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思い出の中にいる人 2


 ***


 リーフ辺境伯邸は、温かい。

 前世の私も、フィアーナとして生きてきた私も、知らなかった優しさに溢れている。


 私はここで、すっかりぬるま湯に浸かって穏やかに生きて……。いなかった。


 響き渡る爆発音。

 それは、魔力の配分を間違えてしまったゆえに起きた、小さな爆発だ。


「フィアーナ?」

「だ、旦那様、これは……」


 部屋をのぞき込んできたリーフ辺境伯。

 怒られると思って身を縮めていると、そっと頬にハンカチが押し当てられた。


「ケガはしなかったかい?」

「うぅ、申し訳ありませ……」

「…………ふふ」


 なぜか、さも可笑しいとでもいうように笑ったリーフ辺境伯。


「あ、の……?」


 誰しもが、私が自由に興味があることをすることに、いい顔をしなかった。

 前世の私も、フィアーナとしての私も、誰かが決めたとおりに生きてきた。


「毎日が、とても楽しいよ」

「え?」


 ゴシゴシとこすられた頬。

 黒く汚れてしまった白いハンカチ。

 それなのに、目の前にいる人が私に向ける視線はとても穏やかだ。


「だが、魔道具開発には専門知識が必要だ。一人、その道で活躍する優秀な人間に心当たりがある。…………連絡を取ってみようかな」

「ぜひ!!」

「…………うん、多分僕もそろそろ折れなくてはいけない。今回は、いい機会なのだろう」


 一瞬だけ、なにかを懐かしむように、少しだけ苦しそうに眉を寄せたリーフ辺境伯。

 けれど、すぐにその表情は、いつもの穏やかな笑顔に掻き消された。


「それでは、彼が来るまで魔道具開発は休みにして、僕と読書でもしよう」

「……読書!」


 私は、本を読むのも大好きだ。

 辺境伯邸には、貴重な蔵書がたくさんある。

 貴族令嬢には必要ない、といわれていた魔道具の本も、魔法の本も、恋愛小説まで自由に読むことが出来る。


「ここは、天国でしょうか」

「ふふ。似ているかどうか、先に行って確認しておくよ」

「……え? 何言っているんですか。ずっと一緒にいて下さい!」

「……君が望むなら、できるだけ長く一緒にいられるように努力しよう」

「約束ですよ!」

「ああ、約束だ」


 ポンッと置かれた手に、優しく頭を撫でられる。

 私が知らなかった、幸せな時間。

 穏やかで、自由で、誰かに愛される時間。


 でも、その時間には限りがあるってことを、リーフ辺境伯は、もう知っていたに違いない。

 世間知らずで実際の年齢よりも幼かった私が、そんなことに気がつけるはずもなかった。


 私を見る目は優しくて、それでいて誰かを重ねているようでもあった。

 あとになって思えば、私の大叔母様がリーフ辺境伯の奥様だったのだ。

 誰を重ねていたかなんて、明白なのだろう。


「幸せになりなさい」

「……今、とっても幸せです。全部、旦那様のおかげですね!」

「そう。嬉しいよ」


 旦那様が笑うと、私もとても嬉しい。

 辛かった思い出が、消えてしまうように。


 それでも、耳の奥で消えないのは、「お姉様!」と呼ぶ可愛らしい声だ。


「レザールきゅん」


 幸せであればあるほど、どうしているのかと、彼も幸せだろうかと気になってしまうのはなぜなのだろうか。

 あの声が聞きたいと、会いたいと願ってしまうのは、彼が前世の推しだと知ってしまったからなのだろうか。


 そんな私の独り言は、リーフ辺境伯に聞こえていたのだろう。

 でも、その口から「思い人かな?」とこぼれた小さなつぶやきは、私の耳には届かない。


 私の知らない間に、えん罪だったことは次々と証明されていく。

 やり取りされた手紙。


 リーフ辺境伯が、全ての力を使って、私の無実を証明してくれたのは事実だ。

 でも、遠い辺境から出来ることは限りがある。


 王都にいる彼が、リーフ辺境伯と手紙をやり取りして、必死になって私のために動いていてくれたことを知るのは、まだまだずっと先の出来事なのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] イケオジ ガリアス様に守られた日々はあったかいですね^_^ でも思い出すのはレザールきゅん♪ 「思い人かな?」のつぶやきにガリアス様の優しさを感じてじんわりしました
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