結婚式の準備で忙しいのに、突然元婚約者の王子がやってきました。いったい今さらなんの用です?
お目にとまって嬉しいです。
拙いですがどうぞよろしくお願いします。
(誤字報告ありがとうございます!修正しました)
「ですから。私は明日、結婚するのですよ?明日ですよ明日!私も彼も本当に楽しみにしていますし、色々と忙しいのです。そんな時に、いったい何の用です?」
「お前は相変わらず、冷たい女だな。私が困っているのに少しは王族を敬いたまえ」
「私があなたを敬う日は永遠に来ませんので。なぜ攫われて来て敬わねばならないのです?」
「攫うなどと人聞きの悪い」
「承諾もなく拉致された上に帰れないだなんて、まごう事なき人攫いでれっきとした犯罪です」
「だ、だが、聖女として召喚されるのは大変な名誉だと何度も言い聞かせただろう!まだわからんのか」
「こんなのは名誉でもなんでもないと何度も言いましたよね?わかっていないのはあなたです」
「不遜な女だな!未だ聖女の称号を不当に保持しているのでなければ不敬罪で処刑してやれるのに」
「そんな称号いらないと言っているでしょう?で?三年も前に顔も見たくないと追放した私に、いったいなんの用です?」
「……現在私は問題を抱えている。知っているだろう」
「知るわけないでしょう。あなたのことなんて一瞬たりとも考えたくないのですから」
「……その知っていて当然の問題を解決するには、お前の考えを聞かなければならないのだ」
「私の考え?何についてのです?」
「お前が召喚されたことについてだ。お前はその名誉を頑なに拒絶し続ける。何故だ」
「今さらですか?拉致されて五年も経ってるのに、尋ねるのが遅すぎません?」
「私だってこんな問題が持ち上がらなければ尋ねるつもりはなかった。お前は呼び出しにも応じないし面会も拒否ばかり。突然やって来ざるを得ないのにはお前にも責はある。私だってこんな辺境まで足を運んでおいて何も得ないで帰るわけにはいかないのだ」
「知ったことじゃありませんが、居座られても困ります。仕方ありませんね……。私も明日、気持ちよく結婚したいので、今回に限り情けをかけましょう。ですから話を聞き終わったら、速やかにお帰りください。それでよければお話ししますが?」
「不愉快さが増しているな、お前は。お前と結婚しようという奇特な人物はどこのどいつだ?」
「さっきから後ろであなたを睨んでますよ、言っておきますが彼は当代きっての剣士ですので、私や彼に危害を加えたりしたらそれなりの覚悟はしておいてくださいね?」
「私とてこの場所に長く留まるのは不本意だ。さっさと話してもらおうか」
「それが人にものを頼む態度ですか?大体、聖女の称号に全く価値を見出せないことのどこがそんなに不思議なんです?まあ、確かにさっさと帰ってほしいので、あなたにですらわかるような例え話をしましょうか。
例えば、そうですねぇ……。あなたが突然、知らない男たちに捕まって船に放り込まれ、海の向こうの見たことも聞いたこともない国に連れてこられ、そこで、そうだなあ、毎日、大きな石を運ぶ仕事をさせられたって想像してみてください」
「馬鹿馬鹿しい!何故そんなことをしなければならん」
「その通り!しかもですよ、その国の奴らは、拉致しておいて、『王子だっていうから強いんだろうと思って聖石運びに選んでやったのに、とんだヘナチョコだ』とか『子供でも運べるような石なのに、ありえない』などと馬鹿にするって考えてください」
「いやだから、馬鹿馬鹿しいというのは、そんな想像をするのが馬鹿馬鹿しいということで……」
「毎日毎日、『こんなのも運べないなんて、情けない』とか、『この石に触れられるのは大変名誉なことなのに、何が不満なんだ』とか言われるのです。その上、その国の姫とかいうのと一方的に婚約させられた上に、その姫ときたら『わたくし、あんな筋肉のかけらもない、へっぴり腰のヘナチョコなんてイヤですわ、顔も見たくありません、どこかへ捨ててきてくださいませ』とか言いやがるのです!」
「……」
「『聖石運びは百年に一度の名誉なことなのですからもっと感謝の気持ちを持つべきですわ、冷たくて強情な男ですこと!』などと言われ続けてごらんなさい!わかります?わかりますよねさすがに!」
「……お前、いや君は……」
「さらにいうなら、城で暮らしている間ですら食事は一日一回の上に激マズ、お風呂はたまにしか入れず、トイレは強烈に臭くて不潔、極寒で猛暑、虫は出るし獣は出るし不審者は出るし!」
「……いやその……。ナンだな……」
「どこかに捨ててこいと言われて本当に追い出され、さらに想像を絶する辛酸を嘗めることになるのです。そんな状態で感謝と敬いの心を持て?ハンッ!」
「想像を絶する……。そうか……」
