番外編 幼き日のレオン③
しかし、そんな日々は突然終わりを告げた。
ずっと赤字経営だった孤児院が閉鎖することになったのだ。
ヴィンスが必死に資金をかき集め、何とか運営してきてくれたが、ついに債権者が業を煮やし、孤児院の土地を巻き上げる暴挙に出たのだった。
平和な孤児院に、ある日何人ものこわもての男がなだれ込んできて、出て行くようにと命じた。
抵抗すれば暴力もいとわない連中で、ノアとレオンはチビたちを庇うために男たちの前に立ちふさがり、真っ先に殴られた。
その後、室内をめちゃくちゃに荒らされた。
子どもたちは部屋の隅っこに固まって、震えて暴力が過ぎ去るのを待った。
散々荒らした後、男たちは明日までに出て行くよう告げ、帰って行った。
男たちが出て行っても、しばらくの間、だれもが動けず、ただただ荒れた部屋を見ているのだった。
急な知らせを受け急いで帰って来たヴィンスは、あまりの惨状に言葉を失った。
しかし、子供たちが口々にヴィンスの名を呼び泣き出すと、一人一人を抱きしめ、なぐさめた。
そして決断した。
「みんなには申し訳ないけど、こうなった以上、ここにいては危険です。ここを離れ、王都へ引っ越しましょう」
「王都?」
「王都ってどこ?」
「引っ越しってなに?」
「王都は、王様がいる大きな街だよ。先生の知り合いが王都の教会に勤めているから、伝手を頼って、向こうで暮らそうと思います」
「みんなで王都へ行くの?」
「本物の王様がいるの?」
「じゃあ王子様もいるの?」
チビたちが口々に聞く中、年長組は複雑な表情で顔を見合わせた。
ノアとレオンの部屋に、シシーとヨハンが集まり、話し合いが持たれた。
「どうする?王都に行く?」
シシーが不安そうに3人に聞く。
「王都の知り合いを頼るって、そう簡単なことじゃないよな」
「きっと、今よりもっと大変なんじゃない?」
「そうだよね」
4人は黙って考え込む。
口火を切ったのは年長者のノアだった。
「なぁ、オレたちはここに残らないか?4人で住める部屋を見つけてさ」
「お金たりるかな」
「最近は結構依頼もこなせてるし、部屋代払って、飯食うぐらいならなんとかなるんじゃないか」
「そうね」
「じゃあ、俺たちはここに残る。ヴィンス先生に言おうぜ」
そうと決まって食堂へ戻ると、チビたちを寝かしつけ終わったヴィンスがテーブルに突っ伏していた。
「先生…」
そっと声をかけると、ヴィンスは顔を上げて笑顔を向ける。
「まだ起きていたの?ノア、レオン、チビたちを守ってくれたんだってね。顔を見せてごらん。腫れているじゃないか。タオルを持ってくるから待っていなさい」
ヴィンスは水で冷やしたタオルを二枚持ってきて、二人の殴られた跡に当てがった。
「先生、俺たち相談したんだ」
ノアが切り出すと、ヴィンスは笑顔を引っ込め真剣に向き合う。
「なんだい?」
「俺たち、ここに残ろうと思うんだ。王都に付いて行ったら、先生は大変だろ?俺たちも大きくなったし、ギルドの仕事もできるようになったし、この町でやって行こうと思うんだ」
ヴィンスは少し顔をしかめて、すぐには返事をしなかった。
4人はヴィンスの沈黙に気まずい思いをした。
「みんな、すまない。私の力不足でこんなことになってしまった」
そう言って、4人をいっぺんに抱きしめた。
「ごめんな」
ヴィンスにしがみついて、全員が泣いた。
こうして、レオンの子供時代は唐突に終わりを告げた。
チビたちが王都へ旅立つのを見送って、4人はさっそく部屋を探した。
軍資金はない。
顔見知りの宿屋を訪ねて、後払いで支払えないか交渉をする。
町一番の安い宿が、仕方ないね、と言って開いていた大部屋を貸してくれることになった。
四人は手を叩きあって喜んだ。
ギルドの依頼を受けては小銭を稼ぎ、部屋代と食事代に充てる。
収支はだいたいトントンだったので、その日暮らしをしていくことはできた。
しかしいつまでも貯蓄ができるような余裕ができず、装備を整えることも難しかった。
装備を整えなければもっと割の良い依頼を受けることができず、悪循環だった。
貧しいながらも四人でいれば支えあえたのだが、2年が過ぎたころ、変化がやってきた。
シシーが町はずれの農家の息子に見初められ、結婚を申し込まれたのだ。
シシーは12歳になっていた。
初めてレオンがであった頃より、ずっと背も伸び、体つきも丸く、女の子らしくなってきていた。
子供のころから一緒に暮らしていたので、シシーの容姿について無頓着だったが、町の人々からは孤児のくせにかわいらしいと評判がいいそうだ。
成人する16歳までは婚約という形で、農家に入り花嫁修業をしないかとの誘いだった。
農家にとっては、はやく仕事を覚えさせ手伝わせることができるうまい話だったが、この人たちは根っからの善人で、子供だけで生活しているシシーを不憫に思い、保護してやるつもりもあったのだ。
孤児というだけでまともな結婚なんかできないのが普通だった。
そう考えると、農家の長男に嫁入りすることは、シシーにとってはありがたい話だった。
二年間の冒険者稼業で、だんだん男の子たちとの体力差も出てきていて、限界を感じ始めていた矢先だったので、シシーはこの縁談を受けることにしたのだ。
ずっと一緒に育ってきたノアは、とてもショックを受けた。
異性として好いていたわけではない。
しかし、とても近しく、身を寄せ合って生きてきた仲間が、嫁いでいくことを受け入れがたく感じた。
納得がいかない、とふくれっ面でシシーと口をきかないでいるうちに、シシーは引っ越して行ってしまった。
少し寂しかったが、レオンはシシーの幸せを願って笑顔で送り出した。