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第百四作戦:三つ巴3


マスク・ド・ドラゴンたちとバグズの激しい戦いが終わってから数時間後、戦場は荒廃と静寂が入り混じる異様な風景と化していた。


瓦礫と埃が、かつての熾烈な戦闘の痕跡として無造作に散らばり、遠くには消えかけた炎の残像がかすかに浮かび上がっていた。


そんな中、街の片隅にひっそりと佇む古びた美術館が目に入る。


かつては華やかな展示で人々を魅了したこの館も、今や時間に侵され、壊れたガラス片や倒壊した彫像が無言の証人となっていた。


「……」


その忘却の館の前に、一際存在感のある影が立っていた。


『バグズ』のリーダー、ゴキブリ型怪人クロガネである。


月明かりの下、彼の黒光りする外骨格は鈍く光を反射し、柔らかい影を落としながらゆっくりと動く触角と、赤い複眼が、崩れ去った美術館を睨んでいる。


「ここに…例の物が…」


クロガネは、低い声でそう呟いた。


その言葉の重みは、追い求める目的――不死鳥の羽とクロガネが狙う「セイリンセキ」、手に入れた者の願いを叶える伝説の宝玉の存在を示唆していた。


セイリンセキは、数百年前から伝承や伝説の中で語り継がれ、輝かしい光を放つ玉として、人々の記憶に刻まれ本に書かれている。


「クフフ。ここは落ち着きますね」


クロガネはゆっくりと、しかし用心深く足を進め、荒廃した美術館の扉を押し開けた。


クロガネが中に入ると、黒い影がうごめく。


「お出迎えありがとうございます…子供たちよ」


カサカサを蠢くそれは、3センチほどの大きさの黒光りするゴキブリでありクロガネを歓迎するように、道を作り出す。


まるで、セイリンセキの場所まで、示しているかのように。


「ありがとうございます」


クロガネは、そのままゴキブリの道をカツカツと歩き始める。


館内はかつての栄光の面影を残しながらも、今やひび割れたガラスと朽ち果てた展示物の残骸に埋もれていた。


床に散乱するガラス片を踏むたびに、割れる音が遠くで微かに響き、やがてその雑音は静かに消えていった。


「これが…」


やがてクロガネの足はある一点で止まった。


彼の複眼が、一見取るに足らぬ薄汚い石に焦点を合わせる。大きさはゴルフボールくらいだろう。ただ、形は丸とは違って歪だ。


その石は、道端に無造作に転がっているだけのもののように思え、子供がいたずらに置いたかのような、ささいな存在であった。


「(セイリンセキ……)」


クロガネは心の中でその名前を、低く、しかし重々しく呟く。


ゆっくりとその石に近づくと、彼の歪んだ笑みは一層深まり、そっと手を伸ばしてその石に触れた。


そして、その瞬間、彼は確信した。


これこそが、不死鳥の羽が長年探し求め、そしてクロガネが己の野望のために狙っていた伝説の宝玉、持った者の願いを叶えるセイリンセキであった。


なぜ、クロガネがセイリンセキを見つけることが出来たのか。

一見すれば、ただの石にしか見えないこの宝石を。


それはクロガネが、日本中に散らばる無数のゴキブリを巧みに操り、さまざまな場所から集められた石や道端にある石ころ、さらに宝石店の宝石を丹念に調べさせていた。


その中で、唯一美術館で大きな反応を示したのは、このただの薄汚い石であった。


石に指先が触れた瞬間、クロガネの内側から秘められていた野望が、情熱的な怒涛のように燃え上がった。


「っ!?……ふっ…これ、これです…クフフフ♪素晴らしいっ…体に力が沸き上がってくる!」


その声は、闇に潜む野望の証であり、クロガネがこれから築く新たな世界の礎であるかのように、低く、しかし確固たる自信を帯びていた。


「皆さん…喜んで下さい!私の…いいえ、私たちの力です!クフっ、クハハァァァッ!!」


その夜、不気味な笑い声が美術館内に響いた。



―――



「…な、何だ…あの空!?」


「灰か…?」


「い、いや…う、動いている…あれ…ゴ、ゴキブリだぁっ!」


「いやぁぁぁっ!?」


「そ、それに怪人っ…虫の怪人だぁっ!」


クロガネが、遂に伝説の「セイリンセキ」を手中に収めたその日から、バグズの勢力はかつてないほどに勢いを増し始めた。


街は次第に暗黒の支配下に陥り、無数のゴキブリがあらゆる隅々を這い、建物の壁面を覆い尽くす。


人々は外に出ることもままならず、日常が完全に破壊されたかのような光景が広がっていた。


――そんな中、不死鳥の羽の本拠地では、会議室に幹部たちが静かに集まっていた。


「ちっ…私のミスだな」


蝶々は、無駄な戦力を削がれることを避けるため、敢えてヒーロー、バグズとの直接戦闘に介入することを控え、戦況を傍観する決断を下していた。


それが裏目に出たのか、蝶々が腕を組み舌打ちをする。


「マスク・ド・ドラゴンたちが、何やら…苦戦を強いられているようだ。それも…中級怪人たち、にだ……まさか」


蝶々の顔は無表情ながら、頬に汗が浮かぶ。ゆっくりと汗が頬から顎に流れ、自然に口元を触ると汗を拭う。


少し間を空けると口を開く。

周りの怪人たちに聞こえるように。


「…まさかとは…思うが…バグズがセイリンセキを入手したのか…?」


冷静さを取り戻した蝶々の声はいつもの調子に戻っていた。


「蝶々様。その仮説は正しいとわたくしは思いますわ」


蝶々の独り言に、答えたのはスライム型怪人のパンドラだった。


いつもは、開始早々、蝶々にセクハラをする彼女だが、今の顔は真剣そのもので、真面目な表情で彼女を見つめている。


「セイリンセキは持つ者の願いを具現化するとされています。もしクロガネがそれを手に入れて、自身、そして仲間の強化を願っているとすると…バグズたちの戦闘力が向上している説明がつくかと」


