第十八作戦:サーカスの裏で暗躍する影
この物語はフィクションです。
実在する団体・地名、人物、事件など一切関係ありません。
ヴァリアントサーカス団の数十メートル先離れた場所で
缶コーヒーを片手に「ふぁ~」と大きなあくびを一つする一人の男。
相模原虎徹。警部補
「何で俺がこんな仕事を…」
髪はボサボサで無精ひげを生やすくたびれたコートを羽織っている。
悪態をついているがれっきとした刑事であり警視庁公安部第九十九怪異事件特殊対策課。
通称『怪異』に所属している。
特殊対策課――それは、通常の犯罪者とは異なる者。
…主に怪人の犯罪者を捕まえるために作られた部署である。
表向きは、窓際部署と言われているが、武道・知力に長けた者で
構成されているエリートだ。
「先輩。飯買ってきたっすよっ」
「…おぅ…ご苦労…」
コンビニ袋を片手に走ってくる男がまた一人。
さきほどの男とは真逆で髪をワックスできっちり止め、眼鏡をかけ
ジャケットを羽織る男性。赤根司。巡査部長
彼もまた特殊対策課に所属する刑事であり、相模原の部下にあたる。
相模原は赤根から袋を受け取るとゴソゴソと中身をあさる。
「あ~何だよ。カツサンドなかったのか。たまごサンドと
はむサンドかよ?」
「すいません。売り切れだったので、それでで我慢してくださいっす」
「しゃあねぇな…」
ハムサンドを一口頬張ると、咀嚼をそこそこに赤根に向かって話しかける。
口を開くたび、ぐちゃぐちゃのハムサンドが見えているが
いつものことだと赤根はあきらめる。
「あぐ…もぐもぐ…んで?…あのサーカス団が不死鳥の羽のアジトって話は
本当なのか?」
「まぁ…正直…まゆつば話な気がするんすけどね…噂ってくらいで
証拠はないんすよ」
相模原と赤根がここにいる理由。それは不死鳥の羽関連だ。
ヴァリアントサーカス団の中に不死鳥の羽のアジトがあるとの情報を得た。
「…帰っていいか…?お前だけでもいいだろう?」
「ダメっスよ⁉一応仕事なんだからっ」
「はぁ~お前は本当…超真面目ちゃんだなっ。
真面目な男はモテねぇぞ?
男はな…不真面目くらいがモテんだよっ」
「先輩が不真面目すぎるんすよ…
それに僕。彼女いるんで」
「はぁ?まじかよっ…本当に帰りてぇ…嘘だったら…無駄骨じゃねぇか…」
「はは。そん時はそん時っすよ。嘘だったとしても楽しめると思うっすよ…?
SNSで満バズするくらい面白いサーカス団らしいっすから♪
正直、僕楽しみなんすよ♪初のサーカス公演♪」
「マンバス?良く分からねぇけど…」
「先輩はおじさんっすからね――いったっ⁉先輩痛いっすよっ⁉」
おじさん扱いされたことに憤慨したのか肘で赤根を小突く相模原。
「うるせぇ…誰がおじさんだ。俺はまだ35だ」
「十分おじ…いたっ⁉いたいっすっ⁉って、先輩っ⁉そろそろ
時間っすよっ。早く行きましょう!」
「ふあぁ~…おぅし…仕事開始だ…」
大あくびをする相模原を追う赤根は人々が熱狂する悪のサーカス団に入り込む。
―――――
「うげ…人多すぎだろ…俺…こういうの苦手だわ」
「やっぱり人気のサーカス団はすごいっすね。
めっちゃ楽しみっすね!」
相模原たちが座ってから数分後、激しい爆発音とともに司会の蝶々が
姿を現す。
「レディース&ジェントルマン!ようこそ!不思議な超人が集まる
ヴァリアントサーカス団へ!
