021 神話が星座になったり、天文が伝説になったり
昼間はもちろん、夜でも上を向いている人はほとんどいない。涙がこぼれても構わないのか、スマホの画面に釘づけなのか。あるいは大気汚染と町の明かりで星が見えないので、空を見上げることを忘れてしまったのか……さて、今回の話題は星の伝説だ。ファンタジー世界にだって星くらいあるものね。
真っ先に思いつくのは占いだろう。知ってのとおり、十二星座をはじめとした多くの星座の元ネタはギリシャ神話だ。機械時計のない古代、時刻や方角を知るために天文の知識は欠かせないものだったが、目印がないと分かりにくい。そこで人は神話を星の並びに当てはめ今日に至る。この辺の事情は剣と魔法の世界もそう変わるまい。
史実が天文に関する伝説になった例もよくある。例えば中国には張騫という武将が天の川の源を探して天を旅したという言い伝えがあるが、これは紀元前一三四年七月、蠍座に現れた新星に関連しているという。
彼は紀元前一三九年に武帝から命ぜられて中央アジアの調査に向かったが、異民族に捕らえられたのち、紆余曲折を経て前一二六年に帰還している。この出来事が伝説化したものであろうか? なおこの新星は同時代のギリシャの天文学者ヒッパルコスも見ていたし、のちにローマの学者プリニウスも書物に残したという。
わが国も負けてはいない。一八七七年八月から九月にかけての火星大接近が、たまたま西郷隆盛の死亡時期とほぼ重なったため、明るく見える火星が「西郷さんが再起を計るために天に昇って星になったのだ、あれは西郷星だ」と騒がれ、動揺を鎮めるための説明文が新聞に掲載されたことがある。
ユニークな伝説がアフリカに伝わっているので見てみよう。なんと神様は毎日弓矢で星を射落として食べるのだ。そのうち空が真っ暗にならないかと心配になる。ちなみに、香りはお肉に、味は蜂蜜に似ているとのこと。
ある男が自分も星を食べようと、上手いこと言って神様から弓を借りるが、弓から電撃が迸って死ぬ。人の身で神の食べ物を欲した罰だろう。なんとなくバベルの塔に似てて面白い。
(張騫、西郷隆盛、星を食べる神様の話はいずれも草下英明著・現代教養文庫「星の神話伝説集」より)
これなど小説の設定に応用できそうだ。まず、星というのを空を飛び、かつ発光したり光沢があったりする生き物に変更。そいつは蜂の巣を常食としており(飛行にはエネルギーを使うので蜂蜜で補充している)肉は甘い、もしくは貯蔵袋に蜜が詰まっている。
それを射落とせる弓の名手だけが食べることを許されるとか、その獲物に何かしら特別な価値がある、例えば意中の女性に贈るのがプロポーズになるとか、部族一の戦士だけが神殿に入れるとか。
で、主人公(クラス転移ものなら弓道部のヒロインでもいい)がその部族の戦士と、ヒロインや神殿で行われる試練の挑戦権を賭けて弓対決……なんてエピソードを作れるかもしれない。
文字数の都合で紹介しきれないが、星にまつわる伝説はネタの宝庫だ。もともと神話の類は史実が脚色された伝承ともいわれるので、主人公の活躍がいつか伝説となるであろうファンタジーと相性がいいのは当然かもしれない。作者の皆さんも読み専のあなたも、たまにはスマホの電源を切って夜空を見上げ、星の位置を頼りに地の果てを目指した古の旅人たちに想いを馳せてみてはいかがだろうか。
もちろん危険のないよう立ち止まってから。上を向いて歩くのは歌だけでいいのである。




