うわさの前辺境伯夫人 1
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王都で今一番話題になっている人といえば、リーフ前辺境伯夫人だろう。
レインワーズ公爵家の長女として幼い頃から王太子の婚約者に定められた彼女は、しかしえん罪により社交界から姿を消した。
だが、天才とも言える彼女の才能は、逆境に花開く。
他に類を見ない新しい発想のドレスや化粧品。流行は今やリーフ前辺境伯夫人から発信されている、と言っても過言ではない。
それに加えて王国の魔道具研究を二世代は先に進ませたとも言われる才能。
そんな彼女が、魔術師の最高峰にして美貌でも知られる末の王子、レザール・ウィールディアを伴って社交界に戻ってきた。
「え、誰その人」
「フィアーナ様以外に当てはまる方を私は存じ上げません」
「――――セバスチャン」
もっと手軽に本が読みたいと開発し、結果瞬く間に普及した活版技術。
そのおかげで、私の手元には今、新聞がある。
王都で流行している新聞。その中には、ゴシップ記事も多い。
一面にでかでかと載せられているのは、レザール様アルバムを作ろうと研究していた写真だ。
まさか、私の写真がこんな風に載せられることになるとは予想だにしていなかった。
「あ、後ろにレザールきゅんが写っているわ! 切り抜いておかないと!!」
自分の後ろにレザール様が写っていることに気がついた私は、一旦現実から目を背けることにした。
「レザール・ウィールディア殿下に写真を撮らせてくださるようにお願いしてはいかがですか?」
「ふふ、分かっていないわね! 不意に写ったレザールきゅんの素顔! そして、最高の表情! スチルというのは、努力と運の末に手に入る得がたい宝物なの!!」
「そういうものなのですね……」
にっこりと微笑んだ老執事は、さらりとそう答えると、はさみとのりを用意してくれた。
セバスチャンは、今日も完璧な執事だ……。
「それにしても……。困ったことになったわね」
王都の噂と、流行の新聞。
今日も最近私の屋敷の周囲には、記者たちが集まってしまっている。
「おや、お客様がいらしたようですね」
カーテンをそっと持ち上げて見ていると、記者たちがすごい勢いで正門に走って行くのが見えた。
それだけで、来客が誰なのか分かってしまう。
「レザール様……。目立つのは好きじゃないって言っていたのに」
どちらかと言えば大人しく、目立つことを好まない少年だったレザール様。
もちろん、魔術師団長になった今、もうそんなことは言わないだろう。
でも、人間の本質というものは、そんなに簡単に変わらないと思う。
それなのに出迎えたところ、なぜかレザール様は全力疾走してきた上に、私を抱き上げた。
カメラのシャッター音が周囲に鳴り響く。
「会いたかったです」
「あの、写真撮られていますよ? 目立ちますよ?」
「いいんですよ。あなたと俺の仲に邪魔が入らないように、ちゃんと広めてもらわないと」
「……!?」
そう言って笑ったレザール様。
人間の本質は、そう簡単に変わらないはずだ。
「――――あの、目立つのは好きではないと言っておられましたよね?」
「よく覚えてますね。……今も好きではありませんよ」
「では、なぜ逆に目立つような行動を」
明日の一面は、きっと私たちの関係に関することに違いない。
レザール様は、コーヒーを一口飲んで微笑んだ。
「……そうですね。もし、フィアーナが目立たずに部屋の中で俺の帰りだけ待っていてくれるような人なら、こんなことしなくてもよいのでしょうが」
「え。私のせい……」
「そうですよ。魔術師団長に上り詰めてしまったのも、公務をおろそかにしないのも、それほど好きではない社交に最近積極的に取り組んでいるのも……」
微笑んだレザール様は、本当に可愛らしい。
その微笑みは、永遠に心のアルバムにとどめたいレベル。
けれど、立ち上がったレザール様と私の距離はあまりに近くて、もうそれどころではない。
「あ、あの……!?」
「そう、全部あなたのせいです。責任取ってくださいね?」
「あうあう……」
赤い髪の毛が一房手の平にのせられ、そこに口づけが落ちるのを熱に浮かされたように見つめる。
髪の毛には感覚なんてないはずなのに、くすぐったくて仕方がない。
しかし、今日も私には、逃げ場がない。
***
翌日の新聞には、なぜか私たちの婚約と結婚は秒読みだと書かれていた。
すでに、式場も予約してあるらしい。……本人知らないのですが?
(え? その情報の出所はどこですか。もちろん、でっち上げですよね?)
混乱しながらも、私を抱き上げて余裕の表情で微笑むレザール様の写真を切り抜いて、今日も大切にレザールきゅん専用スクラップブックに保存したのだった。
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