元悪役令嬢と年下王子 1
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とりあえず、屋敷に戻ってきた私を見知った顔が出迎える。
「お帰りなさいませ。若奥様」
「セバスチャン……」
そこには、リーフ辺境伯の乳兄弟であり、長年辺境伯家の執事として仕えてきたセバスチャンがいた。
「えっと、どうしてここに?」
「若奥様をお助けするというのが、旦那様との最期の約束です。ああ、もう若奥様とお呼びするのは違うような気がいたしますね。フィアーナ様とお呼びいたしましょうか」
「旦那様が……?」
危うく私の涙腺は崩壊しかけた。
リーフ辺境伯には、私の境遇を全て話している。
王都に戻ってくれば、実家があるといっても、関わればたぶんもう一度結婚しろと言われるだろう。
それに、記憶を取り戻した時から、二つ分の記憶がある私にとって、疎遠だった公爵家の父や兄よりもリーフ辺境伯こそが、本当の家族に思えた。
「ささ、バスタブの用意が出来ておりますよ? 食事も、買ったものばかりで済まされていたでしょう」
「……セバスチャン!!」
実は、公爵家令嬢だった私は、生活力が皆無なのだ。前世の記憶はあるけれど、残念ながら家事は得意ではなかった。
得意ではなかった……。
いいえ、ごめんなさい。苦手でした。
温かいお風呂につかって、それほど大きくない食堂のテーブルに座る。
「あの。晩ご飯はもう食べたのですか?」
「……? フィアーナ様より先に食べるはずがございません」
そこで、ふと今までであればかけたことのない言葉をセバスチャンにかけてみる。
「一緒に食べてくれませんか?」
「フィアーナ様、それは」
これは、もう一押しという直感。
なんとしてもここは、一緒にご飯を食べてくれる相手を手に入れたい。
「寂しいのですが、ダメですか?」
「っ!? 滅相もございません!」
「わぁ。嬉しいわ!」
その言葉を告げると、セバスチャンはなぜか困惑した表情になった。
「私は弁えておりますが、他の殿方にそんな態度をとることはお勧めしかねます」
「え? セバスチャンだけだわ」
「……そういうところなのですが。これが、フィアーナ様の美徳なのでしょうか」
そんなことを言いながらも、セバスチャンは初めて私の斜め向かいに座った。
私は、テーブルの下でガッツポーズをとる。
(一人の食事は味気ないもの。この世界に一人、取り残された気分になってしまうから)
そんなことを思ったときに浮かんだのは、レザール様の笑顔だった。
なぜか、この世界に一人ではない。そんな風に思えて……。
「レザールきゅん……。ふぁ!? おいし!!」
小さくつぶやいた言葉は、口に放り込んだ極上のテリーヌにかき消された。
やはり、万能執事は乙女ゲームのみならず、世界の正義なのだった。
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