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番外編 お茶会裏事情①

本編開始前のエピソードです。

 北の大国ナバランド。


 その南西部に位置するヴァンダーウォール伯爵領は、広大な農業地帯を擁している。


 豊かな収穫量を誇り、大国ナバランドの食をまかなう一大食糧庫としての役割を果たす要所である。


 その領都ディンドナに領主の館はあった。


 領主ヴァンダーウォール伯爵は王都での仕事が忙しく、滅多に領地には戻らず、領地経営には代官が置かれている。


 領主の館には、伯爵の後妻エヴァ、その娘ミネルヴァ、亡き前妻の娘アリステルが暮らしている。





 伯爵が不在なのをいいことに、エヴァはアリステルを冷遇し狭い別棟に追いやっていた。


 そのことが伯爵にはバレないよう、伯爵が帰宅する際にはアリステルを本邸に呼び出迎えさせたり、アリステルが自分への処遇を伯爵に言いつけないよう睨みをきかせたりしていた。


「エヴァ、いつも家を任せきりですまないね」

「いいえ、それが私の務めですもの。ご心配せず、旦那様は職務に励んでください」

「アリステルはどうした?また晩餐に顔を出さないのか」


 食事を共にすれば、会話の時間が増えて、アリステルへの冷遇が知られてしまうかもしれない。


 なので、アリステルは別棟に戻し、晩餐には来ないよう命じてある。


「ええ、どうしても私とは食事を共にしたくないようですの。いつも通り部屋にいますわ」


 伯爵は眉をひそめて、深いため息を吐いた。


「娘がすまないな。こんなによくしてもらっているのに。あとでわがままを言わないよう注意しておくよ」

「いいえ!いいのです。お母さまを亡くされて傷ついているのですもの。あまり注意するのはかわいそうです。きっといつか、心を開いてくれますわ」

「…本当にすまない」

「私は大丈夫です。お気になさらずに。さぁ、いただきましょう」




 アリステルは部屋で一人、少し冷めた食事をいただいた。


 食事内容は使用人と同じ物で、パンにスープ、時々は果物が付いてくれば豪華な方である。


 食事を運んできた別棟担当のメイドのユナは、いつもアリステルを不憫に思っていた。


(伯爵家の長女なのに、こんな狭い部屋で…。しかも奥様方の食事とは大違い)


 アリステル付きのメイドは三名。


 一番の年長者はアンネで、ユナとマツリはまだ見習いだ。


 別棟担当とされた時点で、ヴァンダーウォール家の使用人の中でも肩身の狭い思いを強いられている。


 お館様に大切にされないお嬢様など、使用人にも大切にはされないのだ。


 本邸の使用人たちは、実際にアリステルに会ったことがある者はほとんどいない。


 ごくたまに、旦那様の出迎えに本邸に呼ばれて行くときに、たまたま居合わせた者でも、お嬢様の顔をジロジロ見るわけにはいかないので、はっきり顔を見たことはないだろう。


 そのくせ、アリステルの悪い噂を楽しそうに話しては、憂さ晴らしをしているのだ。


 どうしようもないわがままな娘で、継母のエヴァを嫌って別棟に引きこもっていると思い込んでいる。


 もちろんエヴァがそのように誘導しているのだが。


「おい、また()()アリステル様が奥様にとんだ悪態をついたらしいぜ」

「またか?」

「ああ、なんでも、奥様が晩餐に誘ったら、あんたなんかの顔を見ながら食べたらただでさえまずい食事がもっとまずくなるって、言ったらしいぜ」

「はぁ??あんのやろう、飯がまずいだって?!」

「奥様は本当にお優しすぎる。あんな小娘、ひっぱたいてやればいいのに」

「そうだ、そうだ!()()()ってやつだよなぁ。俺が代わりにしつけてやろうかなぁ」

「ばーか。お前がやったら即処刑だよ」


 そう言って、使用人の男たちはガハハと笑った。




 アンネはその横を素知らぬ顔で通り過ぎる。


 一緒に洗濯物のカゴを抱えて歩くユナはプクッと頬を膨らませて不満顔だ。


「あんなの全部ウソじゃない!」


「ユナ」


 アンネはユナを黙らせる。


 男たちの言った話はもちろん事実ではない。


 しかし、否定したところで、こちらが嘘つき呼ばわりされるのが目に見えている。




 実際の話はこうだ。


「アリス。今日は旦那様がお戻りです。挨拶には来なさい。旦那様はあなたのその陰気臭い顔を見ながら食事をしたくないと仰せです。挨拶が済み次第、部屋に戻ること。いいですね」

