表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/41

第5話 別れのとき

「そうですか。では、他に何ができますかな?たとえば、料理とか、洗濯とか、掃除とか」


 アリステルは情けなさそうに俯いた。


「わたくし、お料理も、お洗濯も、お掃除もしたことがございません。そういったことができないと、お仕事とは難しいのですね」


 家事ができなければ、仕事というより生活ができない。


 そのことをしかし、マーリクは指摘しなかった。


「ふむ、他にできることは?」

「・・・思いつきませんわ。わたくし、何もできることがないのだわ」

「語学はどうですかな?今、私とこうして話しているのは大陸の共通語だが、他の言葉は?」

「言葉でしたら、共通語の他にナバランド語、スコルト語、オーウェルズ語、それから少しですがスパニエル語も話せますわ」


 スパニエル語は大陸の西の海を渡ったところにある、別の大陸で共通語として使用されている言葉である。


 貿易の必要性から、ナバランドの貴族であれば、幼いころからスパニエル語も学ぶ。


「おお、それは素晴らしい。私の友人が娘に家庭教師をつけたいので、貴族のマナーができて、語学に堪能な若いお嬢さんを探していましてな。アリステル様さえ良ければ、紹介できますぞ」

「家庭教師。それは素敵ですけれども…わたくしに務まるかしら」


 ヴァンダーウォール家が雇っていた家庭教師のサミュエル先生は、マナーだけではなく、ダンスも、勉強も教えていた。


 サミュエル先生はいつでも優しかった。5歳で学び始め10歳で別棟へ移るまで、様々なことを教えてくれた。


 自分にあのようなことができるだろうか?アリステルには自信が持てなかった。


「一度会ってみてはいかがかな?」


 アリステルはしばし悩んだが、もうそれしか道がない。


「会ってみたいと思います。どうぞよろしくお願い致します」

「いいでしょう。それでは女衆の天幕に寝泊まりできるよう手配をしておきましょう」


◆ ◆ ◆


 オーウェルズ国の王都グレタスは石造りの町である。


 見渡す限りがみな厳めしい頑丈な建物である。古城や橋が有名な観光スポットとなっているらしい。


 街中はさすが王都、どこもかしこも多くの人でにぎわっている。


 王城に近い辺りには華やかな店がずらりと並び、馬車道はきちんと整備されている。下町に行けば、様々な露天販売がカラフルなテントを立てて並び、食べ物から布、鍋などの日常品から装飾品まで、あらゆるものが所狭しと陳列され、たくさんの客が店先で品物を見ている。

 

 アリステルはその活気に胸が弾んだ。このような大都会を初めて目の当たりにして、非日常の、祭りの最中のようなときめきを感じていた。


 目をキラキラと輝かせて町の様子を眺めるアリステルを、レオンはかわいらしく思った。


 普段の無表情を保っているようで、その実、わずかに頬が緩んでいることに、自分でも気が付いていない。


 ついにキャラバンの最終目的地、経営するラシッド商会に到着した。


 他の建物と同じように、どっしりとした石造りの大きな建物であった。


 ここで護衛の仕事も一旦終了である。


 レオンとエイダンは、建物の裏口で荷台から降りると、ラシッド商会の番頭から賃金を受け取り、お役目御免となった。


 アリステルも一緒に裏口に佇み、マーリクがすぐに用意してくれるという紹介状を待っていた。


「ここで嬢ちゃんともお別れかぁ。さみしいなぁ」


 数日の道程ですっかりアリステルを気に入ったエイダンが、大げさに嘆いて見せる。アリステルは二人に向かい、ぺこりとお辞儀をした。


「本当にお世話になりました」

「大丈夫か?やはり派遣先について行こうか?」


 レオンが心配そうに言う。それをエイダンがケラケラと笑ってからかった。


「おいおい、レオンさんよ。そりゃ過保護ってもんだぜ。嬢ちゃんは立派な大人なんだぜ」

「そうですわ!わたくし、立派な大人です」


 えへん、と胸を張るアリステルの様子は、少しも大人に見えないのだが、本人がそう言っているのを真っ向から否定することもできない。


「もし困ったことがあったら、しばらくは北門のそばの宿に滞在しているから、頼ってくれてもかまわない」

「ありがとうございます。何かの時は頼らせてもらいます」


 裏口の扉が開き、先ほどの番頭ではなく、今度はマーリクが顔を出した。


 家庭教師の紹介状をしたため、自ら持ってきてくれたのだ。


「マーリクさん!何から何までお世話になりました。ありがとうございました。このご恩は忘れません」

「いやいや、アリスさんのお役に立ててこちらも嬉しかったのですよ。どうか元気でがんばってくだされ」


 猛禽のような男と思っていたマーリクが、ただの孫を愛でる爺さんのように見えて、レオンは何とも言えない複雑な表情でマーリクを見つめた。


 この度の旅は、アリステルのおかげでずいぶんと明るく、楽しいものであった。


 アリステルの健気さがキャラバン一同の心を引きつけ、過酷な道のりもいつになく笑顔があふれる道中となった。


 マーリクの楽しそうな笑い声も、何度も聞こえてきた。


 アリステルはとても素直でかわいらしい上、世間知らずなため素っ頓狂な発言もあり、話し相手として楽しい存在であったのだろう。


 アリステルはマーリクにきちんと礼をして別れた。


 そしてレオンとエイダンとも、街中の噴水広場までやってくると、別れの時がきた。


「お元気で!さようなら!」

「ああ、またな!」

「気を付けて行けよ」


 アリステルが紹介状と一緒にもらった地図を見ながら行ってしまうと、エイダンはレオンの肩に腕を回し、励ますように言った。


「さぁ、ガキのお守りも終わったことだし、一杯ひっかけに行こうぜ!」

「・・・ああ」


 2人は任務完了の報告を冒険者ギルドで済ませると、行きつけの飲み屋へでかけた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