「せやな…」


パンドラの回答に、隣に座っているアンカーも頷く。

武器の1つである自身の長い尻尾を触りながらキツネ目のまま話し始める。


「戦闘員たちに命令して、動画取らせてそれ、確認したんやけど…ごっつ重い攻撃をしとったで…。あの攻撃力は、正直なところ、前に戦ったレッドスコーピオンみたいやったで…」


レッドスコーピオンの名前を呟いたアンカーの片目がキッと開く、鋭く細い猛獣のようだ。


レッドスコーピオン。光るかけら――セイリンセキのかけらを手にして強力な力を持って、アンカーとスズメバチを苦戦させた敵だ。


「あの時のレッドスコーピオンまじで強かったっス」


「ボス…ボ、ボクたちも黙っている訳には行かないと思います…」


「確カニ…対抗策ヲ講ズル必要ガアルト我ハ思イマス…主蝶々」


蝶々は、深い憂いをたたえながら、静かに頷いた。


「あぁ。現状、バグズの怪人たちが急激に強くなっているのは事実だ

セイリンセキの有無は関係ない…どちらにしろ、今後、私たちにも大きな脅威に晒される可能性はある。」


「もしクロガネが手に入れているのなら、彼らはまさに、世界の崩壊を狙っているに違いありませんわ」


「蝶々はん。どないする…?」


「…」


蝶々は周囲を見渡し、厳しい表情で決意を示した。


「現在、私たちの障壁はヒーローではない…虫ども――バグズだ…

奴等を…殲滅する…」


会議室内は、重く静かな空気に包まれたが、ひとりひとりの眼差しには、確固たる決意が宿っていた。


「うふふ♪蝶々様のため、わたくし粉骨砕身の覚悟で臨みますわ」


「任せときや。戦闘員使ってバグズの動きを監視し、情報を集めるで!」


「我ノ手デ、虫ケラヲ駆除シマショウ」


「バグズ…ぜってぇ…潰す!」


「やってやるっス!」


「ふふん!アタシたちに任せなさいよ!ね、アール!」


「…う、うん…し、死にたくないから…が、頑張る…」


「もぐもぐ…♪ピエラちゃんも頑張るのだ♪」


「グルルゥッ!」


「…戦争だ。覚悟を決めろ。世界はバグズではな―――」


ドオォォォン!!


蝶々はその言葉に静かに頷くと、重い資料を閉じ、厳粛な表情で締めくくろうとした――その時、アジトの内部は、突然襲来した激しい衝撃で一変した。


壁が激しく砕け、機材や備品が無惨にも散乱し、内部は混乱と叫び声に包まれていた。激しい打撃が響く中、誰もが息を呑むような状況に陥った。


「っ!?…もうお出ましか…」

 

「バグズ…ですわね…」

 

蝶々は、机の上に置かれた書類や散乱した資料を見つめながら、手を机に軽くついて体を支えている。


その表情は、普段通りの冷静さを保っているかに見えたが、内心には今後の戦況に対する覚悟が宿っている。


一方、パンドラは鋭い視線を外へ向け、何かを見極めんとするかのようにじっとしている。


「ったく…まだ、準備してへんって」と、アンカーがため息混じりに呟く。

その声には、怒りと失望が混じり、彼女は頭を掻きながら、床に落ちた割れたスマホを手に取り、あきれ顔で見つめる。


「高かったんやで…このスマホ…」


「フッ…血ガ騒グナ」


また、ラルデュナは機械的ながら楽しげに大鎌を構え、その姿はどこか戦いに対する期待感を漂わせながらも、落ち着いた態度で次の一手を待っている。


「やってやらぁっ!」


「…が、頑張ろう…アール」


「戦い…いや、戦争!戦争だ!害虫駆除だ!!」


オオカミが拳を力強く打ち付け、エルとアールは、戦闘態勢に入るタイミングで性格が入れ替わる。


「もぐもぐ♪」と、軽快な音色のような言葉が、いつものごとく口をついて出る


「ピ、ピエラの姐さん…空気読んで下さいっスっ」


その言葉に、ピエラはいつものように食事を手放すことなく、必死に料理を頬張り続ける姿が映し出される。


それでも、立ち上がり外を見ているため、戦う準備はできているようだ。


外で起こる絶望的な現状を思い知らされるかのように、アジトの各所では荒れ果てた破片が床に散乱し、遠くからはガラスが砕ける音や金属が打ち鳴らされる音が混ざり合っていた。瓦礫の山が、かつて秩序を誇った空間に、今や無数の断片と化して転がっている。


世界は三つ巴の戦場へと突入する。

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