今宵は皆さまに素晴らしいサーカスをお見せしよう!」
蝶々の堂々とした司会からピエラが登場し、得意の(虫)ジャグリングを
見せていく。
「ほらほら~♪ピエラちゃんの技を見るだ~。ピエラちゃんはすごいのだ!」
「「あはははっ♪」」
「先輩っ。あの子。凄い可愛いっすねっ。胸もまぁまぁあるっっす。
しかもジャグリング
うまいっすよ!あんな高く玉ってあがるんすね!」
「そーだなーすごいなーたかいなー」
「さぁ♪サンダー!猛獣たちを引き連れ会場を沸かせたれ!」
「ガオォッ!」
「「……」」
「先輩っ。あの子もすごい可愛いっすよっ。やっぱ胸…でかっ。
しかも、ライオンもでかっ…他の猛獣たちが子供に見えるっすよ」
「そうだなーおおきいなー。こわいー」
アンカーがサンダーを含む、猛獣たちを巧みに操る。
迫力ある猛獣たちに観客は緊張と興奮の渦に飲まれる。
赤根は純粋に楽しんでいる様子だが、相模原はあくびをしながら
赤根の言葉に棒読みで反応している。
「先輩。せっかくなんすから…楽しんだらどうです?」
「赤根…俺たちは、ただサーカスを楽しみに来たんじゃねぇだろ?」
「あっ…」そうだったと頭をかき頭る赤根。
「このサーカス団が白だったなら、彼女とくりゃいいだろ…
サーカスの裏手から回るぞ…」
「は、はいっすっ」
相模原と赤根は、サーカス団の正体を暴くために動き出す。
――――
その一方で、舞台裏では蝶々たちの会話が繰り広げられていた。
「今回も大盛況のようだな」
「えぇ♪活動資金も十分。
今後、地下施設の改築も順調に進められますわ」
「訓練場以外に何か進めるのか?」
そんな予定はないのだがと、蝶々は首をかしげる。
「それはもちろん蝶々様のお部屋ですわ♥そして、わたくしはその隣に部屋を。
お互いに出入りできるようにドアを付けるのです♥
いつでも、わたくしの部屋に来てもよろしいですわ♥
はぁ♥早く蝶々様との初夜をっ――」
ぐしゃっと音を立てパンドラの頭は吹き飛ぶが数秒もしないうちに
頭は再生していく。
「ふぅ♥ノルマ達成ですわ♥」
「何のノルマだ…」
「『愛』ですわ」
意味が分からないと蝶々は頭を抱える。
有能なのは認めるが如何せん、パンドラは変人だ。
何度注意しても、治ることがない一種の病気だろう。
「このままサーカスが順調にすすめば、わたくしたち不死鳥の羽の
活動も上手く行きますわね」
「…そうだな。今はサーカスの経営だけがうまく言っている状態だ。
それにマスク・ド・ドラゴンという宿敵もいる。奴の正体も分からない
まったく、面倒だ…」
蝶々の話に耳を傾けていたパンドラだがだらしない顔の彼女の表情が一瞬にして変わる。
「…あら…?えぇ…分かったわ。後ろは任せたわ…えぇ…
逃がすわけにはいかないわね…良い?
絶対に殺しちゃダメよ。生かす価値があるんだから…」
真剣な彼女は、耳に手を当て何かを呟いたあと蝶々に向き直る。
・
「…蝶々様。ネズミが2匹入り込んでますわ」
――――
「せ、先輩…聞きました…今…不死鳥の羽って」
「あぁっ…聞いたにきまってんだろ…まさか、本当にここがアジトだったとはな…
赤根…至急、応援を呼べ…楽しくなってきやがった。
相模原と赤根は裏手からサーカスに侵入し、蝶々たちの会話を聞いていた。
赤根に携帯で応援を呼ぶように指示する相模原の顔はサーカス団前に入るよりイキイキしていた。
「…くっ、だめっす。ここ圏外っす」
「ちっ」と舌打ちをする相模原。ただ赤根が悪いわけではない。
サーカスの場所は携帯がつながらない箇所に設立する。これもパンドラの作戦だった。
「どうします?僕たちだけでやりますか?」
「…っ…いやダメだ。拳銃2丁の俺たちだけじゃ、いくら相手が2人だとしても
分がわりぃ…一時ここを撤退し、携帯が繋がる場所に移動して応援を呼ぶべきだ」
「…分かりましたっ」
「…あら…?えぇ…分かったわ。後ろは任せたわ…えぇ…
逃がすわけにはいかないわね…良い?
