第四十一作戦:善悪逆転作戦、始動!
冷たい月明かりが静まり返った街を照らし、不気味な影たちを映し出していた。
時刻は深夜、街の住民が眠りに落ちたその頃、不死鳥の羽の幹部たちは静かに集結していた。
蝶々の声が暗闇を切り裂くように響く。
「全員、準備はいいな…?」
幹部たちはそれぞれの道具を手にし、小さく頷いた。エル、アンカー、サンダーは何も持たず、アールはおどおどと重い機材を抱え、ピエラは菓子の袋を握りしめている。パンドラはいつも通り、蝶々を崇拝するような瞳で見つめていた。
「蝶々様、私の役割を今一度確認させていただけます?」
「入口の監視だ。マスク・ド・ドラゴンが来たら私に連絡しろ」
その一言にパンドラが力強く頷く。
蝶々は、わざとらしく食べ終わったスナックの袋をゴミ箱に投げ入れたピエラの方をちらりと見た。
「ピエラ、電波塔への侵入と護衛を頼むぞ」
「ピエラちゃんに任せるのだっ」
アールはすでに荷物を下ろし、慎重に各種配線を確認している。蝶々はその背中を見つめて指示を出した。
「アール、システム操作の準備は進んでるか…?」
「…は、はい。ボス…あとはタイミングだけです」
彼らの前方に立ちはだかるのは、目標である巨大な電波塔。その頂には無数の光が点滅し、稼働中であることを示している。その眩しい存在感に一抹の不安が過ぎる者もいたが、蝶々の冷静な声が再び緊張を引き締めた。
「目標地点まで約300メートル。この暗がりを利用して一気に接近する。無駄な音を立てないこと。それじゃ、行くわよ。」
蝶々が合図をすると同時に、一行は夜の闇へ溶け込むように前進を始めた。その姿は一切の光を帯びず、静かな侵略者そのものだった。
目標地点が近づくにつれ、全員の表情が徐々に引き締まっていく。エルでさえ、普段の軽口を挟むことなく足音を潜めていた。その緊迫感の中で、彼らの作戦がどう展開されていくのか、誰もが内心を秘めながら次の行動を待ち構えていた。
―――
『全員、警備員と警備室の制圧に取りかかれ!』
蝶々は、幹部たちが見渡せる屋上で通信機を使い指令を出していた。
彼女の声が闇を貫き、幹部たちは即座に行動を開始した。
ピエラが笑顔を浮かべながら軽快に警備員たちを翻弄し、アンカーが無駄のない動きで接近して仕留める。パンドラは隙をついて制圧した警備員の無線を静かに切断した。
「やっぱりピエラちゃんたちは、最強なのだ。」
警備室が完全に掌握され、後方の三人、エル、アール、アンカー、ピエラが入り口へと進んでいった。
電波塔の巨大なスチール製の扉が目の前に現れると、アールは一瞬足を止めた。薄暗い周囲、重圧感を放つ扉の佇まい。それらが不安を煽るようだった。
「…ボ、ボクにできるかなぁ…怖いよぉ…」
震える声でつぶやくアールを見て、アンカーが大きな手を肩に置き、軽く叩いて励ました。
「考えすぎや。うちらはこれまでどんだけの仕事こなしてきたと思うんや。」
けれど、アールの不安は消えないまま足がすくんでいた。その様子に、先を歩いていたエルが振り返り、呆れたように肩をすくめる。
「さっさと行くわよ!主役はアタシなんだから!」
その声は、どこか頼もしさすら感じさせる。エルが率先して動き、扉を開けるためのセキュリティパネルに手をかけた。後ろでアールが器具を取り出し、迅速に電子ロックの解除を進める。
アールは小さく息を吐き、震えを押し殺しながらゆっくり前に進んだ。その表情にわずかな覚悟の色が浮かぶ。
「…ボ、ボクだって…やれば…できる…。」
やがてアールがロック解除に成功し、鈍い音を立てて巨大な扉が開いた。暗闇に続く内部への通路。その先にはミッションを果たすための障害と可能性が広がっている。
「よっしゃ、突入や。」アンカーが短く告げ、エルがにやりと笑う。
「主役のお通りよ!」
それを聞いたアールもなんとか小さく笑みを浮かべ、三人はついに内部へと足を踏み入れた。その背後では、警備員たちを完全に片付けた他の幹部たちが警戒態勢を整えていた。
彼らは進む。蝶々の緻密な計画を実行し、街をひっくり返す第一歩を達成するために。
―――
電波塔の中は拍子抜けするほど静かだった。外部での小競り合いから一転して、内部の警備は手薄だった。
「まさか罠じゃないやろな…」
アンカーがつぶやくが、その声に反して彼らの進行は滞りなく進み、やがて制御室のドアの前にたどり着いた。蝶々が念入りに周囲を確認しながら指示を出す。
『アール、ここからが本番だ。頼んだぞ。』
「…わ、分かりました!」
アールが小さく頷くと、素早く端末を取り出し、制御室のターミナルに接続する。その姿はさっきまでの怯えた様子とは一変して集中していた。アールの細い指がキーボードを軽快に叩き始めると、大きなアールの瞳に端末の画面に次々と暗号化されたコードが映り出される。
「…ボ、ボス、ここからです!5分待ってくれたらシステムハッキング完了です…」
振り返りざまに言ったその表情には、小さな自信が垣間見えた。
『よし、全員警戒を強めろ。』
蝶々の鋭い声が幹部の耳に響く。幹部たちが配置につき、それぞれの武器を構えた。蝶々自身も、緊張を隠しつつもどこか勝利の手応えを感じている様子だった。
だが、その感覚は突然の報告によって掻き消された。
「蝶々様!」
無線から聞こえるのはパンドラの焦った声だ。
「建物外に気配があります…警備員の応援か、それとも!」
蝶々の眉間に皺が寄る。嫌な予感が脳裏をかすめた。
「全員、さらに警戒を強化しろ。アンカー、エル、お前たちの出番だ。」
その指示が飛び出した直後、建物全体を揺るがすような大音響が響いた。
ドカーン!
