悪役令嬢の運命が変わった日 2
***
王太子殿下の婚約者に決まる前の私は、とても快活で明るい子どもだった。
王宮に招かれた私は、それが王太子殿下の婚約者を決めるための顔合わせであることも知らずに、そっと大人たちの輪を抜け出して、庭を散策していた。
「レインワーズ公爵家の庭は素晴らしいけれど、やっぱりお城のお庭はすごいのね……」
一輪の薔薇を前にしてしゃがみ込む。
一色ではなく、ピンクから黄色に色を変える薔薇は、とても珍しいものに違いない。
少し歩いたところにあったガゼボ。
その中心に置かれたベンチに腰掛けたとき、急激な眠気が襲ってくる。
それもそのはず。王太子殿下の婚約者を選ぶための集まりだったから、私は早朝から起こされて磨き抜かれていた。
「レザールきゅん……」
口をついて出たのは、なぜか懐かしい呼び名だ。
それが誰かも分からないのに、その響きに安堵して眠りに落ちていく。
夢の中の私は、不思議な魔道具を手にしていた。
『レザールきゅん!!』
その魔道具の中には、とても美しくて可愛らしい王子様がいて、私はその人に夢中になっていた。
片思いに似た感情。画面の王子様は、私を見てくれるわけではない。それでも私は幸せだった。
目の前の王子様が見つめているのは、ストロベリーブロンドの髪をした可愛らしい女性だ。
一方、俯いて北の地に送られるのは……。
「……ねえ、こんなところで寝たら風邪を引くよ?」
夢を見ていた私をそっと起こすように、空から下りてきた天使が声をかけてくる。
目を開けると、目の前には先ほどの王子様をそのまま小さくしたような可愛らし
い少年がいた。
「――――レザールきゅん」
「え? 確かに僕の名は、レザールだけど……。あなたは?」
「私? 私は……。あれ?」
目の前には、最推しの末の王子レザール様がいる。
けれど、どうして画面越しではなく、手が届きそうな場所に……。
「あの……」
「え!? 何で泣くの!?」
魂があるなら、きっとその奥底に残されていた記憶のかけら。
その時、私の脳裏に鮮やかに蘇ったのは、先ほど夢で見たばかりの、レザール様のハッピーエンドで悪役令嬢がたどるはずの結末だった。
「…………う、うえぇん!」
「あの、僕でよかったら、聞くけど?」
「ひっく……。天使!?」
夢で見た出来事と、現実の区別がつかないまま、レザール様を知っていたこと、最後には北の地に送られ魔獣に殺されてしまうことを一息に語る。
「…………あ、あの」
「うん……」
全部語り尽くした後、ようやく現実に戻ってきた私は、顔を青ざめさせる。
だって、王宮にいるこの年齢の男の子なんて、王族しかいない。
しかも、彼の名はレザールだという。
……つまり彼は、第七王子、レザール。
「ゆ、夢の話ですわ!」
「そうかもしれないね……。でも、今の話は、きっと真実だ」
「……え? でも、今のは夢の話で……」
「でも、真実だ……。だって、僕も君が見た夢と同じ夢を……。あとからあなたを助けようと準備していた、まさか魔獣に襲われてしまうなんて」
「……レザール様」
立ち上がった少年は、私に向かって子どもらしくない微笑みを向けた。
「北の地に、魔獣がいなくなればいいのかな?」
「え……?」
「そうすれば、あなたを助けることが出来る?」
「……そうかも、しれません」
レザール様が、ハッピーエンドを迎えて、私も殺されないのなら、きっと遠くから、その幸せを願うことが出来そうだ。
「ん? ところで、どんな夢を見たのでしたっけ?」
「まあ、夢というのはすぐ忘れてしまうから……。それに、あんな辛い夢を覚えていることはないよ……」
「そうでしょうか……」
それが、私が忘れてしまっていた、二人の出会いだった。
次に会ったとき、私はすでに王太子の婚約者に決まっていた。
そんな私をレザール様は、「お姉様」と呼んで慕ってくれた。
すでに、悪役令嬢と末の王子の関係は、シナリオから大きくずれてしまっていた。
そのことも知らないままに、私たち二人の運命は動き出したのだった。
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