絶対に殺しちゃダメよ。生かす価値があるんだから…」
・
「…蝶々様。ネズミが2匹入り込んでますわ」
サーカス団から逃げようとするタイミングでパンドラが相模原たちに不適な笑みを
浮かべる。
「「っ!?」」
まさか気付かれると思ってなかった相模原たち。
しかし、エリートの刑事だ。それだけではパニックにならない。
2人は頷き合い、冷静に蝶々たちから距離を取り逃げる。
「何や?もう帰るんかいな…?少しうちと遊んてぇな?
なぁなぁ、SMプレイには興味あらへん、かっ!」
「うぐっ…あぁっ!?」
「赤根っ!くそっ⁉」
相模原たちの背後にはアンカーが立ちはだかっていて
長い尻尾を巧みに操り、赤根を縛り上げると手繰り寄せる。
「くっ…す、すいませんっ…先輩っ。…うっ…はなせぇ――ぅっ⁉」
「ほらほら♪動くと苦しいでぇ♪まぁ…動いてもええけどな♪
うち、苦しんでる姿を見るのがめっちゃ好きやねん♪」
赤根が動こうと身を捩るとアンカーが尻尾で締め上げていく。その締め付けに
彼は苦痛の声をあげる。
「っ⁉…赤根を放せ!…撃つぞ!」
相模原は、素早い動きで半身でアンカーに拳銃を向け威嚇する。
アンカーにだけ気を配らず、後ろの蝶々たちも警戒する。
「おぅおぅ♪ええでぇ♪撃ちぃ♪運が良ければうちだけ拳銃で
撃ち抜けるんちゃいますかぁ♪」
「ほらほら」とアンカーは相模原を挑発する、相模原の頬から汗が流れ
しばしの沈黙がこの場を支配する。
「赤根…すまねぇなっ。彼女とのサーカス…無理見てだぁ」
「ぐぅっ…仕方ないっすね…死んだら、天国で酒飲みかわしましょうっす」
「……っ!」
「なんやと!?」
ドキュンと拳銃の音が響いた。拳銃の先は赤根たちじゃない。
蝶々に向いていたのだ。
この場で相模原たちが生き残る道はほぼ0であり、唯一痛手を与えられる方法。
それは…蝶々を狙うことだった。
相模原は、蝶々とパンドラの会話で蝶々が不死鳥の羽のボスだと察知した。
ボスを倒せば仮に自分たちが殺されたとしても、不死鳥の羽の足並みを崩すことができる。
蝶々を―――倒せれば…だが…
「なに⁉」
「不意打ちで蝶々様を狙ったのは、良い判断でしたわ♪
…けど、そこにわたくしが居たのが運の尽きですわね。
ふふ、愛しい方の貞操は守らないと♥」
「本来なら殴ってやりたいが…良くやった。パンドラ」
「はぁい♥ありがとうございます♥」
相模原が放った弾丸。蝶々の心臓を貫くことはできなかった。
パンドラが盾となり蝶々から守ったのだ。
スライム体であるパンドラ。物理の攻撃は無効化する防御力。
「ふふ♪…最後のあがきは失敗ですわね♪」
「………くそっ⁉」
体内から弾丸を取り出すと相模原に投げ返す。カンと金属音を鳴らし相模原の足元に
コロコロと転がっていく。
―――――
相模原と赤根をアジトの一室で椅子に縛り上げ幹部たちが集まり
これからのことを話している。
「…で。ど、どうするの…?この人たち?殺す?」
「いいぜぇっ…殺せよ!覚悟は出来てるからよぉ!」
「この部署に配属された時から分かってたっす…先輩について行くっすよ!」
「本人の希望だし殺しちゃわない?生かしてたら面倒だし?」
「殺すならピエラちゃんが食べるのだ。さっきのサーカスでお腹ペコペコなのだっ!」
「いや…ダメだ」
「蝶々様の言う通り殺すのはダメですわ…」
「せやな…こいつらは生かしておくことに価値があるんや」
エルとアール、ピエラは殺すことを賛成なのだが、蝶々、パンドラ、アンカーは反対だった。
