭部は背後の壁まで華麗に吹き飛ばされていた。


鉄扇を肩に乗せながら、蝶々は静かに額に手を当て、幹部たちを見回した。会議室は再び沈黙に包まれたが、どことなく慣れた空気が漂っていた。


ラルデュナはこれまでの議論にはまったく興味がなさそうに鎌を磨き続けていたが、ふと手を止めた。


そして、ゆっくりと顔を上げると低い声で言った。


「主蝶々。日本二イル奴等ヲ皆殺シ二スルノハドウデショウカ…?邪魔ナ者ヲ全テ排除スレバ、世界征服ハ完了スルカト…」


その衝撃的な提案に、一瞬、場が凍りつく。


「いやいや…やり方、脳筋すぎるやろ…!?」


沈黙を破ったのはアンカーだった。


まるで会議室全体を代弁するかのように思いっきり突っ込むと、額に汗を滲ませながらラルデュナを見つめる。


そんな中、震えるように手を上げたのはアールだった。

アールは声を絞り出すようにしながら、それでも自分の考えを述べた。


「…ボ、ボクは…まず人の心を征服することが大事だと思う…例えば…優しい言葉をかけて仲間を増やす、とか…」


その言葉に、アンカーが乗る。


「それや!うちは賛成や!飴と鞭で信用させるんや。コツコツ地味になぁ♪」


しかし、すぐにピエラが勢いよく反論する。


「地味すぎるのだ!コツコツしてたら、ちょー様がおばあちゃんになっちゃうのだ!」


幹部たちの意見が一気に飛び交い、会議室はたちまち騒然となった。


その光景を見渡しながら、蝶々はしばしの間、眉をひそめて黙っていた。しかし、やがて静かに立ち上がり、大きく息を吸い込むと、その声を響かせた。


「お前たち!静かにしろ!」


その一声は雷鳴のように響き渡り、騒がしかった会議室が一瞬で静まり返った。


蝶々は冷たい眼差しを幹部たち一人ひとりに向けると、威厳たっぷりに腕を組み、堂々とその場に立った。彼女の目には、混乱を一蹴する強さと確信が宿っている。


全員の視線を一身に集めた蝶々が、ゆっくりと口を開く。


「さて…お前たちの話を聞いていると、やり方も思想もまるで統一感がない。だが、それが我々、不死鳥の羽の強みでもある…。そうではないか?」


幹部たちは顔を見合わせ、小さくうなずき合った。


―――



一方その頃――。


たつみの自宅では、ヒーロー「マスク・ド・ドラゴン」としての長い一日がようやく終わろうとしていた。数時間にわたる激闘の末、アンチヒーローとの衝突は警察との連携もあって何とか収束したものの、戦いの疲労はたつみの身体に重くのしかかっていた。


「…ほんとに疲れた…」


たつみは靴を脱ぐなりベッドに倒れ込んだ。ぐったりとした体勢で、大きな溜息をひとつ。両肩を軽く回してみるが、重たい鈍さを感じるばかりだった。彼女はのそっと立ち上がると、棚の奥からお気に入りのマッサージ機を取り出し、首元に当ててスイッチを入れる。


「あ~…これだから胸が大きいと困るんだよね…肩がカチカチでさ…あ~♪」


マッサージ機から伝わる心地よい振動が、凝り固まった筋肉を徐々にほぐしていく。たつみはリズムに合わせて、思わずうっとりとした表情を浮かべた。


「ふぅ…明日はゆっくり休もうかな…」


マッサージ機のスイッチを切り、たつみはベッドに腰を下ろして小さく呟く。瞼を閉じると、その脳裏に先ほどの戦闘や、目を引いた敵の挙動が浮かび上がってきた。


「それにしても、あのサーカス団…やっぱり怪しい。」


静かで、暗く穏やかな部屋の中。彼女は独り言の続きを心の中でつぶやく。


「次は首領フェニックスに焦点を絞らないと。」


部屋はしんと静まり返り、振動から解放された肩には一息つけるほどの軽さが戻ってきていた。しかしその一方で、彼女の胸の中には別の熱が灯されていた。それは正義の名のもと、次なる戦いに挑むための決意――マスク・ド・ドラゴンとしての矜持だった。


―――



薄暗い廃墟の中、腐食した金属の匂いが鼻を刺す。


かつての激闘によって壊された身体を埋めるように、自らの肉体をゴキブリで補修した男――カブトムシ型怪人――武人兜が、新たな姿をひけらかすように不敵に立っていた。


「へっへへッ!どうよ、この見事な仕上がり!」


武人兜は自信満々に自らの体を叩きながら大声を上げる。その生々しい変貌に目を輝かせているのは、彼をこの姿に仕立て上げた者、怪人クロガネであった。ゴキブリの大群によって形作られた禍々しい玉座に座るクロガネは、不気味な笑みを浮かべる。


「武人兜くん…どうですか?私からのプレゼントは…?」


「へっ!最高に良い感じだぜぇ!」


「ふふふ。それは良かったですよ」


歓喜に満ちた武人兜の叫び声が廃墟に響き渡る中、冷たい声がそれを遮った。


「ふぅ…静かにしないか。武人兜。」


静かに語りかけたのは、冷徹な眼光を持つクワガタ型怪人――シザーエンペラーだった。彼は鋭利なハサミの先を廃墟の闇に向けながら続けた。


「いくらここが廃墟だとしても、誰が来るとも分からないだろう。騒ぎすぎは禁物だよ…?」


「チッ…わかったよ…」


不満げに唸る武人兜を横目に、シザーエンペラーがクロガネに向き直る。冷徹な声が静かに響いた。


「それでクロガネ様。僕たちを呼んだ理由を聞かせてもらえないか?」


その言葉に応じるように、ゴキブリの大群がざわりと音を立てた。クロガネの目が不気味に光り、玉座の上で不気味な笑みをさらに深めた。その姿を前に、シザーエンペラーと武人兜は思わず息を呑んだ――果たしてこの場で何が告げられるのか。廃墟の暗がりに緊張が漂う。


