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第4話 マーリクとの交渉

 レオンが天幕から出ると、さっそくエイダンが近づいてくる。


「どうすんだ?」

「連れて行くしかないだろう」

「そうだろうけどよ。やっかいだな」

「日が出たらマーリクに交渉だ」


 マーリク・ウルハ・ラシッドは二人が護衛している隊商のリーダーで、国から国へと渡り歩き、あらゆる物資を売買する大豪商の旦那である。


 腹の出たおおらかな見た目に反し、その目は鋭く光り、金儲けの機に敏い男であった。


 金にもならない貴族の少女を連れて行きたいなどと言ったら、渋るに違いなかった。


 護衛代の値引きを条件にするしかないか、とレオンは考えていた。


 しかし、その予想は大きく外れることになる。



 朝日が昇り、小間使いたちが動き出したころ、夜番の任が解かれ、レオンはマーリクの天幕へ向かった。


「おお、護衛殿。朝からどうされた。夜中のうちに魔獣でも現れましたかな?」


 レオンをキャラバンの護衛として雇っているのはマーリクであるが、主従関係にあるわけではない。

 オーウェルズ国の王都にある冒険者ギルドで、レオンの名を知らぬものはいないほどに、レオンは腕利きの冒険者である。


 マーリクはレオンがまだ駆け出しの冒険者のころから、指名して護衛を依頼していた。


 名が売れていなくても、その実力、実直さを買っていた。


 長い道のりを往来するキャラバンには護衛は不可欠な存在である。


 オーウェルズ国から陸路でナバランド国へ向かうには、スコルト国を経由しなくてはならないのだが、スコルト国とナバランド国の国境付近では山賊が頻繁に現れて、いくつもの隊商が襲われ無残に殺され、金目のものはすべて強奪されていた。


 スコルト国の警邏隊が山賊の討伐を謳って山狩りを度々行うも根城は見つからず、囮作戦を立てるときは、まったく襲って来ないといったことが繰り返されている。


 山賊がいくばくかの上納金をスコルト国に納めているという噂があるが、あながちデマとも言い切れない事態であった。


 山賊と並んで危険視されているのが、魔獣である。


 人里離れた街道では、日夜問わず魔獣が出没する。


 魔の森の魔獣が恐れられているのは、特にその個体が矢鱈と大きいことと、狂暴であることが知られているためだが、魔の森ほどでなくともたいていの魔獣は狂暴で人を見れば襲う。


 だから、腕利きの冒険者を雇うことが必要であった。


「灰色狼が数体、人を襲っていたので助けに入った」

「それはご苦労でしたな」

「頼みがあるのだが…」

「レオン殿が頼み事とは、珍しいこともあるものだ。一体なにかね」


 マーリクは人が好さそうに、にっこりと笑って見せるが、鷹のような目が笑っていないことは隠せていなかった。


「助けた少女がケガをしていて、一緒に連れて行ってやりたいのだが」

「ふむ・・・その少女をここへ」


 マーリクは、笑顔を引っ込めて付き人に命じると、レオンに向き直る。


「もちろん人助けはする。しかし、やっかいごとに巻き込まれるはごめんだ、ということは、レオン殿にもわかるでしょうな」

「ああ」

「ふむ・・・次の町まで、と言いたいところだが。レオン殿はどうされるつもりだ」


 マーリクが懸念している通り、次の町でアリステルを置き去りにしなくてはならないのであれば、レオンはそこで護衛を降り、アリステルの世話をしてやらねばならぬと考えていた。


 親に捨てられた身寄りのない子供なのだ。


 たまたま通りがかり助けたのも何かの縁、少なくともアリステルの行く先がはっきりと決まり、心配がなくなるまでは面倒を見てやるのが大人の務めだと、そう思うのだ。


「すまんが別の護衛を雇ってくれ」

「レオン殿の代わりなど、次の町で見つかるわけがないな」

「では、金は俺が払うから、客として王都まで連れて行ってくれないか」

「ふむ・・・」


 マーリクがなにやら思案顔になったところに、アリステルを連れて付き人が戻って来た。


「こちらに入りなさい」

「失礼いたします」


 そう言って天幕に入り、そばまで寄るとアリステルはスカートの裾をつまんで、マーリクに挨拶をした。


「はじめてお目にかかります。アリステルと申します。危ないところを助けていただいて感謝申し上げます」


 マーリクがいつになく柔和にほほ笑んだ。


「これはこれは、ご丁寧に痛み入る。私はマーリク・ウルハ・ラッシド。オーウェルズのしがない商人です。アリステル様は、ナバランド国のお貴族様と見受けますが」


 アリステルは困ったように首を横に振った。


「親に捨てられたのです。もう貴族ではありませんわ」

「それはお気の毒でしたな。それで?私共と一緒にオーウェルズ国を目指したいということでしたかな」

「ええ、ご迷惑でしょうけれども、連れて行ってください」

「ふむ・・・。失礼ですが、オーウェルズに行って、どうされるおつもりで?」


 どうするも何も、アリステルにはどうしたよいのか皆目見当がつかなかった。


 長いこと親に冷遇されていたとはいえ、由緒ある伯爵家の令嬢であるから、自分の手で家事などできるはずもなく、また社交や家の事業の手伝いも一切させてもらっていないため、助けになる伝手など、ましてや外国に、あるわけもなかった。