「はい、お継母様」


 いつものことではあるが、伯爵がアリステルを遠ざけている、と言われると、アリステルの表情はすとんと抜け落ちたようになり、見ているメイドたちは心を痛めていた。


「エヴァ様はひどいわ!悪女は自分の方なのに!」

「がまんなさい、ユナ」

「だって、アリステルお嬢様が可哀そうだわ」

「ええ、わかっているわ。私だって不憫に思うわよ。でも、私たちにできることは、心をこめてお世話することだけよ」

「…そうだけど!」


 彼女たちだけがアリステルの味方であり、アリステルは彼女たちがいるおかげで、壊れないでいられたのだ



 アリステルは、狭い別棟から出ることはほとんどなかった。


 家庭教師のサミュエル先生が来なくなってから、先生が残してくれた教科書を繰り返し何度も読んだ。


 本邸の書斎にあるたくさんの本を1冊ずつメイドに運んでもらい、一日中本を読んでいることが多かった。


 本を読んでいれば時間を忘れられた。


 他にすることと言ったら、アンネに教えてもらったお裁縫くらいだ。


 刺繍やかぎ針の編み物を教わり、ハンカチに刺繍を刺したものや、ちょっとしたカバーなんかを作っては教会のバザーに出品するようアンネに託している。


 実母が生きていた頃は、一緒に教会のバザーへ納品に出かけたものだ。


 バザーの売り上げは孤児院や救護院に寄付され、運営費として使われる。


 貴族が刺繍したハンカチを、お守りとして大切にする庶民もいると聞いた。


(どうか、困っている方々のお役に立てますように)


 母もしていたように、アリステルも一針一針に心をこめて大切に刺した。




 ある日のこと。


 本邸のメイドが、エヴァからの伝言を運んできた。


「本日の午後のお茶会に、アリステルお嬢様もご出席ください」


 アリステル付きのメイドたちは顔を見合わせ、コソコソと話し合う。


(そんなことある?)

(絶対おかしいですよ!何かたくらんでます!)

(私もそう思います!)

(一応、アリステルお嬢様に知らせてみましょう)

((はい!))


「お嬢様にご予定をうかがってきますので、お待ちください」


 アンネはそう答え、アリステルの部屋へと伝えに行った。


「アリステルお嬢様、奥様から本日午後のお茶会へのお誘いがありました」

「…え?」


 アリステルは目を丸くして驚いた。


「お継母様からのお誘い?」

「ええ、どうなさいますか?」

「…お断りできるかしら」


 5年も冷遇されているエヴァのお茶会など、行きたいわけがない。


(今さら、一体何のつもりかしら?)


「では、体調がすぐれないとお応えいたします」

「ええ、そうしてちょうだい」

「かしこまりました」


 アンネが本邸のメイドにそのように伝えると、メイドはすぐに戻って行ったが、すぐさまエヴァ本人が不機嫌を隠しもせず、別棟にやってきた。


「アリス!出ていらっしゃい!アリステル!」


 別棟の玄関先で、大声でアリステルを呼びつける。


 まったくの無作法である。


「お嬢様は体調不良で臥せっておられます。ご用件でしたら私がお伝えいたします」


 アンネが勇気を振り絞ってエヴァに言うと、エヴァは持っていた扇子でぴしゃりとアンネの頬を打った。


「ひっ!」

「アンネさん!大丈夫ですか?!」


 ユナとマツリが真っ青な顔でアンネに駆け寄る。


「メイド風情がお黙りなさい!」


 その時、アリステルが階段をできるだけ早く駆け下りて、アンネとエヴァの間に立ちふさがった。


「お継母様、わたくしのメイドに暴力はおやめください」

「躾のなっていないメイドに注意しただけよ。それに、わたくしのメイド、ですって?冗談はやめてちょうだい。ここのメイドはすべて女主人である私が雇い管理しているの。そこのところ、勘違いしないように」

「…」

「アリステル、あなた、私の誘いを断ったそうね。体調不良などとウソをついて。どこが体調不良ですって?そんなに継母の私が憎いのね?」

「いえ、憎いだなんて…」

「憎まれても仕方ありません。あなたには冷たく当たってしまって、悪かったと思っているのよ。ミネルヴァを産んで私も気が立っていたのだと思うの。アリステル、あなたもいつか母となれば、子を持つ母親の気持ちがわかるようになるわ」


 アリステルが何も答えないのを、どう解釈したのか、エヴァはにっこりとほほ笑んだ。


「ミネルヴァもだいぶ大きくなったのよ。姉としてあなたにもミネルヴァをかわいがって欲しいの。アリステルあなたは立派な淑女だわ。ミネルヴァの良き手本となってくれるはず。ね、私たち仲直りをしましょう。いいわね?仲直りの印として、午後のお茶会に出席なさい」


 結局、有無を言わさず押し付けてこようとする。


 抵抗しても無駄なことはアリステルも承知しているが、急に仲直りを提案するなど絶対におかしい、信用してはダメだと、だれしも思うことだろう。


 頑なに返事をしないアリステルに、エヴァは優しい声音を作ってさらに話しかける。


「それに、そう、近いうちにハリーも帰ってくるわ」

「…お兄様が帰って来るの?」

「ええ、そうよ。ハリーが帰る前に、あなたとミネルヴァが仲良くなっていてくれたら、素敵でしょう?」


 それでアリステルは、少し納得がいった。


 何も知らないハリソンが帰宅する前に、アリステルとの関係を改善しなくては拙いのだろう。


「わかりましたわ。そのご招待をお受けいたしますわ」


 承諾すれば、エヴァはとりあえず満足したようで、初めからそう言えばいいのよ、と口の中で呟きながら本邸へ戻って行った。

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