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第五十作戦:混乱のサーカス団、トラブル始末劇

『明日帰る。それまで、トラブルなど起こさないように』


――蝶々から送られたシンプルなメッセージ。


「うふふ♥蝶々様ったら心配性ですわ♥そんなトラブルが簡単に起こるわけありませんわ♥」


そう呟くパンドラは頬を染めながら、ひとり自作の蝶々罵倒ボイスCDを聴き陶酔していた。


「はぁぁ♥早く蝶々様の愛(物理)を受けたいわ♥」


しかし、まさにその瞬間、不死鳥の羽の表本部、ヴァリアントサーカスの中では小さな火種が燻り始めていた――。


巨大なサーカステント内。ピエラが食べ歩きに興じていた。


片手には山盛りの綿菓子、もう片方には大きなホットドッグ。口元にはケチャップの赤い痕跡が残り、足取りは軽快そのものだ。


「もぐもぐ♪食べ歩きしながらの散歩…1度2度おいしいのだ♪」


食べながら歩き回るピエラ。その肩に止まっていた一匹の赤い虫がふわりと羽ばたき、ピエラの周りを飛び回る。


「ん…バグちゃんも散歩したいのか…? 行っていいのだ♪」


ピエラの言葉に促されるように、その虫――赤い玉の形状をしたバグが飛び去った。それが、すべての始まりだった。


バグが進む先、異変が次々に連鎖する。


まず、サーカステント内の梯子が突然崩れ落ちた。高所で作業していた団員たちは驚き、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。次いで、ジャグラーが使う練習用のボールが転がり始め、転げるボールにつまずいた団員たちがドミノのように次々に倒れた。


「なんやなんや!? 何が起きとるんや!?」


慌てて駆けつけたアンカーの視線の先、ピエロのオブジェがぐらぐらと揺れ出し、最終的に派手な音を立てて崩れ落ちる。


「お、おい…今のあんたのせいやないんやろな…?」


アンカーは食べ歩きに熱中するピエラを睨む。


「え? ピエラちゃん、お散歩してただけなのだ~!」


無邪気な顔で頬を膨らませるピエラ。その手に握られたホットドッグからケチャップがボタボタと滴り、綿菓子も風で微妙にほつれ始めている。


だが、その周囲で次々と起こる怪現象の中心には、明らかに彼女が飛ばしたバグの姿があった。


「…ピエラが動くと全部倒れるとか、ほんま災害レベルやで…!」


「褒めないでくれなのだ♪照れるのだっ!」


「誰も褒めてへんわ!?…せやからじっとしとけ言うたんや!」


アンカーが頭を抱えたその時、バグが高所に張られたロープに絡みついた。


絡まったバグが引き金となり、ロープが一筋ほつれる。

それが天井の照明を支えるフックに伝播し、やがてピタゴラ装置のようにサーカス内の設備が連鎖的に崩壊していく。


倒れる照明、宙を舞う布、逃げ惑う団員たち――そしてピエラはそのど真ん中でケラケラ笑っている。


「ぴゃはははっ!なんか面白いのだ!」


破壊の連鎖は、止まるどころかさらに勢いを増していた。


その影響で、火の輪に使われるフープが吊り下げられている支柱が傾き、そのまま外れた。フープはゴロゴロと地面を転がり、勢いよくぶつかった先は猛獣用の檻の扉だった。


「カチャン」


重々しい音とともに、檻の扉が開放される。そして――。


「グォオォォォッ!」


猛獣たちが檻から姿を現し、その雄叫びがサーカス会場に響き渡る。闘志に満ちた目を光らせたライオンとトラが優雅な足取りで檻の外に歩み出た瞬間、サーカス団員たちの間に恐怖の悲鳴が木霊した。


「ぎゃああああああ!」


「誰か、扉閉めてぇぇぇっ!」


大混乱が広がる中、猛獣たちはただ従順ではない“自由”を存分に味わいながらステージへ向かおうとしていた。その瞬間、場の空気が変わる――。


「ガオッ!!」


猛獣たちは次々に咆哮をあげる。だが、それに応える低く安定した声が会場を包み込んだ。


「グルゥッ!(戻れ。お前たちは自由に動いていい場所を忘れるな。)」


その声の主はサンダーだった。猛獣の統率を任される彼が、動揺ひとつ見せず猛獣たちの前に立ちはだかる。


サンダーの冷静な指示と鋭い視線が、猛獣たちの暴れたいという欲求を完全に抑え込む。ライオンもトラもその場に座り込み、彼の指示を待つようにおとなしくなった。


「ガオッ(お前たちはここで戦うべきではない。それを覚えておけ。)」


猛獣たちは静かにうなずくような仕草を見せ、ゆっくりと檻の中へ戻っていった。サンダーは安堵の息を漏らしながら扉をしっかりと閉め直した。


――そんなやり取りも束の間。


すでに他の場所でも混乱の連鎖は進んでいた。舞台が半分崩壊し、巨大な支柱が倒れ、ショー用の小道具が散乱。ついに会場は廃墟さながらの光景となった。


最終的に、サーカスのステージと観覧席が崩落寸前に陥り、すべてを制御する手段が失われた。


そして、サーカスは一夜にして廃墟と化した。


「ど、どないすんねん、これ…!」


アンカーの叫びが混乱したサーカス本部に響き渡る。彼女は頭を抱えながら机を叩き、その拳に力を込めていた。


「蝶々はんのご機嫌…これ、修復不可能レベルやぞ……!?」


彼女の言葉に、パンドラは余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、いつもの艶めかしい声を響かせた。