「わたくしは、これから自分一人で生きていかなくてはなりません。そのために、お金というものが欲しいのです。お金がなければ生きていけないと、聞いたことがありますわ」


 まさか生粋の令嬢から、お金が欲しいという言葉を聞くとは思わず、マーリクは愉快な気持ちになった。


「そうですぞ。お金がないと生きていけない。お金を使ったことは?」

「それが、ありませんの。でも、お品物を買うときにはお金が必要なことは知っています。そうなのですよね?」

「そうです。お金と物を交換するのです。何か食べたいと思ったら、お金と食べ物を交換する。服もそうです。お金があれば欲しいものとなんでも交換できる」

「まぁ、お金とはすばらしいですわね。お金というものはどのように手に入れるものなのですか」


 あまりのお嬢様ぶりにレオンは変な顔をしてアリステルを見ていたが、マーリクは楽しそうに、丁寧に返答した。


「お金の手に入れ方は人によって違うのです」

「え、そうなのですか?」

「そうですぞ。私は仕入れてきた物を売ってお金をもらう。そこらへんに落ちている石でも、枝でも、何でもいい。磨きをかけて価値を高めると、欲しいと言ってお金を出す人がいる。遠くの国へ行って珍しいものを仕入れてくれば、これまた買った金額より高く売れる。物を売り買いして暮らしているのが商人ということですな」

「そうなのですね!」

「アリステル様の元のご家族は、お貴族様だったのでしょうから、領地があって領民がいる。領民が田畑を耕し作物を売ったり、商売をして売り上げたりしたお金の一部を税金として手に入れるのです。その代わり、領地の困りごとを解決したり、領民が暮らしやすくしたりする義務がある」


 アリステルは目を輝かせて話に聞き入った。伯爵家で受けた学習では、そのようなことを聞いたことがなかった。


 領地経営の教育は兄のハリソンだけが受けていた。


「それでは、レオン様はどのようにお金を手に入れているのですか?レオン様もお金を持っていますの?」

「ああ、少しは持っている。金は労働の対価として支払われるものだ。なにか仕事をする。そうすると金がもらえる。たとえば俺はこの隊商の護衛をしている。無事に町まで隊商を送り届けたら、金がもらえる」

「まぁ!それならわたくしもお仕事がしたいです。お仕事をさせてくださいませんか」


 ワクワクと両手を胸の前で組んで、アリステルは言った。


 レオンは思わず言葉につまった。


 貴族の娘が仕事をするなど、聞いたこともなかった。


 王宮などで侍女として働いたりする令嬢もいるが、レオンの知るところではない。


 仕事がしたいと聞いて、いよいよマーリクは声をたてて笑った。


 愉快で仕方ないように。


「アリステル様は、何ができますかな?」

「わたくしができることは、そうね、ダンスかしら」

「ほう。ダンスがお得意なのですな。では踊り子として働けるかもしれません」

「まぁ、踊り子!」


 目を輝かせるアリステルを見て、レオンが慌てて話に割って入る。


「マーリク、冗談はよせ。踊り子などと。アリス、踊り子はただ踊っていればよいわけではない。酒の席に呼ばれれば酌もするし、客に望まれれば、その・・・閨にも侍らなくてはいけない」

「閨!?」


 アリステルは顔を赤らめて口元を両手の指先で覆った。


 閨で行われる房事の詳細は知らなかったが、口さがないメイドたちの話から、どうやら男女がむつみ合うことらしいと察していた。


 踊り子とはダンスを披露するだけの仕事ではないようだ。


「そ、それはわたくしには務まりそうもありませんわね・・・」

「アリスのような子供だって、踊るだけで客は取らないということはできない」

「わたくし、もう子供ではありませんわ。次の誕生日を迎えればデビュタントの年ですもの。もう立派な大人です。でも、ええ、踊り子は無理そうですわ」


 16歳になると貴族の娘たちは社交界にデビューする。


 そこで見初められて結婚する者もいるし、家が決めた相手と結婚する者もいるが、16歳になるまでは正式に婚姻を結ぶことができない。


 アリステルは小さく痩せこけていたので、15歳には見えなかった。


 しかし、レオンの感覚からいえば15歳であろうと子供には違いなく、踊り子のような仕事をさせたくはない。


 もちろんその様な悠長なことを言えない者たちもいる。


 親をなくした幼い子供が、生活のために早くから身売りをせねばならず、たくさん花街にあふれていることは知っている。


 自分もそんなどん底の世界から這い上がってきたのだから。

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