「何でよっ?殺しちゃった方が楽でしょ?」
アール、ピエラもうんうんと頷くが、蝶々が説明を挟む。
「確かに殺した方が楽だ。だが、こいつらは仮にも刑事だ。どこ所属かは分からないが
個人的に動いているわけじゃないだろう…
おそらく、上の人間がここを調べろと言われて来ているにすぎない。
サーカス団に行った途端、刑事たちが殺されてみろ…私たちが悪の組織ですと
自己紹介しているものだ」
「「………」」
「あ」とエルとアールは気が付く。
ピエラは「…?」と指を口に咥え首を傾げてる。
相模原たちは殺されることがないと分かると頬に汗が
流れ焦り出す。
殺された方が、今後の展開として『怪異』側が優位に働く。
「蝶々様の通りですわ♥…こいつらは殺すより生かす方が利用価値があるの。
そこでアンカーの出番よ」
「こいつらを悪の組織に調教するんや。アールの洗脳薬を使ってな♪
うちらの戦闘員に仕立て上げ、そのまま察にお返しや♪
こいつらは、うちらが白であることを報告し、さらに裏ではスパイとして
働いてくれるって寸法や♪」
「ふ、ふん。そのくらいアタシだって気づいてたし」
「…エルの嘘つき」
「?とにかく殺しちゃダメってことなのか?分かったのだ‼」
「……へっ…甘いな!俺たちが洗脳される?
バカなことを考えてないで殺したらどうだ?」
「そうっす…僕たちは特殊な訓練を受けて洗脳は効かない体
なんすから!」
最後のあがきとして蝶々たちに洗脳は無駄だとハッタリをしかける。
だが、蝶々、パンドラ、アンカーの回答は変らない。
「いや…お前たちは殺さない」
「わたくし…いいえ蝶々様の今後の活動の助けをしてもらうわ」
「特殊な訓練?おもろいやないか♪
うちの調教術でしっかり洗脳してやるわぁっ♪」
尻尾をビシンと鞭のようにしならせ、片目を開きニヤリと白い犬歯を覗かせる。
「アンカー任せたぞ」
「了解や!」
――‐―
「おら♪豚ども♪お前らはどこの部署に所属しとるんや?
もう一度、蝶々様に話ぃや♪はよはよ♪」
「はい。俺たちは警視庁公安部第九十九怪異事件特殊対策課。通称『怪異』に所属する
相模原虎徹です」
「同じく『怪異』の赤根司っす」
「『怪異』?知らないな。どんな事件を担当するんだ?」
「主に怪人事件関係の仕事を担当し
数十年前の不死鳥の羽が活動してた時から存在しています」
「おばあ様の頃…からそんな者が」
「言いなさい。誰の命でここに来たのかしら?」
「東郷大五郎。『怪異』の警部です」
「なるほどね…このサーカス団以外に調べている所はあるのかしら?」
「はい。消費者金融を始め、ヴァリアントサーカス、大企業合金金属株式会社の
3つをそれぞれ調べています」
「3つか…。後の2つを捜査している奴らを教えろ。
数日後、拉致して洗脳、スパイとして送り込む」
「はい。まず1人目―――」
それから必要な情報を相模原たちから聞き出していく。
相模原の家族関係、赤根の家族関係、警部の家族関係
部署の内部情報などなど
「と、いうわけや♪どや♪蝶々はん。うちの仕事ぶりは♪」
「あぁ…良くやった」
「へへ。アールの薬も効果あったでぇ。調教時間の短縮につながった、ありがとうなぁ」
「…えへへ…た、助かったなら…よかったよ」
相模原たちを解放した蝶々は、幹部たちに向き直り指示する。
「各自、怪しまれないようにサーカス公演は続けろ。
ただし目立つことはないようにいつも通りを心掛けて、な」
「了解」と幹部たちが返事をする。