「そうです!あなたの激しい思い込みと他人の心や立場を推し量れない想像力の無さのせいで、わたしは人生をメチャメチャにされました。必死で這い上がってようやく明日、結婚するのです。少しはわかりました?」
「……激しい思い込み……」
「わたしはあちらで、普通のあたたかい家庭で育ったんです。頑張って合格した憧れの高校に入学を楽しみにしていたんです。わたしがどれだけ泣き暮らしたかわかります?それに、わたしの家族が今でもどれだけ心配して悲しんでいるだろうと考えると……」
「な、泣くな、そっちの男も、剣を抜くんじゃない、どんな理由があれ、王族を傷つけたとあればさすがに明日結婚式は挙げられなくなるぞ!わ、わかったから、わかったから!その……。なんだ。悪かったな……」
「グスッ、あなたは悪かったどころか極悪人です!自覚のない極悪人が自覚のある極悪人になっただけです!そんな軽い言葉で許せるはずがありません」
「軽くはない、王族が謝罪しているのだぞ!本来ならばあってはならないことで……」
「わたしにとっては羽より軽いです。それに、たとえどれほど真摯に謝罪されたとしても、わたしがどれだけ努力したとしても、許す気持ちになるとは思えません。そんな努力をするつもりもさらさらありませんしね」
「しかしそれでは……。私の問題は解決しない……」
「心底どうでもいいですが、あなたは単に話を聞いてこいと言われただけでしょう?許してもらう必要はないんですから、目的は達成したはずです。というわけで、お帰りはあちらです」
「いやしかしだな、そもそもわたしの王位継承が保留され続けているのだって、お前、いやその、君が王家と和解しないからであって……」
「まだ叙任されてなかったんだ、カケラも興味ないけど。わたしが王家と和解なんて無理だし、あなたが後継に指名されないのはそれだけが理由じゃなさそうですから、他の方法を考えてください」
「その、他の方法というのがまた難しくてだな」
「わたしには関係なさそうですのでお帰りはあちらですってば」
「関係なくはない。王位継承者になりたいのなら貴族の令嬢の中から婚約者を作れと言われている」
「婚約者?『真実の愛』はどうしたんです?」
「……あいつは後継叙任が保留された途端に逃げた。あいつだけじゃない、令嬢たちも皆、一斉に距離を取りだした。あんなに愛想を振り撒いていたのに浅ましい。わたしと弟を天秤にかけているのだろう」
「浅ましくなんかありません、当然ではないですか。あなたは思い込みの激しい思いやりのない男なんですよ、結婚相手としての良い点なんて、王太子になることくらいじゃないですか。どうせあなたのことだから、自分に婚約者ができないのは令嬢方やその親が浅ましいからとか考えてたんでしょう?」
「そ、それはだな、……その。だってそうだろう」
「あのですねぇ。この国の貴族の女性たちは、働くことを許されていないんですよ?自分で身を立てることができないんです。ですから、自分の将来のため、家族のため、未来の子供たちのためには、できるだけ条件のいい男性と結婚するしかないんです」
「ムゥ……」
「彼女たちやその親は『王太子との結婚』を望んでいたのです。そうでなければあなたのような男に群がるわけがないでしょう?逆に言えば、王太子でなくてもあなたがいいと望む家はひとつもないということです」
「ウグッ……」
「彼女たちと接していた時は気の毒に思ったものでした。美しさばかりを求められ、どれだけ賢くて知識豊富で語学に堪能で政治に明るかったとしても、それを生かすも殺すも結婚相手次第。だから誰と結婚するのかは彼女たちにとって家や領民をも巻き込む死活問題なんです。必死になるのも当然でしょう?愛だの恋だの言ってる場合じゃないです。それを浅ましいですか?相変わらず人の立場や気持ちを推し量れないんですね」
「わ、私は……」
「なんです?帰り道がわからなくなったんですか?」
「あの時、彼女を一目見た時から、心が沸き立つ思いがしたし、側にいたい、彼女が欲しいと強く願った」
「……なんとまあ。意外に惚れっぽいんですね。人の心なんて持ってないのかと思ってました」
「彼女も私と同じ思いを返してくれているものだと……。これこそが『真実の愛』だと、そう思って……」
「……はたから見てもあの子はあからさまに身分狙いでしたよ、それで逃げられた挙句に女は浅ましい、とか、精神面が未熟すぎません?」
「み、未熟かもしれん、が、私は思うんだ……」
「まだなにかあるんですか……」
「あ、あんな風にまた、誰かを思ってみたいし、できることなら今度こそ、同じ思いを返してもらいたいと……」
「……は?」
「け、結婚するなら、そういう人としたいと思って……」
「……」
「しかし、私の立場ではなかなか難しいし、一体どうしたらいいのだろうか」
「知るか」
「王太子になるには婚約者を作らねばならないし、焦るばかりで……」
