鬼との別れ
拝啓、出水裁司様。
長きにわたるお勤め、お疲れ様でございました。
例の件で出水先輩が新宿署を離れられて以来、徐々に疎遠になってしまいましたが、私たちの方は相も変わらず、職務に忙殺される毎日を過ごしております。色々と考えましたが、このような機会がなければ、出水先輩と連絡を取ることもないだろうと思い、筆を執りました。先輩には、私が刑事課に配属されてから様々な事件を追う中で、多くのご指導ご鞭撻を賜りました。そこからの学びを胸に、現在も私は日々の職務に就いております。
先輩と行動を共にした事件の中でも、とりたてて印象が強いのは、やはり私が初めて出水先輩と捜査を共にした事件です。あの事件で逮捕された荒木透也のことは、覚えておいででしょうか。実は先日、彼の実家から新たに手記が――と呼ぶのが適切か判然としないのですが――見つかったのです。既に署から離れられたとはいえ、当時事件に第一線で関わっておられ、手記にも先輩に対する記述が多くありましたので、目を通していただきたいと思い、こうしてお知らせすることといたしました。
あの事件は日本の犯罪史上でも類を見ない奇妙な密室殺人事件ということも勿論のこと、多くの人間の運命が手玉に取られたこともあって、私の心にも楔のように刺さって抜けません。
今から二十五年前、一九九九年も終わりの、心地よい寒さの夜のことでした。あの日のことは、今でも昨日のことのように思い出せます。