第3話 高屋敷稲荷神社 その②
政成が石段を上がると、確かにそこには先程の少女が立っていた。
但し服装はセーラー服から白地に桜色の水滴を幾つか垂らして暈した様な色のワンピースへと変わっている。
「あ、あの、さっきはゴメン」
境内へと上がった政成は、目線を合わせ切らず周囲を見渡しながらそう言った。
境内に他に誰がいるのか確認する為だ。
そして実際そこには老夫婦が二組、拝殿でお参りをする一組と、拝殿左脇を曲がって行く一組。それから社会人であろうか、二十代位の女の人が二人、社務所の方に向かって歩いて行くのが確認出来た。
つまり政成を知る人は、他には誰もいないという事だ。
「あははは、いいよいいよ。中学の同級生とは関わりたくない時だってあるもんね。私だって時々あるし」
そんな政成に彼女は笑いながら何も気にしていないかの様に答える。
「いや、それもそうだけど…それだけじゃないんだ」
自分達を知る人が此処にはいないと確信した政成は、今度はちゃんと相手の目を見ながらそう言うと、続けて正直に話し始めた。
「実は顔は覚えているんだけど、その、顔と名前が一致しないというか…つまり中学の同級生の女子とか、全く名前覚えてないんだ。ほら俺、なんていうかその…あの頃誰とも話して無かったっていうか…独りぼっちでいたっていうか…」
話ながら政成の声は段々と小さくなって行く。
それに対して彼女の方は腕組みをすると少し大きめな声でそれに答えた。
「それはちょっと酷いな~! つまり私の名前が分からないって事? うーん、これは由々しき問題だ。これでも私中学の時は二回告白されてて、それなりにモテると思っていたんだけど…そんな私の名前が分からないとは」
「いや、だから君に限らず誰の名前もちゃんと覚えてないんだ。だから俺は当時いじ」
「冗談だよ! 私の名前は花園なる。そんな深刻な顔して言わなくても。今のはただの冗談、あは。それに隠津君が色々あった事も分かってる。そうだ、あーちゃんって覚えてる?安納彩夏。あーちゃんて呼ばないと直ぐ怒る子で、やっぱり覚えてないかな」
「ごめん」
政成はあーちゃんの事も全く記憶に無かった。
「あ、やっぱり。で、まーそのあーちゃんがね。いつも休み時間机に顔をうつ伏せている隠津君の所に話しかけに行った事があってね。それで君、何て言ったと思う?」
「そんな事あったっけ? ごめん、本当に何も覚えてないんだ。ってかあの頃の事は普段から全部忘れようとしてたと思うし」
「ふーん、そうなんだ。でもこれは傑作なんだよ~。あーちゃんね、泣きそうな顔で帰って来て、『あいつに消えろブスって言われた~!』って凄い怒ってて」
「俺、そんな事言ったんだ…ごめん! 当時はきっともう心がささくれてて、誰彼構わず八つ当たりとかしてたんだと思う。それに俺に関わると他の人まで虐められちゃうかも知れないっても思ってたから、多分そのあーちゃんに関わらず、俺、誰にでも酷い事は言っていたと思う」
「ふーん、そっかぁ。やっぱり話してみないと分からないもんだね」
政成の言葉に花園なるはそう言うと、境内に上がった所の直ぐ脇にある白いパイプテントの方に向かって駆けて行った。
それは良く小学校の運動会などで見かけるタイプのテントで、その下にはテーブルと椅子。それからテーブルの上には給水用のタンクと紙コップが置かれていた。
なるはそこに入ると直ぐにそちらを見ていた政成においでおいでと手招きをする。
政成がかなり汗をかいていたのが気になっていたからだ。
「休むところあるんだ」
呼ばれてテントに入った政成はそう言うと、テーブルを挟んでなると向かい合う様に椅子に座った。
なるはそんな政成に「はい」と、冷たい水の入った紙コップを渡す。
「で、隠津君は何しに来たの? やっぱり参拝? 私はね、ここが好きで結構月に数回はお参りに来てるんだ。今日もね、お母さんが郡山に買い物に行くついでにここまで車に乗せて貰って来たの。ここってなんか落ち着くよねー。この辺じゃ一番好きな神社かな」
そんな事をにこやかに話すなるに、紙コップの水を一気に飲み干しながら政成の表情は決して明るくはなっていなかった。
トラウマだった筈の中学の同級生とも上手く話せている筈なのに、どうにも腑に落ちない、気持ちがすっきりしない部分がまだ政成にはあったのだ。
「俺は、この神社知ってたし前の道も何度となく通ってはいるんだけど、上まで上がったのは初めてなんだ。こんな事を言っても信じて貰えるかは分からないんだけど、なんか急にこの神社に行きたくなったんだ。多分心理学とかなんかだったら、その前に花園さんの落とした御朱印帳を見てたし、嘘をついた後悔の念もあったから、もう一度会ってちゃんと話したいって気持ちや神社ってキーワードが俺の中でウチから比較的近くて目立つこの神社に向かわせたのかななんて推測は出来るんだろうけど。でも、俺としてはもっと単純で、本当に突然、自転車をかっ飛ばして来たくなったんだよ。ここに」
政成はこの時、グラビアアイドルと股間の件は敢えて省いた。
「だからそんな暗い顔してるんだ」
「えっ?」
その言葉に政成は、言われて初めて自分が神妙な表情をしていたのかと気付く。
それに対してなるはまだにこやかなままで、ひとしきり一人でウンウンと頷くと更に口を開いた。
「そんな事難しく考える事ないのに。そういうのって結構あるんだよ。つまり隠津君は、神様に呼ばれたんだよ」
つづく