「私たちの復活は未だ道半ば。」


玉座に深く腰掛けたクロガネが、ゴキブリのざわめきに乗せて語り始める。どこか柔らかな口調とは裏腹に、その言葉には冷たく鋭い刃が隠されていた。


「私たちの進む道を阻む者は…駆除しなければなりませんよね?さて、今日はそのための新たな力を紹介しましょう。」


クロガネはゆっくりと立ち上がり、闇の向こうに目を向ける。


「レディ・マンティス…出て来てください。」


暗がりの中、金属を擦るような音が響く。そして、不気味な笑い声と共に現れたのは、一人の女性怪人だった。


「ホホホッ!」


鋭い鎌を持つカマキリ型の怪人、レディ・マンティス。その姿はスレンダーな体型を際立たせ、胸元を大きく開いた扇情的な衣装が妖艶な印象を与えている。彼女は鎌を曲げ、それを袖のように顔に近づけながら微笑を浮かべた。


「初めましてね♪アタクシはレディ・マンティス。」


その声には余裕すら感じられ、鋭く光る瞳が周囲を睥睨する。クロガネの紹介を受けた彼女は、まるで舞台に立つ俳優のように、一歩ずつ優雅に姿を現した。新たなる「バグズ」の仲間として、その異質な存在感を存分に放ちながら。


「あら…?」


鋭い鎌を軽く揺らしながら、レディ・マンティスが挑発的な笑みを浮かべた。


「クロガネ様の部下にしては頼りなさそうな男性陣ばかりね。けれど安心しなさい。アタクシがいれば全て解決するわ!」


その発言が場の空気を一気に険悪なものへと変えた。


「んだとぉ! こらてめぇ!」


武人兜が低くドスの効いた声で吠え、レディ・マンティスを牽制する。だが彼女は意にも介さない様子で、余裕の笑みを浮かべ続けている。


一方で、シザーエンペラーは冷静な目で彼女をじっと睨みつけた。腕を組みながら、淡々とした口調で言い放つ。


「それは失礼だと思うよ、レディ…。ここでは男も女も関係ない。結果だけがすべてだ。偉そうに言うのなら、力で証明してみせてくれないか?」


「あら…?」


レディ・マンティスは涼しい顔で鎌を肩に担ぎ直す。その瞳には挑発の色が浮かんでいる。


「それって今、ここでアタクシが力を見せつけて、あなたたちを屈服させる流れかしら? 新入りが古参を潰すなんて、随分プライドを傷つけることになるわねぇ?」


静かな殺気が彼らの間に漂う。武人兜は拳を震わせ、シザーエンペラーは冷酷な眼光をさらに鋭くし、レディ・マンティスは胸を張って不敵な笑みを浮かべている。


だがその緊張感を、玉座に座るクロガネの低い一言が押し留めた。


「静かにしなさい。」


その言葉には逆らいがたい威圧が込められていた。一瞬で場が凍りつき、殺気は霧散する。クロガネはじっと幹部たちを見下ろしながら、冷静に語り始めた。


「君たちがここで争っても、貴重な戦力が削れるだけ。無意味なことは控えていただけますか?」


クロガネの声は静かで冷静だったが、明確に支配力を感じさせた。その一言で、殺気立っていた武人兜、シザーエンペラー、そしてレディ・マンティスの三人は、膝をついて頭を垂れた。


「す、すまねぇ…クロガネ様…」


武人兜はうつむき、忌々しそうに拳を握る。


「僕がいながら…申し訳ない…」


シザーエンペラーも反省の色を浮かべながら短く言葉を漏らした。


「クロガネ様の機嫌を損なうなんて…アタクシ、一生の不覚ですわ…」


レディ・マンティスも額を地面に近づけるような姿勢で殊勝に謝罪する。


クロガネはそんな三人を見下ろしながら、薄く笑みを浮かべて首を振った。


「…ふふ。いいのですよ。殺気立つことは決して悪いことではありません。しかし、その殺気は別の場所で発揮してもらいたいものです。」


声は柔らかいが、幹部たちに異を唱える隙すら与えない絶対的な空気が場を支配する。クロガネは淡々と語り続けた。


「不死鳥の羽…そして、マスク・ド・ドラゴン。彼女たち“害虫”に、あなた方の殺気を存分に注ぎ込むのです。…手始めに、レディ・マンティス――あなたの力を見せてもらいましょう。」


クロガネの視線が鋭くレディ・マンティスに向けられた。


「ハッ。クロガネ様のご期待に沿えるよう、全力を尽くしますわ。」


鋭いカマを鳴らし、彼女は立ち上がる。その目には燃え上がる闘志が宿っていた。


廃墟の奥から響く虫たちの鳴き声。廃れた空間に満ちる不気味な気配。迫りくる戦いの予感が、じわじわと周囲の世界を侵蝕し始めているのを、誰もが肌で感じていた。



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