番外編 幼き日のレオン④
シシーがいなくなってから、男3人はこれまでよりも少し危険が伴う、魔獣の討伐の依頼を受けることにした。
装備は揃っていないが、ナイフとブーツは全員が持っていた。
始めは簡単な魔獣から始めよう、と町を出たらどこにでもいる角兎の討伐を引き受けた。
角兎はふさふさの毛にくるまれたかわいらしい見た目だが、突進してきて角で刺してくる気性の荒い魔獣だ。
角を切り取ってギルドに持っていけば討伐証明になるらしい。何かの薬を作るのに必要な素材の一つだそうだ。
肉も食べると美味しいので、張り切って討伐に出かけた。
北の門から町を出ると草原が広がっている。
土が踏み固められた道をはずれると、すぐに角兎が見つかった。
というより、見つけられたと言うべきか。ヨハンのお尻に突進したきて角が刺さったのだ。
「ぎゃ」
ヨハンが悲鳴をあげたので、レオンは慌てて角兎をナイフで切った。角兎はあっさりと死んだ。
「やったな!レオン!」
ノアが喜んでレオンの肩を抱いた。
レオンはあまり嬉しくなかったが、これを生業としていく覚悟がようやく着いた。
痛い、痛いと尻を押さえているヨハンの姿がおもしろくて、ノアとレオンは笑った。
何度も討伐に出たら、そこそこ資金もたまり、長剣を一本買うことができた。
ノアも長剣を使いたかったが、レオンの腕が一番よいことは、すでに承知していたので、まずはレオンが使うように、と長剣を渡した。
長剣を手に入れてから、レオンは一日も休まず鍛錬をした。
木剣を振り回していた子供時代を思い出して、父と対峙している気持ちで剣を振るった。
その様子を見ていた冒険者ギルドの人間が、護衛の仕事をしてみないか、と持ち掛けてきた。
かつて世話になった大店のキャラバンの護衛が一人足りないので、見習いとして参加してみないかと言うのだ。
王都までの往復で約1週間の仕事だ。
レオンはすぐにノアに相談した。
「引き受けろよ。王都に行くんだったら先生たちの様子を見て来いよ」
自分たちの生活で手いっぱいで、王都のヴィンスやチビたちがどうしているのか、気にかけている余裕もなかった。
これを機に、様子を見に行くのもいいかもしれない。
「そうだな。じゃあ引き受けるよ」
そうしてレオンは見習い護衛としてキャラバンに参加したのだった。
王都への道程は、安全とは言えなかったが、それでもさすがに国の中心地への道だ。
他の地方への道よりずっと整備されていた。
魔獣が出れば、大人の護衛に混ざってレオンも討伐した。
鍛錬を怠らなかった成果は確実に出ていた。
魔獣との戦闘がないときは、レオンは進んで馬の世話をしたり、煮炊きの手伝いをしたりと、懸命に働いた。
王都に着くと、荷の積み替えに時間がかかるため、一日休暇がもらえたので、レオンはヴィンスとチビたちを探した。
王都のどの教会へ行けばヴィンスの知り合いに会えるかわからなかったが、そういくつも教会があるわけではない。
しらみつぶしに探せばよいと考えて出向いた最初の教会で、ヴィンスの知り合いに会えた。
「ヴィンス氏の養い子なのかい?よく来たね。ヴィンスの住所を教えよう。少し待っていなさい」
そう言って、ヴィンスが今住んでいる家を教えてくれた。
住所と簡単な地図を書いてくれたのを頼りに、レオンは王都を歩いた。
王都のなんとにぎやかなことか。たくさんの人々が何某かの目的をもって行き交っている。
だいぶ歩いてようやく郊外のヴィンスが住んでいるというアパルトマンに着いた。
ノッカーを叩いて返事を待つと、間もなく扉が開いた。
「ヴィンス先生」
「えっ、レオン?!レオンなのか?」
突然の訪問にヴィンスは目を白黒させていたが、ガバリとレオンを抱きしめて、その背中を叩き再会を喜んだ。
「さぁ、中に入ってくれ。しかし、びっくりしたな。ずいぶん大人っぽくなったじゃないか。いつこちらへ来たんだ?」
「昨日」
「どうしたんだ、何かあったのか?」
「いや、仕事で王都まで隊商の護衛をして」
「そうか。護衛をするまでになったのか」
ヴィンスはレオンが冒険者として頑張っていることを知り、とても喜んだ。
ヴィンスが王都へ連れ行った子供たちは、みなそれぞれの道を歩んでいるらしい。
唯一の男の子は建設業の親方のところへ弟子入りしたそうだ。
王都は好景気でどこも働き手が足りないため、子供のうちから弟子のような扱いで引き受け、住み込みで仕事を教えるのだそうだ。
二人の女の子も、染め物と針子の見習いとして雇われているらしい。
一番チビだった女の子は、子供の欲しい夫婦が養子として引き取っていったとのこと。
みんながこの2年間で、ヴィンスの許から巣立ったのだ。
みながそれぞれの場所で幸せであってくれるよう、レオンも祈ることにした。
「それで、そっちはどうなんだい?4人で仲良くやっているのかい?」
「いや、シシーが嫁に行った」
シシーが農家の長男に見初められたこと、農家の人々はいい人だったこと、婚約者としてすでに農家に入ったことを報告した。
「シシーが結婚とは…。時が経つのは早いものだね」
ヴィンスはシシーが孤児院の前に捨てられていたことを思い出していた。もはや遠い過去となった。
「末永くお幸せに、と伝えてくれ」
「わかった」
その日の夕飯は再会を祝って外食をし、またいつか会おうと約束して、二人は別れた。
帰りもキャラバンの護衛をしながら戻って来た。
無事に商会に到着すると、賃金を受け取った。
布袋の中でジャラりと硬貨が音を立てるのを聞いて、レオンの口角がやや上がる。
たくさん稼いだことが誇らしかった。
(今日はうまいものを買って帰ろう。ノアとヨハンが喜ぶぞ)
帰り道、屋台で肉をあぶってタレを絡めパンに挟んだ物を3人分買い、軽い足取りでいつもの宿屋に戻った。
しかし、部屋に二人はいなかった。
「おかみさん、ただいま。ノアとヨハンがいないんだが…」
宿屋の女将はレオンを見ると、慌てて寄って来た。
「アンタ、どこ行ってたんだい。大変だったんだよ!」
「…何かあったのか?」
「あったもあった、二人が大ケガをして救護院に運ばれたんだよ!」
レオンは目を見開いた。
「大ケガ…?」
「なんでも魔獣にやられたらしいよ」
そう聞いて、すぐさまレオンは身をひるがえし、救護院まで駆けて行った。