「大丈夫よ、蝶々様が戻られたら、わたくしたちにとっても素晴らしい“愛(物理)”をくださるはずだわ♥ …わたくし…その時が待ち遠しくて仕方ないわ♥ はぁ♥」


その様子にアンカーは目を丸くし、信じられないという表情を浮かべた。


「…お仕置きなら…んぅ…っ!? …ってちゃうちゃうっ!お仕置きならまだしも、死ぬのは絶対に嫌やっ!!!」


目をぎゅっと瞑り、頭をぶんぶんと振るアンカー。その姿を眺めていたパンドラが、こちらを不思議そうに見つめる。


「パンドラは、これでええんかっ!?最悪、蝶々はんに一生放置プレイされる可能性すらあるんやで!」


放置プレイ――その言葉を耳にした瞬間、パンドラの目が大きく見開かれた。


「…そ、そんな……」


震える声が漏れ、パンドラは小さくうめくと、突然椅子から立ち上がり拳を握りしめた。


「いやぁぁっ! そ、そんなの嫌よっ!!蝶々様に放置されるなんて…絶対にダメ! 幹部も、サーカス団員も、全員で何とかしてみせるわ!」


その勢いに押される形でアンカーが苦笑しながらも頷く。


「せや、そないせな…お仕置きどころか、ほんまもんの墓場行きになりかねへんからな。…ピエラのせいなんやからあんたも手伝いぃ!」


怒りをあらわにするアンカー。その視線の先では、大量のお菓子に囲まれて満足げにしているピエラが無邪気に笑みを浮かべていた。


「ピエラちゃんのせいにするなんて酷いのだ!」


無責任な一言に、アンカーは目を吊り上げてテーブルを激しく叩く。


「無責任もたいがいにせぇっ! 蝶々はんが帰る前にこれ片付けんかい!っちゅーか、お前もやるんやで! 一生菓子も食えん体になりたくないらなぁ…!」


その言葉を聞いた瞬間、ピエラは手にしていたキャンディを取り落とし、驚きの表情を浮かべる。


「た、食べ物が食べられないなんて…ピエラちゃんには地獄なのだ!」


まるで世界の終わりが訪れたかのような悲鳴を上げるピエラ。しかしアンカーは一切の容赦を見せず、厳しい目つきのまま腕を組んだ。


「地獄どころちゃうわ! このままだと全員超地獄行きやっ!」


迫力あるアンカーの言葉に圧され、ピエラは頬に手を当て、うろたえる。そして、ついに観念したように肩を落として呟いた。


「じゃ、じゃあ片付け手伝うのだ!」


不満げにしながらも、お菓子を置いて立ち上がるピエラ。その姿を見たアンカーは小さく息を吐き、眉間のしわを少し緩めたのだった。


一方で、部屋の隅に縮こまりながら震えていたアールが、小さな声を絞り出す。


「ボ、ボクは……痛いのも、命を懸けるのも……無理だよ……」


アンカーがため息をつき、パンドラがアールに声をかける。


「弱気なことを言ってる場合じゃないわよ。今は、蝶々様の帰還までに全力を尽くす時よ!」


パンドラの声に鼓舞されるように、他のメンバーたちも徐々に立ち上がる。


「おう!」


「……う、うんっ!」


「がんばるのだっ!」


それぞれの思いを胸に、幹部たちは蝶々帰還までの限られた時間の中、惨状を立て直すべく動き始めたのだった。



―――



ピエラ、アンカー、パンドラ、そして半ば無理やり作業に駆り出されたアール――不死鳥の羽の幹部たちがサーカス会場の惨状を見渡して深いため息をつく。


団員たちを指揮し、猛獣を檻に戻し、破壊された道具や装置を修理し、割れた照明を交換する作業が次々と進んでいった。


破壊の痕跡が徐々に片付いていく中、ピエラだけはひっそりとスナック菓子の袋を取り出し、一口頬張る。


「もぐもぐ…あ、勝手に綺麗になったのだ♪」


無邪気なその一言に、作業の合間で汗を拭っていたアンカーの眉間に再び深いしわが刻まれる。


「…あれが片付いても、こっちの心は片付かへんっちゅーの!」


怒りを抑えきれず、アンカーが拳を振り上げる。


だが、ピエラは軽やかな足取りでふらふらとその場を回避した。


「食べてる途中の暴力反対なのだっ!」


ふざけたように言い返すピエラに、アンカーの拳はさらに固く握られる。


一触即発の雰囲気が漂い始めたその時、パンドラが優雅にその場に割り込むように口を開いた。


「それよりも、大事なのは完了報告を蝶々様にどう伝えるか、ですわ。ここはやっぱり、わたくしが熱烈なラブレターを添えて直々にお届けするべきだと思いますの♥」


しおらしい笑顔を浮かべながら言い放つパンドラ。その内容に一同の動きがぴたりと止まり、目を丸くする。アンカーが髪をかき上げると、間髪入れずにツッコんだ。


「何で報告がラブレターになんねん!?」


「だって蝶々様にわたくしの忠誠と愛をお伝えする絶好の機会ですもの♥」


パンドラが頬を染め、瞳を輝かせる。だが、それを見たアンカーは心底呆れたように肩を落とした。


「ほんま、うちらが片付けても、余計なトラブルを呼びそうなんアンタもやで…。ええ加減にしぃや。…」


また新たな波乱を予感させながら、サーカス会場の一連の後始末はようやく終わりを迎えたのだった。







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