第4話 高屋敷稲荷神社 その③
仕事疲れでどうにも寝るのが早くて更新が遅くなっています。(泣)
絶句とは一体どういう言葉なのだろう。
辞書などで調べるとまず最初に出て来るのは起・承・転・結で構成された漢詩の一つであるという事。所謂中学辺りで習う五言絶句・七言絶句等がそれに当たるのだが、意味という事で言えば『言葉にならない』『言葉に詰まる』といった感情を表す表現として用いられるのが一般的だろう。
そして今、隠津政成もまた、花園なるの言葉に絶句していた。
『神様に呼ばれたんだよ』
そんな発想は考えた事も無かったからだ。
そして同時に出て来る不信感。
(もしかしてこいつヤバい奴? 何かの宗教の信者? あまり関わらない方がいいかも?)
そんな言葉が政成の脳裏を駆け巡る中、花園なるはにこにこした顔で立ち上がると座っている政成を見下ろした形でまた口を開いた。
「じゃあ行こう」
「へ? 何処へ?」
だからなるの方を見上げて発した政成の言葉はちょっと声が裏返る。
「どうしたの? 変な声出して。折角来たんだからお参りしなさいって言ってるんだけど」
「あ、ああ、そうか。うん、そうだな」
その言葉にそう言って慌てて立ち上がりながら政成は、先程感じた不信感を確認する様にある事を尋ねてみようと思った。
「ところでさ、花園さんは何をお願いしたの? その、神様に」
政成が立ち上がるのを待たずに既に拝殿の方へと歩き出していたなるは、その言葉を聞くと一度立ち止まり、振り返り政成の方を向くと、そのままの機嫌の良い表情で口を開いた。
「お願い? 私お願いなんてした事ないよ。今日はね、ずーっと神様に愚痴を言って来た。あはっ、神様も聞くの嫌だっただろうね。」
「愚痴?」
「そう愚痴。ん-どうしようかな。話すべきか話さぬべきか…んーそうだ。その前に隠津君は神社ではいつも何か願うの? 今日は何を願うつもり?」
「何を願うかなんて、そんなの人には普通言わないだろ。言ったら願いが叶わなくなっちゃうかも知れないし」
「じゃあ私の愚痴も教えられないなぁ」
そう言うなるは楽しそうに笑っていた。
だから政成はちょっと悔しくなり思い付くままに口を開く。
「みんなが願う事だよ。お金が欲しいお金持ちになりたいとか、彼女が欲しいモテたいとか、あーあと勉強しなくても成績が伸びますようにとか」
それを聞いたなるは、声も高々に笑い出した。
「あはははは、おかしい~、何それ、一つも自分では努力してないじゃん。はは」
「なんだよ、だってそれが神社だろ。神様ってそういうもんじゃねーの」
なるの笑い声に益々悔しくなって来た政成は唇を尖らせて反論する。
「そう、隠津君の言ってるのは神社じゃないよ。神様にそんな全ての人の願いを叶える力はない。それは隠津君の勘違い。例えば『宝くじが当たりますように』って神社で願う人は日本中に沢山いるけど殆どの人は当たらないでしょ。そんなのは確率論なんだよ。日本中の人が宝くじを買って神社にお参りに行ったとする、そりゃあ中には高額当選者も数人存在するでしょ。そういう事、そんなもんなの」
政成はなるの話を聞いているうちに自分の考えが反転するのを感じた。
(あれ? 花園さんて何処かの宗教の信者どころか神様を信じていない? 無神論者? あれ?)
「だからね、私は神様には何も願わない。いつもただ普段の出来事を話したり自分の頑張りたい事や目標を言うだけ。それでもね、偶に背中を押して貰えたって感じる事はあるんだよ。不思議だよね」
「いや、花園さんの方が不思議だ。なんだか話していると段々狐につままれている様な気がして来たよ。そんな発想考えた事も無かった。もしかして何か宗教とかにでも入ってるの?」
「あ、狐は大好きなんだ。ありがとう。だからお稲荷様も好き。神社の狐グッズって可愛いよね~お守りとか。でも宗教とかには入ってないよ。神社は好きだけど信仰はないし、あ、逆に信仰が無くても三百六十五日二十四時間好きな時に入れるから神社は好きなのかなぁ。あはっ」
話を聞くうちに、政成は果たしてこんな子が同級生にいただろうかと自分の記憶に疑問を感じ始めた。
確かに顔も声も見覚えはある。それは当時と身長の変わらない事でより間違いのない記憶だ。
しかしこんな変わった子なら、いくら自分が当時誰ともまともに話していなかったにしても目立った言動は覚えていても良い筈だ。
それとも神社好きは高校に入ってからで、当時はもっと普通の子だったのか。
若しくは昔からこういった趣味はあったが、中学ではそれを隠してみんなに合わせていたのか。
(それならちょっと、俺と同じだ)
そんな事を政成が一人夢想している間にも、実は花園なるは話し続けていた。
「それでね、さっき言ってた愚痴の事なんだけど。私高校志望校落ちててさ、それで三次募集で定員割れの高校に入ったのね。それだけでも一年の時は結構落ち込んではいたんだけど、まあ住めば都って奴、友達とかも出来てくれば段々と慣れて来て、学校そのものへの嫌気ってのは無くなって、逆にそれなりに愛着さえ湧いて来たの。でもね、そうなって来るとまずい事になるのよ。私の通ってる高校って三年後には統廃合で消えちゃうの。それがね、段々凄く嫌になって来て。知ってはいたのよ。当然そうなる事は入る前から知っていたし、自分が卒業した後の事だからどうでも良いって最初は思ってたの。でもね、今はこのまま何もしないで母校が無くなるのは嫌だなって強く思ってて。で、そんな話をずっと神様にしていたの。ところで隠津君って何処の高校?」
「……」
「何処の高校?」
「え? ああ田村東」
隠津政成は、花園なるが話している間ずっと、夢想に耽っていたのだった。
つづく