038 弓使いたちの扱いについて
基本的に中世ヨーロッパをモチーフとしているファンタジー小説やRPGだが、リアルとは事情が違うこともある。そのひとつが弓の扱いではないだろうか。
わが国では侍は「弓取り」とも呼ばれ、弓術は心身を鍛えるため、武士の必修技能だった。鉄砲が普及しようが、戦国時代が終わろうがだ。
むしろ京都の三十三間堂で行われる「通し矢」で諸藩が天下一を争い、熱狂的な注目が集まったため、その傾向は泰平の世になってから、さらに強まったとさえいえる。実際、星野勘左衛門や和佐大八郎といった伝説の射手たちは、今日においても弓道選手の憧れなのだ。
しかし、中世ヨーロッパの軍隊では、弓兵はその戦術的な重要性に反して扱いが低かったという。理由はいくつかあろうが、ぶっちゃけ「弓の価値を素直に認めちゃったら騎士の立場がなくなるから」でだいたい合ってるだろう。
当たり前だが飛び道具はチャンバラより強い。でも騎士は騎乗している時は槍、馬から降りれば剣と盾で戦う。狩はともかく戦では弓は使わない。
では誰が矢を射るのか? 騎士より身分の低い兵士である。そして当時の農民は、戦に備えて弓の訓練が義務づけられていたという。つまり騎士をやっつける弓兵の中には、農村から駆り出された者も当然いたはずで……
なんのことはない、支配階級たる騎士のほうが偉くないとマズいのだ。古今東西、ルールというものは常に権力者の都合で作られている。
まあ、「剣で戦うのは勇気の証! だから俺たち騎士スゲー!」というのは分からなくもない。が、自分たちだって狩のときには弓使うのに、戦でボコられたら「飛び道具なんてずるい! お前ら卑怯! 弓は一人で戦う力も、先陣を切る勇気もない臆病者の武器だ! だからお前ら俺らより下!」ってのは、なんとも勝手な話である。夜というのに派手なレコードかけて、朝までワンマンショーでふざけたいくらいに。
ところが、ファンタジー世界の弓使いたちは正当に評価されている。その代表格が「ファイアーエムブレム」のジョルジュだろう。彼は大陸一の射手と呼ばれ、国宝の弓を持つことを許され、精鋭部隊を率いる。まさにアカネイア軍の中核を担う一人だった。
なぜゆえこの違いが生まれているのか。ズバリ、モンスターがいるからだと思う。
飛び道具の最大の利点は安全圏から攻撃できることだ。そして人間だけが相手だったリアル中世と違い、ファンタジー世界には騎士といえども近づくのが危険なモンスターがいる。そんな魔物には、彼らも綺麗事を捨てて飛び道具に頼らざるを得ないのだ。
ドラゴン相手なら、勇者でもない限り一対一のチャンバラは無理。といって集団で矢の雨を降らせるのを卑怯としてしまえば、自分たちもチキンになってしまう。なので、彼らも素直に弓の戦術的価値を評価しているのだろう。
異種族の影響もありうる。弓の名手として知られるエルフだ。多くの作品において高度な文明を持ち、人間と友好関係にあり、また容姿端麗とされる彼らが好むことで、弓の好感度アップになっているのかもしれない。
ところで常々不思議に思っているのだが、なぜ漫画やアニメだと弓は美少女キャラの定番武器なのだろう。確かにギリシャ神話でもアルテミスやアタランテなど弓使いの女性はいるが、本来はヘラクレスのような怪力巨漢の武器じゃないの?
魔法により、少女の力でも強い弓勢で矢を放てるなら、安全圏に位置するのは女性優先、野郎は捨て駒で盾代わりということだろうか……。
男は誰でも不幸なサムライ、花園で眠れぬこともあるのね。せめてヒロインの目に、やせ我慢が粋に見えてほしいものである。
通し矢
京都の三十三間堂の廊下で、丸一日の間に何本の矢を射通せるかを競うもの。ここで天下一となることは、本人はもちろん藩にとっても非常な名誉となる。泰平の世で武威を示す数少ない機会であり、また個人戦なら動員兵力の少ない小さな藩でも頂点を狙えるとあって、各藩による熾烈な競争が繰り広げられた。庶民も新記録に熱狂したという。
星野勘左衛門
8000本ジャストの記録を打ち立て、弓術天下一の名声を得た武士。人格的にも高潔であり、後述する和佐が負傷した際、己の記録を破られることを承知で治療を施し、新記録達成を手助けしたという逸話がある。
和佐大八郎
前述の星野の助力を得て8133本を通し、歴代最多記録の偉業をなしとげた人物。その名のとおり巨漢だったらしい。晩年は身内の不祥事のため自宅謹慎を命ぜられ失意のうちに没したが、今日においても英雄と称えられている。




