【コミカライズ発売記念SS】北の大地と幸せな毎日
結婚式から1カ月後、私はウィールリーフ公爵領に足を踏み入れた。
どこまでも広がる広大な大地。
そして羊らしき動物……。
但しその毛並みは、異世界らしく色鮮やかだ。
「すごいわっ!!」
走り出した私のあとから、レザール様がついてくる。
振り返ると、のんびりと歩いてくるその姿は大人びていた。
「フィアーナ様、そんなに走ると」
「……ぎゃっ!」
口から出たのは色気の欠片もない悲鳴だった。
子どもの悪戯だろうか。足元の草が結ばれて、走っていた私は足を引っかけてしまったのだ。
――けれど、衝撃はいつまで経っても訪れなかった。
ふわり……と支えられて顔を上げると、そこには苦笑を浮かべたレザール様がいた。
「レザールきゅんが格好いい」
「……はは、ありがとうございます」
乙女ゲームの年下ヒーロー枠のレザール・ウェールディア様は末の王子。
けれどなぜか、悪役令嬢として辺境に追放された私を密かに想い続けていたらしい。
陛下からウィールリーフ公爵の名前と、乙女ゲームの中では私が追放された場所の一つである北の地、ウィールリーフ領を賜り、今はレザール・ウィールリーフ公爵となった。
風が吹けば淡い水色の髪がフワリとなびいた。
今日の空よりも少し淡い水色の瞳が日の光を浴びてキラキラと煌めいている。
温かい気温と爽やかな風。
冬になれば雪に閉ざされるこの地も、今は束の間の夏だ。
「ほら、転んではいけないから一緒に歩きましょう」
「ありがとう――ございます」
もちろん、私がはしゃいで転びかけたせいでこうなっているのだけれど、お姉様と令嬢時代の私を慕ってきた可愛らしい姿、そしてゲームの中の明るく笑う少年は、もういなくなってしまったのだろう。
「……ちょっと寂しいかも?」
「え? 何か言いましたか?」
腕に手を絡めるとグッと引き寄せられた。格好良い。
「いいえ……そういえば、この地の羊たちは色鮮やかですけど、どうしてなのでしょうか」
「……それは、ウィールリーフ領に眠る鉱物資源が発する魔力の影響を受けていると言われていてですね!」
レザール様が急に饒舌になった。
時々相槌を打ちながら、魔法について楽しそうに語るレザール様を見つめる。
『お姉様! この花の色が金色に染まるのは、妖精の魔力が影響していると言われているんです』
――そういえば、レザール様はいつも魔法のことになると目を輝かせて語ってくれたわね。
脳裏によぎった言葉が、ゲームの中のセリフだったのか、それとも一緒に過ごした日々聞いた言葉、どちらだっただろうと思考を巡らせる。
「フィアーナ?」
「あ、すみません。考え事をしてしまいました」
私のことをお姉様と言って慕ってくれた彼の本質は、きっと今も変わっていないのだろう。
「すみません、しゃべりすぎましたね」
「いいえ、可愛かったので」
「……え!?」
私の前では大人びた態度を取るレザール様が、やっぱり可愛らしいことを私は知っている。
耳元から赤くなった彼は、今日も最高に可愛かった。




