019 なろうヒロインは主人公に惚れるのが早すぎ?
今回取りあげる資料は古い本なので、最新の研究と異なる可能性があります。ご了承ください。
いわゆる「なろう系」の話題でよく出てくるのが、「ヒロインが主人公にすぐ惚れて都合よすぎ」という意見だ。
タイパを求める現代人の需要という側面もあるが、作中の理由をこじつけられないこともない。物語の舞台は平和な現代日本ではないのだ。そして人は環境で変わる。
大抵のファンタジー小説の舞台はモンスターが跋扈し、いつ死ぬか分からない殺伐たる世界だ。何年もかけて悠長に愛を育む余裕があるかどうか。種の保存、露骨に言えば子作りの本能から言っても、少なくとも現代人よりはパートナーを見つけてからの行動が早くても不思議はなかろう。
それに、女性の積極性ならリアルも負けてはいない。もとより女性は男性より色恋沙汰に関心が強い(嘘だと思うなら漫画雑誌を読んでみるといい。少年漫画はバトルやスポーツが人気でラブコメは一誌にひとつかふたつ。でも少女漫画はほとんどが恋愛ものだ)が、私が資料としている本に、いわゆる肉食系女子のお姫様の話があったので取りあげてみたい。
その本によると、王女や貴族令嬢の務めのひとつが、逗留した騎士の歓待だったという。宴に同席するくらいなら分かるのだが、ベッドメイクに鎧の着替えの手伝い、驚くなかれマッサージまでやったとか。お姫様がだ! で、そのお姫様であるカール大帝の娘アミは、アミール伯なる人物に一目惚れしていう。
「殿、あなたほどに愛しい方はありませぬ。いつかあなたのベッドによんでくださりませ。わらわの身体はみなあなたの思うままでござります」
初対面の女にこんなこと言われたらドン引きである。伯は丁重に辞退するが、ここで諦めるアミちゃんではない。なんと彼の寝室へ夜這いをかけるのだ。
「こんな頼もしい殿御をみて、ベッドにすべりこもうとせぬ女子があろうか。あの人の黒貂のような皮膚の下にすべりこんでやりましょう。人がどういおうと、父御が毎日わたしを撲とうとかまいはしない。」
(いずれも堀米庸三・木村尚三郎共著・中公文庫「世界の歴史3・中世ヨーロッパ」より。なお該当部分の執筆は堀米氏)
呼ばぬなら自分から行けホトトギス。もう肉食通り越してヒャッハー系女子だ。この娘に比べたらほとんどのヒロインは奥手な部類だろう。少なくとも私は、自分から主人公のベッドにルパンダイブしたヒロインを知らない。
ちなみに伯はそのまま寝てしまい、あわれ夜這いは未遂に終わる。負けるなアミちゃん、戦えアミちゃん! イケメン騎士さまとイチャイチャするバラ色の(ピンク色か?)未来をゲットするために!
先に述べたように、積極性は種の保存本能と無縁ではない。そして死が身近だったという意味ではリアルの中世も似たり寄ったりだ。戦乱、暗殺、疫病、飢饉……魔物こそいないが人間はもっと危険だし、治癒魔法もないので、ことによってはファンタジー世界より死亡率は高い。
王侯貴族であれ平民であれ、彼らの最も身近な隣人は常に死神だった。明日がくるか分からないという本能的な恐怖が、こんな行動となって現れたのだろうか。
なのでファンタジー小説を書いておられる皆様は、心置きなく登場したとたんにヒロインをデレさせていいのだ。ていうか早く主人公とのイチャイチャを見せてください。




