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第1話 隠津島神社 その①

こちらのお話は最初タイトルを『神様の云ふとおり』にしようと思ったのですが、調べてみたら類似のタイトルが色々なジャンルから沢山出ており、急遽変更『神様は教えてくれない』としました。(これでも類似はありましたが…もう考えるのが面倒で…)

ですので果たしてタイトル通りのお話になるのか?

とりあえず始まりです。


 七月上旬、土曜日、晴天。

 福島県。

 電車で二本松駅までやって来て、それから九時四十七分東和小学校行きのバスに乗り、四十分程揺られると、目的地である針道中央のバス停に着く。

 その頃にはもう周りは山と田んぼだらけ、見渡すと隠津政成おきつまさなりは知らない土地の知らない景色に不安を感じずにはいられなかった。

 しかし実際の所、バスを降りるとスマホを頼りにどんどん歩き出す花園(はなぞの)なるの後姿を見るにそうも思ってはいられず、直ぐに追いかける様に早足で傍まで行くと横に並んで歩き出す。

 百四十八センチ、カーキ色の膝丈の短パンと黄色の半袖のポロシャツ姿で背にはオレンジのリュックを背負った少女と、百六十センチ、紺のジーパンにサイケ柄のシャツをズボンの外にたなびかせた少年は、その後も坂道をある一つの山に向かって黙々と歩き続けた。

 山というのは頂上に向けて最短に真っ直ぐと道が続いている訳ではない。

 例え車が通れる様に舗装された道でもそれは右へ左へと蛇行する様に作られている。

 つまりどれだけ目の前にあり近そうで、簡単に手が届きそうな山でも、現実には思った以上に歩数も時間もかかるものなのだ。

 そしてこの木幡山も例外ではなかった。

 時間は午前十一時半を回ろうとしていた。

 二人が郡山駅で待ち合わせをしたのが午前九時だから、既に二時間半は経っていた。

 気温ももう三十度近くにはなっているだろう。

 遠くからも近くからもセミの声が騒がしく鳴り響く。

 二人共汗だくだった。

 だから政成もついそんな愚痴を言ったのだ。


「そもそもここってバスで来て歩いて行く様な場所じゃないんじゃない。車じゃなきゃ来れない様な場所だろ。これ」


 しかしその言葉は花園なるに届いていたとしても、彼女はまるで聞こえなかったかの様に相変わらず黙々と坂道を上がり続ける。そして先の見えない百二十度以上のカーブを曲がった時だった。彼女が口を開いたのは。


「そんな事ないよ。本当に無理でダメなら、途中大雨が降ったり道に迷ったりして辿り着けない筈でしょ。でもちゃんと着いた。やっぱり神様は呼んでくれたんだよ。ほら」


 そう言うとなるは右手人差し指を前へと突き出した。

 当然政成もその先を見ている。

 二人の前には少し広く舗装された道路の終わりとそこに駐車された数台の車。そして大きな石の鳥居とその先を上る石段が現れたのだ。また鳥居の右手前には手水舎(てみずや)

 木幡山八合目。


 そこで初めてなるは隣の政成の方を向くと、黒縁の眼鏡の奥の元々大きな瞳を更に大きく輝かせ、嬉しそうに少し大きな声で彼へと言った。


「ようこそ君と同じ名前の神社へ」


 そうなのだ、ここは木幡山全体を境内とした謂わば山全体がご神体の場所。

 隠津島神社(おきつじまじんじゃ)なのだ。


「いやいや、俺『島』付いてないから。ただの隠津だから」


 それに対して政成は正面鳥居脇の案内看板を指さすとシビアな目をして否定するかの様に言い切った。

 しかし花園なるはそんな政成の事などは目もくれず、先程発した言葉の後にはもう既に一礼を済まして鳥居をくぐり、石段を登り始めていた。


「何言ってるの、漢字三文字中二文字合ってるんだから、八割以上正解でしょ。殆ど隠津君と同じ名前の神社だよ。大当たり。喜ぶと思って言ったのに、全くそんな事だとクラスの女子とかにモテないよ」


 そしてまだ後ろ、鳥居の前に立っている政成に向かって歩きながらそう言葉を投げる。

 それを聞いて少し考えた政成は、何かに気付いたらしくちょっと頬を緩めると、今度はなるに話しかけながら軽快に石段を登り始めた。


「ところでさぁ、この前言ってた高校の統廃合の件。何か良い案は浮かんだのかい?」


 それに対してなるも先程の事は忘れたかの様に普通に口を開く。


「全然駄目。この前も言ったけど、自分の高校が無くなるって事には結構ショックで落ち込んでるの。でももう決まった事だし、それに私って仲間を集めて校門の前で中島みゆきの『世情』でも流して『高校統廃合絶対反対~!』とかするタイプではないじゃん。結局は一人で何かを訴えたり、残したり出来る事探すしかないんだけれど……」