「ハア、めんどくさい人ですね。それがあなたの問題とやらですか。想像以上にどうでもよくて脱力感がハンパないです。そもそも何故、あなたは王太子になりたいのです?まさかモテたいからとかじゃないですよね、さすがに」
「何故って、それが当たり前だし子供の頃からそのために努力してきたんだし……」
「また激しく思い込んでませんか?別にあなたがどうしても王太子にならなくても構わないんですよ?現に貴族たちは弟さんとあなたを天秤にかけているんでしょ?」
「そ、そうだな」
「後継者を辞退すれば、身分ではなくあなた自身を見てくれる女性が現れるかもしれませんよ?いいですか、よくよく考えてください。何故、王太子になりたいのか。周りから望まれるから、当然だからではなく、自分自身がどうしたいか」
「あ、ああ……」
「今後王太子になれば、王位にもつくことになるわけで、それは思い込みだけで務まるような地位ではないでしょう?不本意な政略結婚かもしれないし、そういう相手とも良好な関係を築かなければならないし、新しい『真実の愛』を諦めなければならないかもしれないし、他にも思い通りにはならないことがいっぱいでしょう?」
「うん……」
「それでも王太子になりたい理由は何かということです。弟さんにそれが務まるかどうかという問題を含めて、とっくの昔に解決しているべきことです。婚約者がどうこう言う以前の問題です。いいですね、よくよく考えてください」
「うん……」
「解決の糸口は示しましたね。もういいでしょう?帰ってください」
「ああ……。あ、ありがとう。その、君は正しく聖女だったのだな。なにかが氷解した気分だ。また、会いにきても……、いやその、相談に乗ってもらえるだろうか」
「殿下」
「君が私を殿下と呼ぶのは初めてだな!なんだろう、聖女殿」
「王家の皆様に伝えてください」
「なにをかな?君が望むなら、必ず伝えよう」
「わたしは今後とも王家と和解するつもりも、幸せの祈りを捧げるつもりもありませんと」
「えっ……」
「わたしを拉致した国の民や、ましてや首謀者の王家の幸せなど願えるわけがないでしょう。自分たちの幸せくらい自分たちでなんとかしてください。超常的な力に頼って異世界から年端もいかない少女を拉致してくるなんて言語道断です」
「いやしかし、私は、君と、君を、その……」
「わたしは王家に恨みを持っていますしそれは今後も決して変わりません。それでも、誰かを恨み続けるのは労力が要ります。それなのに到底許すこともできそうにもないので、平穏に暮らしていくには王家と一切の関わりを持ちたくない。わかります?」
「……」
「わたしは約束を守ってこの国に留まってなにも願わずにいるのに、そちらが不干渉の誓いを破るならうっかり王様やお妃様の不幸を願ってしまうかもしれませんよ?」
「……なんだと?」
「むしろこんなに恨みを持っているのに不幸を願わないわたしの努力に感謝してほしいくらいです。今後ともわたしに努力してほしいなら、せめて不干渉の誓いを守ってもらいたいものですね。あなたがここにいる時点で大きな失点です。帰って王家に伝えてください。聖女は辺境の地で結婚したのでこの国には留まるだろうが、これ以上の失点は決して許さないとね。王家のことを考えるのも嫌なので、幸福も不幸も祈らない。だから王家の幸福も、民の幸福も、自分たちでなんとかしなさい、そして二度と異世界から拉致をしないようにとね」
「ふう……!やっと帰ったわ。塩を持ってきて、その辺に撒いておいてくれないかしら。わたしが育ったところでは、そうやって悪いモノを清めるの。ああ、ありがとう。あの顔、見た?ちょっとだけスッキリしたわ。
いいの、ずいぶんな憎まれ口だったけど、ああでも言っておかないと、いつまでも干渉され続けるわ。本当はわたしには祈りの力なんてないんだから、祈りを捧げて偶然いいことがあったりすれば搾取されるし、なかったらニセモノ扱いで処刑よ。「聖女がなにも祈らないことが一番王家のためになる」と思わせないとね。召喚が繰り返されないためにもね。
あなたもごめんなさいね、明日結婚するフリなんかさせて。わたし?わたしは、あなたがわたしのために剣を抜いてまで怒ってくれた時、嬉しかったのよ。でも、迷惑かけちゃったし、お料理も無駄になっちゃうわね。どう?このままホントに結婚しちゃう?なーんて……。ふふふ。
わかってないってなにが?わからせるってなにを?えっ?なにしてるの?えっ?えっ?どこ連れてくの?あなたの私室!?な、なんで!?味見ってなに!?みんな笑ってないで彼を止めてぇ!いやん、きゃああああ〜〜」
次の日の結婚式は盛大だったそうです。そして皆幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。
end
ありがとうございました!暇つぶしになれば幸いです。