043 魔剣に妖刀、実際のところはどうなの?
アーサー王のエクスカリバーを筆頭に、ファンタジー作品にはよく聖剣が登場する。選ばれし勇者に力を与え、邪悪なるものを討ち果たす武器である。
その一方で、対極に位置する武器も……すなわち呪われた剣、魔剣だ。強大な攻撃力と引き換えに命を削ったり、使い手を逆に操って狂気に駆り立てたりするものが多い。
だが、その全てが剣そのものにかけられている呪いの類なのか? おそらくは否。実際のところ、魔剣妖刀の伝説は事実の歪曲や暗喩も少なくないと思われる。
わが国に有名な妖刀の伝説がある。徳川家に仇なす呪われた刀と言われた村正だ。
なんでも、家康の祖父が村正で殺され、本人も負傷したことがあるらしい。嘘かホントか知らないが、家康が亡くなる前に食べた天ぷらも、村正の包丁で調理されたとかなんとか……。
実際には、村正は魔剣でも妖刀でもなんでもない。なんなら家康自身も村正は所持していたし、私の記憶違いでなければ本多忠勝の槍も村正だったような気がする。
村正は伊勢の国、現在の三重県を本拠地とする刀鍛冶の流派。そして当時の徳川家の本拠地は三河地方、今の愛知県。
物流の未発達な時代である。なんのことはない、地元のメーカーの製品だから入手し易く、敵も味方も村正を持っていただけなのだ。
ただ、関ヶ原の戦で浪人となり徳川を恨む者は、家康の祖父殺害にあやかって村正を好んで用いたという。妖刀の伝説はこれが歪曲して伝わったのであろう。
別のパターンも考えられる。私の想像にすぎないが、おそらくはこちらの方がはるかに多いはずだ。
幼児的万能感という言葉をご存じだろうか。ここでは犯罪心理学の用語で、気の小さい人物が武器を持ったとたんに狂暴性を増し、かつ傍若無人に振舞う心理と思っていただきたい。
武器の力を自分の力と勘違いしているわけだ。かくいう私も、短編集に魔法の剣を手に入れてから傲慢になり、最後には破滅した剣士を登場させた。
北海道の伝説に人喰刀という武器が登場する。意思を持った刀で、普段は箱の中でおとなしくしているが、ひとたび盗賊が襲撃してくるや流星のごとく空を飛び、斬って斬って斬りまくる恐ろしいやつだ。
初めは村の守護神と崇められていたが、人喰刀を恐れて誰も襲ってこなくなると、「このままでは体が鈍る。人を斬りたい」とイライラして暴れだし、しだいに厄介者扱いされてゆく。そして最後は底無し沼に捨てられてしまった。自業自得と見るか、狡兎死してと見るかは意見が分かれるだろうか……
これなど、村の用心棒的な人物が次第にイキり出すか欲求不満になり、結局はお払い箱にされた、なんて話が伝説化したのかもしれない。
重ねていうが、剣そのものが呪われているなんてのはファンタジー世界ですら実際にはごく一部だろう。
剣という武器を、力を持つことで、その人物がもともと持っていた狂暴性が露見するのだ。このエッセイでもしつこく挙げてきた「隣り合わせの灰と青春」でも、主人公スカルダがムラマサブレードに宿っていたナックラーヴの思念に、そんなことを言っていたっけ。
剣は道具である。美味しい料理を作る包丁が陰惨な事件の凶器となるように、使う者次第で世界を守る聖剣にも、殺戮をまき散らしたり持ち主を破滅させたりする魔剣にもなるのだ。
ファンタジーではないが同じテーマを描いた作品も多い。良いも悪いもリモコン次第の鉄人28号、神にも悪魔にもなれるマジンガーZ、機械そのものに善悪はないとウォーズマンを諭したオニキスマン……。
いつの世も、悪いのは武器ではなくて人である。創作の世界だけでなく現実においても、道具は使いこなすものであって、振り回されないように注意したいものだ。
【参考資料】
北海道の伝説(北海道郷土教育研究会・編)




