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番外編 幼き日のレオン⑤

 飛び込んで来たレオンに、救護院の看護助手がお静かに!と注意する。


「ノアは、ノアとヨハンがここにいると聞いて」

「ご家族ですか?」

「そうだ、二人の家族だ」

「…こちらへどうぞ」


 彼女が案内してくれたのは、一番奥の部屋だった。


 部屋に入ると、寝台に寝かされたヨハンの傍らに、椅子にうなだれて座るノアの姿があった。


 ノアの右腕には真っ白い包帯が肩から手首まで巻かれ、肩から垂らした布で腕を吊っている。


 顔にもひどい打撲傷があり、目のまわりが腫れあがっていた。


「ノア…!どうしたんだ。大丈夫か?」


 レオンが声を掛けると、ノアはびくっとしてそろそろと顔を上げ、レオンと目が合うと、みるみるその目に涙をためた。


「ヨハンが・・・死んでしまった」


 ヒュッと息を吸い、レオンは固まった。


 ヨハンに目をやると、静かに寝ているように見えた顔には一切の血の気がなく、まるで蝋を固めて作った人形のようであった。


 レオンはよろよろとした足取りで寝台に近づき、膝をついてヨハンに縋り付いた。


「そんなっ・・・!どうして?ヨハン、ヨハン!」


 ノアはワッと声をたてて泣き出し、寝台に突っ伏した。


「オレが悪かったんだ!レオンがいなくても立派に魔獣を狩れるってところを見せたくて、嫌がるヨハンを連れだしたんだ・・・!」


 3人の中ではレオンが一番の腕利きだったが、二人も少しずつ腕を上げ、ナイフの扱いにも長けていた。


「角兎とか、大牙鼠とかを狩るつもりだったんだよ。それが、森猪が出てきて…!」


 森猪は子牛くらいの大きさのある魔獣だ。


 だいたいは単体で現れ、人を見るや否や突進してくる習性を持っている。


 この森猪の肉は美味しいため、冒険者の間では人気の魔獣なのだが、ナイフしか装備のない二人には到底倒せるものではなかった。



 森猪はヨハンに正面から突撃し、ヨハンを勢いよく跳ね上げた。


「うわあ!」


 思わす悲鳴を上げたノアに向かって方向転換をすると、逃げるノアを追いかけて突き飛ばしたらしい。


 ノアが倒れると、森猪は倒すべき人間がいなくなったと判断したのか、森へと帰って行ったようだ。


 突き飛ばされて倒れたときに地面に着いた右腕は、明らかに変な方向に曲がり、骨が折れていることは明らかだった。


 顔面も強く打ち付け、少しの間クラクラとめまいがして立ち上がれなかった。


 しかし、跳ね飛ばされたヨハンが心配で、何とか起き上がろうとすると、気持ち悪くなって嘔吐してしまった。


 なんとか吐き気が治まるのを待って、ヨハンの許へとフラフラと寄っていったが、ヨハンは倒れたままピクリとも動かなかった。


「ヨハン、ヨハン!大丈夫か。ヨハン!」


 ヨハンは跳ね飛ばされたときに、大木の幹に強く頭を打ち付けてしまったようだ。


 倒れたヨハンの後頭部から、どろりと真っ赤な血が流れていた。


「ヨハン、ヨハン!だれか、助けてくれ…!」


 ノアは荷物から道具を取り出し、狼煙を上げた。救援を求める合図だ。


 煙と共に、魔獣が嫌がる特有のにおいが辺りに広がり、しばしの間、魔獣が寄り付かない安全地帯となる。


 狼煙に気が付いて近くにいた冒険者パーティがやって来てくれた。


 ノアとヨハンは、このパーティに助けられ町まで戻って来たのだった。





 レオンは事の成り行きを聞き、ノアの肩を抱いた。


「ノアは悪くない」


 しかし、ノアはいつまでも自分のせいだと言って泣くのだった。




 ノアのケガは命に別状のないものだったが、聞き手の右手が使い物にならなくなり、冒険者を辞めることになった。


 気長にリハビリをすれば生活には支障がないだろうが、剣を振るうのは難しいと医者に診断されたからだ。


 以前よりノアに目をかけてくれていた瀬戸物問屋に奉公することに決まった。


 こうしてノアも宿屋を出て行って、ついにレオンは一人きりになってしまった。


 大部屋を借りる必要もなくなったので、もっと狭い、物置小屋のような部屋を借り、細々と冒険者稼業を続けた。


 しばらくそうしていると、いつか揚げパンをくれた男に再び出会った。


 ラシッド商会の会長マーリク・ウルハ・ラシッドだ。


 普段は王都で商会長の仕事をしているのだが、この町にある支店を訪れた際に、レオンを見知った。


 マーリクはかねてよりレオンの勤勉さを買っており、護衛に雇ってみれば、腕が立つうえ細々とした雑用も進んで引き受けてくれるので、大変に気に入っていた。


 このような辺鄙な田舎で埋もれているのは惜しい人材だと考えていた。


「レオンと言ったね、きみ。王都へ来る気はないですかな?」


 レオンには何のしがらみもなかった。どこにいようとかまわなかった。


 だからここにいたってかまわなかったのだが、心のどこかでは、なにか劇的な変化を求めていたのかもしれない。


 マーリクに付いて行けば、なにか新しい世界が自分を待っているのではないかと、期待したのかもしれない。


 レオンは王都行きを決めたのだった。




 アリステルに出会うのは、まだもう少し先のお話。


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