「お前頭良いと思ってたから、まさか田村西行ってるとは思わなかったもんな」


 田村西高校とは田村市にある高校で、隣の三春町にある田村東高校と三年後には合併される事になっていた。所謂少子化が原因なのだが、こちらが廃校になるのはここ十数年定員割れが続いているという事も多分関係があったのだろう。


「良くはないよ。悪くもないと思うけど」


「滑り止めの私立、体調崩して受けれなかったんだっけ?」


「あ、知ってるんだ」


「うん、中学の時女子達が言ってるの聞こえた」


「そうなんだ…馬鹿だよねぇ。お母さん喜ばせたくて公立背伸びしちゃった。模試では入れそうな点数取れてたし…でも入れそうじゃ駄目なんだよね。やっぱり合格確実のラインまで行ってないと。結局行くとこなくて偏差値低い定員割れの西。お母さん泣かせちゃった。嬉しくてじゃないよ、悲しくて…」


 政成はなるのその話に直ぐには次の言葉が浮かばず、それまで見ていた左右に小さく揺れるお尻から視線を足元へと落とした。

 神社の石段はいつの間にか鳥居正面から見えていた最上部まで来ると今度は左へと坂道は続き、その先には少し広まった場所に東屋(あずまや)、さらに道は右へと向きを変える。

 その頃には石段もいつの間にか上り框を丸木で押さえた土の階段へと変わり、道の周りを囲む両腕を回しても届かない程の太さの大杉の群れも鬱蒼と茂り、かなり山の中へと入って来たのだと感じる様な景観へと変わって来ていた。

 だから周囲の気温もアスファルトの道路に照らされていた頃よりは相当低くなり、坂道を上っている割には二人共汗が引いている。

 そんな中続く沈黙。

 そしてポツリとなるが口を開いた。


「子供の頃テレビで見た震災のインタビューを最近良く思い出すんだよね」


「震災って東日本大震災?」


 なるの言葉にそれまで下を向いていた政成が顔を上げ、なるの後頭部の方を見ながら口を開く。

 それに対してなるは声のする方、後ろを振り返る事はなく話を続けた。


「そう、宮城県の高校生、女の子で、震災後の芸能人とかやってた炊き出しや『頑張ろう東北!』の声やボランティアの活動やテレビの取材が嫌だって言うの。それを見て子供の頃の私は凄く驚いた。当時その人の言っている事が全く理解出来なくて」


「そんな事言ったら誰も助けてくれなくなるぞ! 何考えてんだそいつ。パニクってたのか凄い地震と津波を体験したから。それにしても実際大勢の人に助けて貰ったのにそんな事テレビの前でいう事じゃない」


 話の内容に政成は思わず声を荒げた。


「そう、本当にそう。確かに私もその人何でそんな事言ったんだろうって思ってたし、高校受験まではそもそも忘れてた。でもね、受験に失敗して思ってもいない高校に入り、その上その高校が三年後には統廃合で消えちゃう。これから何かの理由で履歴書とか書く時、私は高校名がないんだなぁとか考えた時に、急にその事を思い出してね、ちょっとだけその人の言っていた事が分かった様な気がしたんだ」


 なるが何を言いたいのか、政成には皆目見当が付かなかった。

 そもそも政成には、例えどんな事があってもそんな事は人前で言ってはいけないという強い考えがあったからだ。

 彼には中学二年の一年間酷い虐めに合い、それに耐えた経験があった。

 

「あーホント、現実なんか見たくないって感じる時あるよねぇ」


 少し広い見晴らしの良い所に出たなるは、そう言うと両手の指を絡めて上にあげると、大きく背伸びをした。

 その直ぐ脇には『木幡の大スギ』と書かれた看板と大きな杉。そして少し奥に門神社(かどじんじゃ)がある。

 しかしなるはそちらは見ずに先ずはそこから東和の町の方だろうか、見下ろす様に景色を眺めた。

 そしてそれから直ぐに後ろに立っている政成の方を振り返ると、今度はちゃんと彼の顔を見ながらこう尋ねた。


「そうは思わない?」




    つづく

 









また来週!

挿絵(By みてみん)




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