悪女は女神にもなる
馬車で連れて行かれた場所は、皇太子がいる所、つまりお城! 固定資産税が半端ないだろうと頭ではそろばんを弾いていた。
「イエニス嬢、しばらく不便とは思うが、私の居住区の離れを提供するので、そこで体を休めてくれ」
「滅相もありません。
私、仕事もありますし、街の宿を借りた方が本当の意味で体も休まりますわ」
前世の記憶がある以上、こんなお堅い所で一日たりとも過ごす自信が無かった。
だって、前世は庶民ですもの。
「ふむ、仕事があったな」
「ガイウス、ヒバリが丘亭に行ってイリスが体調不良で休む事と、その間店を休業させその間の補償をすると伝えろ」
え? 店まで休業させるって、どう言う事かしら。
「畏まりました。
殿下の命では無く、商業ギルドの飲食部門から通達させましょう。
此度の食中毒騒動がある事で、飲食店への営業を控えるようにと」
女将さん達が怖いのは稼ぎや補償じゃなくて、お客が離れてしまう事よ!
「お待ちください。
それは余りにも身勝手ではございません事?
商売は信用で出来ているのです。
長期の休みになれば、その店で何か不都合なことが起きたと人は想像します。
そうなれば、不都合な店に行くより、このような状況でも開店している店に行くのがお客の心理ですわ」
やはり、皇太子殿下はボンボンですわね。
「もうちょっと自分の命を大事にした方が良いぞ、イエニス嬢。
この騒動で確実に狙って来る。
店がどうのと言ってる場合では無いだろう」
「はい? 何故私の話になるのでしょう?
正直、侯爵家等、どうでも良いのですが、あの偽家族に財産を取られるのが癪に障るだけですわ。
この先、ゆっくり生きて楽しい事をたくさん出来れば、爵位んなんてお返ししますのに。
それにお店は私の物ではなく、女将さん達が頑張って築き上げたいわばお城と同じでございます。
それを簡単に休業しろなどと、傲慢ではございませんが」
本心よ。
不敬だと言われ様とも、この程度で私が処刑されるのであれば、この先生きて行くのも難しいでしょうし。
たくさんの夢も見ませんわ。
贅沢もしたくありませんわ。
でも、ちゃんと安心して眠れる場所が欲しいんですの。
その為にはこの世界に個人事業主としての私を確立する、それが目標ですのよ。
「それは難しいな。
イエニス嬢は本日をもって私の婚約者に内定した。
義妹の聖女ではなく、侯爵家の嫡子であるイエニス嬢にな」
「はぁ?!」
「うん、その方がイリスらしくていいな。
私はそっちの方が好きだ」
「コホン、殿下、嫡子とは言え、これだけ悪評がたった私では、婚約者にはいささか問題があり過ぎるかと思いますが」
皇太子殿下は楽しそうに声を上げて笑うと、私が悪女だと義妹を名指しすれば悪女なのだと。
「えぇ? まぁ実際悪女ですわ。
ですが、そう簡単に民衆が納得するはずございません」
「ヒバリが丘亭のイリスは、飲食店業界の女神と言われている。
聖女より女神の方が格上であろう?」
そりゃ、ちょっと改革はしましたけど、それって自営をするための足掛かりで、女神とか言われるようなものじゃなくてよ。
「この国の識字率が低い事も、それを勉強させる意欲の元となるあのメニュー表に伝票の仕組み、分かるか?
あれらを理解出来れば、自分たちでも商売が出来ると思わせたのだ。
しかも、難しく考える必要のない形で。
単語と絵を組み合わせたあのメニューがそうさせたんだ。
立派な女神の恩恵であろう」
そう仕立ててしまおうとしてるくせに。
いつの間にか皇太子殿下のペースになっていましたわ。
さすが一国の王になる方ですわね。
カリスマ性がありますし、ねずみ講をやらせたら、あっという間に稼いでしまいそうですわ。
「だから、その仕組みの提案をイリス=イエニス嬢と言う事を暴露してしまうのさ。
既に貴族の間でも話題になっているからな」
こうやって悪女だの、聖女だのが出来上がっていくのね。




