番外編 エリザベスの最期②
アリステルはびっくりして足を止めた。
(お母様が、泣いている・・・?)
「ベス、大丈夫。大丈夫よ。気持ちをしっかり持って」
「パティ…もしも私に何かあった時には、子供たちを、ハリーとアリスをお願いね…」
「わかってるわ。大丈夫よ。あなたは元気になることだけを考えて」
「ええ…」
アリステルは聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、身をひるがえした。
ペチュニアを持つ手がカタカタと小刻みに震えている。
アリステルの姿が見えなくなって、心配して探していたハリソンがアリステルを見つけてやってくる。
「アリス!お庭にいたのかい?」
アリステルはハリソンの顔を見て、ワッと泣き出した。
「どうしたんだい?アリス」
「お母さまが…泣いて…いて…、ヒック…、お母さまに何かあったら、…子供たちをお願いって、パトリシア伯母様に言ってて‥‥」
そこまで聞いて、ハリソンは理解した。
母の容体がとても悪いこと。
それをアリステルが知ってしまったこと。
そして自分は、アリステルのようには泣いてはいけないこと。
ハリソンはグッと力を入れて、アリステルに言った。
「アリス、泣かないで。お母様は具合が悪くて、少し不安になってしまったんだよ、きっと。すぐに元気になるさ。大丈夫だから、泣かないで」
アリステルを優しく抱きしめて、背中をトントンと優しく叩いてやる。
アリステルがまだ赤ちゃんの頃、こうしてやると泣き止んだことを体が覚えていた。
「お母様、死んじゃうの?」
「僕たちを置いて死んでしまうと思うのかい?」
「ううん」
「そうだろう?きっと大丈夫だよ」
「うん」
背中のトントンを続けているうちに、アリステルの目がトロンと眠たげになってきた。
「少し部屋で休んだらいいよ」
「うん。そうするわ」
アリステルの手にぎゅっと握られている花をハリソンは優しく受け取ると、アリステルを部屋へ戻した。
ペチュニアはしゅんと元気なく、うなだれているようだった。
◆ ◆ ◆
その後、ひと月もしないうちにエリザベスの容体は急激に悪化した。
一日の大半を眠って過ごし、目覚めるほんのひと時は、体の痛みと息苦しさでとても辛そうであった。
伯爵家に出入りする医師が、ついに王都のヴァンダーウォール伯爵を呼び出した。
二日後には伯爵が屋敷に戻り、その時は目覚めないエリザベスの枕元に、子供たちも呼ばれた。
「お母様の手を握ってやりなさい」
そう医師に言われて、アリステルとハリソンはお母様の手をぎゅっと握った。
すると、今まで深く眠っているようだったエリザベスの目がふっと開いて、子供たちを捉えた。
「「お母様!」」
「ベス!わかるか!」
エリザベスは、弱々しい笑顔を見せた。
「アリス…いつでも、笑顔で…」
それだけ言って、またエリザベスはスッと深い眠りに戻っていった。
「お母様、お母様!」
もうアリステルの声にも反応はしなかった。
「さぁ、それでは奥方様を休ませましょう。お子様方をお部屋に連れてお行きなさい」
医師がそう告げると、メイドたちがハリソンとアリステルを連れて行った。
翌日、エリザベスは静かに息を引き取った。
アリステルはずっと泣き通し、疲れては眠る。目覚めては泣き、また疲れて眠る。
そうして一日を過ごした。
その間、ハリソンはアリステルを抱きしめて、背中をトントンしてやった。
「泣かないで、アリス。お母さまが、いつでも笑顔でって言ったよ」
「そんなの無理だもの…!わーん!!」
「アリス、そんなに泣いたらお母様が悲しむよ。お母様はアリスが笑った顔が見たいんだよ」
「お母様は死んでしまったもの…。もうわたくしの笑顔を見てはくれないわ…わーん!!」
「アリス、アリス。もう泣かないで。お顔がパンパンになってるよ」
「お兄様のバカ―!」
ハリソンは言葉を尽くしてアリステルをなぐさめた。
アリステルが疲れて眠ると、ハリソンも疲れ果てて一緒に眠ってしまった。
そんな二人を周りの大人たちは痛ましく見守るのだった。
◆ ◆ ◆
葬儀はつつましやかに行われた。
若い奥方の逝去を、領民もみな悲しく思い、通り過ぎる葬列を言葉少なに見送った。
トボトボと手をつないで歩くハリソンとアリステルを目にすると、みな涙を誘われた。
葬儀も終わり、弔い客もみな引き上げるまで、アリステルはハリソンから離れたがらなかった。
アリステルにとっては、ハリソンだけが、心の支えだった。
日常が戻ってくると、アリステルはエリザベスの最期の言葉を、ようやく受け止めることができた。
「お兄様、わたくし、まだとても笑えそうにありません。でも、どんな時もお母さまが見守ってくれていると思うと、笑顔で頑張らなくてはって思うの」
そう言いながらもまた目に涙がたまって来てしまう。
ハリソンは優しくアリステルの目尻の涙を拭いて、頭を撫でた。
「きっとお母様は見守ってくれているよ。アリスには僕がいる。一緒に頑張ろう?」
「うん!お兄様、大好き」
アリステルは自分からハリソンの胸に飛び込んだ。
ハリソンはぎゅっと抱きしめると、アリステルの髪に顔をうずめた。
ハリソンにとっても、アリステルだけが、心の支えなのだった。
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