パーティーのお誘い 2
***
公爵家令嬢フィアーナ・レインワーズは、いつでも社交界の注目を集めていた。
けれど、それは記憶を取り戻す前の私の話だ……。
「うーん。前世の記憶が邪魔をしてしまうのよね……」
そもそも、レザール様は、違和感を感じていないのだろうか。
リーフ辺境伯と、ロレンス様は、私が記憶を取り戻してから出会った人たちだ。
だから、私が少々貴族令嬢らしくない言動を取ったって、そういうものだと思っている節がある。
三年前の私と、今の私は、ずいぶん変わってしまった自覚がある。
ああ、でもレザール様の前でだけは、王太子の婚約者としての仮面を脱ぎ捨てて、優しいお姉様でいられたから……。
「――――ある意味、三年より前のフィアーナの素顔を知っている唯一の人なのかもしれないわね。レザール様は」
それでいて、レザール様は乙女ゲームの攻略対象者。
私は、悪役令嬢なのだ。
そんな二人が、一緒にパーティーに参加することなど、許されるのだろうか?
「…………うーん」
リーフ辺境伯家から持ち出してきた荷物は、それほど多くない。
領内から出なくてもいいと言ってくれたリーフ辺境伯のお言葉に甘えて、私は社交界には参加していなかった。
本当に、以前の私はよくやっていたと思う。
あの場所は、きらびやかだけれど、水面下は戦場だ。
「…………そう、戦場だから、武装が必要なのよ」
「フィアーナ様、そう仰ると思って、王都本店より主任デザイナーを呼んでおります」
「セバスチャン!」
振り返ると、いつものように黒い執事服に身を包んだセバスチャンが、ただ者ではないたたずまいを感じさせながら、ニコニコと微笑んでいた、
「フィアーナ様、いまや流行の発信地は、リーフ前辺境伯夫人にあると言ってもいいくらいなのですよ?」
「え…………。その人誰」
「もちろん、レインリーフ服飾店のオーナー、リーフ前辺境伯夫人フィアーナ様です」
「……冗談を言うこともあるのね?」
「冗談だと思われるのですか?」
確かに、私が前世の知識を総動員して立ち上げたブランド、レインリーフは、王都中に旋風を巻き起こした。
社交界では、最新のドレスを手に入れたければ、レインリーフに行け、とまで言われているらしい。
でも、流行の発信はレインリーフ服飾店であって、社交界から姿を消した私のはずがない。
「でも、主任デザイナーは、上流貴族でも一年待ちなのでしょう? パーティーは、来週なのに間に合うのかしら」
「もう、すでにそちらの部屋に控えております」
「え……?」
おずおずと、扉を開けると、背筋と視線がまっすぐな女性がこちらを向いていた。
「お久しぶりです。フィアーナ様」
「ええ、久しぶりね。あなたの王都での活躍は聞いているわ」
「すべて、フィアーナ様のおかげです」
「そんな大げさな」
主任デザイナー、メルリスは、もともと辺境伯家に服飾品を卸していた父の見習いとしてついてきた。
(彼女の着ていたワンピースが素晴らしくて、聞いてみたら自分で作ったと言うからスカウトしたのよね)
私の考える、この世界にしては少々独創的なドレスを全て形にしてくれたメルリスは、徐々に有名になり王都に本店を構えることになったレインリーフ服飾店の主任デザイナーになった。
手紙では細かくやりとりをしていたけれど、会うのは半年ぶりだ。
「忙しいのではないの?」
「……どんなに、この日を待ちわびていたことか」
「え?」
「当日、フィアーナ様は、誰よりも美しく、社交界の注目を一身に集めることでしょう」
「え?」
確かに、メルリスが作ったドレスなら、社交界の注目を一身に集めることが出来るだろう。
でも、それはドレスの話だ。私ではないはず。
「王都で美容に関する人脈は、完璧に作っております。お任せくださいませ!」
それから一週間、私は磨きに磨かれることになるのだった。
***
そして一週間後。
目の前には、王族としての白い正装に青いマントを身につけたレザール様がいた。
このお姿を見るのも三年ぶりだ。
(この正装は、レザール様の為に作られたのではないかしら……)
三年前は、ものすごく可愛らしかったけれど、今はおとぎの国の王子様が絵本から抜け出してきたみたいだ。
こんなの、会場中の注目を集めてしまうに決まっている。
それなのに、なぜかレザール様は、私のことを凝視したまま、ピクリとも動かない。
「えっと……。レザール様?」
「これは……。誰にも見せたくないな」
「え!? そんなにお見苦しかったでしょうか!?」
赤い髪の毛はハーフアップにして、派手になりすぎないようにシンプルな銀の髪飾りをつけた。
少しつり目がちな金色の目は、今は優しいブラウンのラインを引いて、猫のようになっている。
唇はあえてつやを出しただけだ。
ほんの少しだけ、水色を取り入れたドレス。
水色は、王都で一番はやっている色だと言うことで、主任デザイナー、メルリスが強くすすめてきたけれど、レザール様の色とよく考えたらかぶってしまっている。
「女神」
そのまま恭しく手の甲に口づけを落としたレザール様。
レザール様は、パーティーが始まる前から完璧なのだな、と私は密かに感心したのだった。
(褒め言葉が見つけられないからって、「女神」のひと言だけというのが、嘘をつけないレザールきゅんらしいわ)
立ち上がったレザール様から差し伸べられた手を取り、私は久しぶりに貴族としての仮面をかぶって微笑んだのだった。
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