制御室の扉がガタガタと揺れ、内部の誰もが身を固める。空気が一瞬静まり返った後、エルが満面の笑みで拳を鳴らす。
「よっしゃ、ようやく面白くなってきたじゃない!」
「ほな、サクッと片付けたろか。」
アンカーも不敵に笑みを浮かべ、エルとともに扉の向こうに向かって走り出す。
蝶々は静かに呼吸を整えながら、内心で警報を鳴らしていた。外で起こっていることが単なる邪魔で終わるのか、それとも計画そのものを狂わせる予兆なのか。
「そこまでよ、不死鳥の羽!」
制御室に響き渡る凛とした声。爆風が巻き起こり、煙の中からマスク・ド・ドラゴンが姿を現した。戦闘態勢のまま、たつみは堂々と幹部たちと向き合った。
蝶々は冷静に彼女を見つめ、小さく呟く。
「やっぱり現れたか…」
たつみの瞳は鋭く、不死鳥の羽の幹部たちを睨みつけている。
「あなたたちが何を企んでいるのかは分からない。でも、これ以上好き勝手にはさせない!」
その言葉が制御室の緊張感を一気に高めるが、その場の空気をぶち壊したのはエルだった。
「なによ、それを言うならこっちのセリフなんだけど?」
エルがふてぶてしい態度で前に進み出ると、軽蔑の目でたつみを見つめる。
「そもそもアンタが出てきたせいで、アタシたちの予定が狂っちゃったんだからね!ほんと迷惑なんだけど、この牛女!」
その言葉に、たつみは眉をひそめつつため息をついた。
「また胸のこと?そんな話、どうでもいいでしょ!」
彼女の体勢が鋭く切り替わる。両拳を握りしめると、わずかに仮面越しに赤く目が光る
「それより、正々堂々とやり合う気はないの?」
「ハッ、面白いわね!」
エルは笑みを浮かべながら前に出る。その態度はふざけているようで、実は完全に闘いに備えたものだった。
蝶々はそのやりとりを見ながら小さく首を振る。
『どうやら遊んでいる暇はなさそうだな。皆、それぞれ持ち場につけ。時間を稼げ。』
場の緊張感が再び高まり、エル&アンカーとマスク・ド・ドラゴンの戦闘が今にも始まらんとする瞬間、他の幹部たちも動き出した。
その空気の中、蝶々は冷静に作戦のタイムスケジュールを計算しながら、目の前のヒーローをじっと見据えていた。
アンカーの尻尾が風を切りながら振り下ろされる。その動きは鞭のように鋭く、床にぶつかるたびに大きな音を立てた。
「食らいや!」
アンカーは挑発するように叫びながら連撃を仕掛けるが、それを軽やかに避けるたつみ。まるで舞うような動きで、敵の攻撃をかわしつつ、隙を見て反撃を繰り出した。
その間、エルも独自の戦法を展開していた。両腕に仕込まれたワイヤーがしなやかにしなり、空間を切り裂くように襲い掛かる。しかし、たつみは華麗にそれを弾き返し、エルを一歩ずつ追い詰めていく。
制御室の端では、アールがコンピュータに向かいながら、恐る恐るその様子を見守っていた。
「…ボ、ボクたち勝てるのかなぁ……」
震える声に不安がにじむが、蝶々は冷静に状況を把握していた。
「パンドラ、アールの護衛を頼む。入り口の監視はピエラに任せておく。」
蝶々の指示を受けたパンドラは微笑み、足早に制御室内へと向かう。
その優雅な仕草には緊張感すら感じられなかった。
「アール、わたくしがここにいる限り、安心して作業なさいな。」
その言葉に少しだけアールの肩が落ち着きを取り戻したように見えた。
場の状況が動く中、蝶々が声を張り上げる。
「エル、もっと本気を出しなさい。この作戦が完了すれば、好きなゲームを二本買ってもらえるわよ。」
その言葉を聞いたエルが目を輝かせる。
「本当っ!? やる気…上がっちゃうじゃない!」
一転して生気を取り戻したエルは攻撃をさらに激しくし、たつみとの間で激しい攻防が繰り広げられた。
「ずるいわぁ…うちも何か貰わんと、なっ!」
アンカーも軽口を叩きながら、攻撃を強化する。
しかし、事態は次第に不穏になっていく。たつみの戦闘能力は明らかに向上していた。
以前より素早く、力強い動きが幹部たちを圧倒し始める。エルもアンカーも反撃を受け、じりじりと追い詰められていく。
「おい、ちょっと強くなってない?」
エルが歯を食いしばりながら呟く。
アンカーも肩で息をしつつ頷く。
「ほんまや…これはガチやな…!」
制御室内の空気は緊張で張り詰める中、蝶々は冷静な表情を崩さない。ただ、その瞳には、さらなる策が浮かんでいるかのような鋭い光が宿っていた。
全員が各々の役割を果たすべく奔走する。
だが、勝利への道はまだ遠く険しかった。
「(あそこにいる…子供…何か機械の操作してる…)このままじゃ…仕方ない…一か八か!」
「あと…もう少し…」
アールの顔が真剣さを増し、指がキーボードを疾風のごとく走る。その動きには緊張が見え隠れしていた。だが、そのとき——。
「はぁぁっ!」
轟音と共に、マスク・ド・ドラゴンが拳を地面に叩きつけた。衝撃波が広がり、制御室全体を揺るがす。振動は端末にも影響し、システムが不穏なエラー音を立てた。
アールが絶望したように叫ぶ。
「…ま、まずいよっ…これでシステムが…っ!」
一瞬の後、端末の画面が真っ暗になり、すべての操作が強制的に終了。ハッキングは失敗に終わった。蝶々が僅かに舌打ちする。
「ちっ…撤退よ!」
蝶々が片手を振り、幹部たちに合図を送る。その指揮は冷静で揺るぎないものだった。
「パンドラ、エル、アンカー、アール、すぐに出口へ!」
「承知しました」
「了解や!」
「分かったわ!」
「…ボ、ボクも!」
幹部たちはすばやく行動を起こし、制御室を後にする。
一行は電波塔から一気に脱出を図る。だが、後方ではたつみが追いかけようと身構えていた。
「待ちなさい!」
しかし、制御室の床には無数のヒビが入り、装置は火花を散らしていた。たつみはそれを見て判断を下す。
「…まずは安全を確保しないと!」
やむなくたつみは追撃を断念し、電波塔内の被害状況を確認するため行動を切り替える。
夜の静寂が戻った電波塔の外、不死鳥の羽の幹部たちは暗闇の中へ消えていく。蝉の声すら聞こえない静かな逃亡だった。
エルが不満げに肩をすくめながら声を漏らす。
「はぁ、せっかくやる気出したのにこれ…?。ほんと、ついてないわね!」
アンカーも苦笑しながらうなずく。
「確かに失敗やけどな、みんな無事でよかったと思わんと。」
ピエラはぴょんぴょん飛び跳ねて蝶々に近寄り、興奮気味に話しかける。
「ちょー様…次はどうするのだ?」
蝶々は一言、低く呟いた。
「考え中だ…だが、次こそ、私たちの計画を必ず成功させる。」
彼女の表情には、一片の後悔も見えなかった。それどころか、何か新たな策略を練る瞳の輝きがあった。
さらなる対立の予兆
この日、不死鳥の羽の善悪逆転作戦は未遂に終わり、その記録はたつみによるもう一つの勝利として残ることとなる。だが、それは次なる戦いの始まりに過ぎなかった。
闇夜の中、不敵な笑みを浮かべる蝶々。月明かりに照らされるその横顔は、失敗すら新たな計画への糧とする冷酷なリーダーそのものであった。
「次の作戦では、この夜を屈辱として思い出させてやる。待ってろ…マスク・ド・ドラゴン。」
空は再び雲に覆われ、不死鳥の羽とマスク・ド・ドラゴンの対立はさらにエスカレートしていく予感を孕んでいた。




