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第24話 伯爵の後悔

 ハリソンは父がすべて処分を進めていたことに驚いた。


 エヴァを庇って減刑するのではないかと思っていたのだが、予想に反して重い処罰を与えていたことに安堵した。


「ハリソン、この度の働きは立派であった。私がふがいないばかりに迷惑をかけたな」

「父様、伯爵家の私兵を勝手に動かしました。お許しください」

「許す」


 伯爵は、もう家人が自分よりもハリソンを頼りにし、当主と認めていることを感じていた。


 そこまで育った息子を誇らしく思い、事業を早めに引き継いで、自分は身を引こうと考えていた。


 ハリソンは、もう立派な当主としてやっていけるだろう。


 それから伯爵は、アリステルを見やった。


 アリステルもいつの間にか大人に近づいている。


 背も高くなり、ほっそりしていた体も、記憶よりもふくよかになった。


 なにより、亡き妻の生き写しのように似ており、美しく育った。


「アリステル、こちらにおいで」

「はい」


 アリステルは父の手前で立ち止まり、きれいなお辞儀をした。


「お父様、お久しぶりでございます」

「そんな礼などやめてくれ。アリステル、すまなかった。私はエヴァの言葉を信じて、お前のことを知ろうともしなかった。それにお前を除籍にまでしてしまった。すぐにでも除籍処分を取り消すよう手続きをする」


 父に謝られて、アリステルは困ったように笑った。


 思い返せば、父に何の恨みも抱いていなかったのだ。


 父はほとんど家になどいなかったし、エヴァに虐げられても助けてくれるなど期待もしなかった。


 会いたいと願ったのも、兄だけ。


 だから、父に対して思うことはなかった。


「もういいのです、お父様。わたくしもお父様に助けを求めませんでした。言っても信じてもらえないと思っていたのです。わたくしがお父様を信じられなかったのですわ」


 そう聞いて父親がさらに深く沈んだことには気が付かず、アリステルはほほ笑んだ。


 ハリソンはひそかに父親に同情した。


「お父様、わたくしを伯爵家に戻すというお話、お断りさせてください」

「なんだと!」


 アリステルの言葉は伯爵にもハリソンにも思いもかけないことで驚いた。


「何を言ってるんだ、アリス。お前はれっきとした伯爵令嬢なんだ。除籍なんて、そんな」

「お兄様、ありがとうございます」


 アリステルはにこりと笑って、兄を見て、続いて父を見た。


「でも、わたくしが伯爵令嬢に戻っても、家のために何の役にもたちません」

「役に立たなくてもいい。私がいい結婚相手をみつけてきてやる。貴族として生きることが、お前の幸せだ」


 アリステルは首を横に振る。


「いいえ、お父様。わたくしは、伯爵令嬢であったときは何も知らず、何もできず、役に立たない存在でした。伯爵令嬢でなくなった時、はじめ自分の力だけで生活をすることができませんでした。でも多くのみなさんに出会い、たくさんのことを教えられ、救われながら、お金を稼いでお買い物ができるようになりました。自分で働いてお金を稼いだこと、わたくしはとても嬉しかったのです。いまのわたくしは、幸せなのです」


 父はアリステルの成長を感じ、時の流れを感じずにはいられなかった。


 妻が若くして病気で亡くなったときに、まだ幼く、母のなきがらに縋り付いて泣いていたアリステルを思い出す。


 妻を亡くした悲しみから、自分自身が立ち直れず、後妻を新しい母親役にあてがって家庭から目をそらし続けた。


 その間に息子も、娘も、自分の手から離れ、立派な大人になったのだ。


「それに、わたくしは自分でみつけた人と結婚します」


 そう言って、アリステルはレオンを見た。


 レオンもアリステルを見ていた。


 二人は視線が合い、にこりとほほ笑みあう。


 伯爵はすぐさまに事情を察し、ぎろりとレオンを睨みつける。


「お前は何者だ」


 レオンは物おじせず一歩前へ出ると、伯爵に丁寧にお辞儀をした。


「俺は冒険者レオンだ」

「魔の森で魔獣に襲われたときに、レオンさんが助けてくれたのですわ」

「そうか…。アリスの命を救ってくれたことには礼を言おう。しかし、冒険者などに娘をくれてやることはできない」

「お父様!なんてことをおっしゃるの?!わたくしは、もうあなたの娘ではありません!」


 アリステルは人生で初めて、理性がはじけ飛んだ。


 レオンの前に両手を広げて立ちはだかり、伯爵を精一杯睨みつけた。


「わたくしを娘ではないと捨てたのはお父様ですわ!わたくしがだれを愛し、だれと共に生きようと、あなたにとやかく言われる筋合いはございません!」

「アリステル…」


 伯爵は娘に睨まれ、力なくうなだれた。


 アリステルの言う通りだ。


 その時、アリステルを後ろから軽く抱きしめ、レオンが言った。


「落ち着け」

 

 それだけで、アリステルは我を取り戻し、レオンに向き直るとその胸に顔をうずめた。


「伯爵様、俺はしがない冒険者だが、アリスのことを心から愛している。冒険者がダメだと言うなら、他の仕事をしたっていい。何者からもアリスを守ると誓おう。必ずアリスを幸せにする。どうかアリスと共に生きる許可をいただきたい」

「アリステルが幸せなら、それでいい…」


 伯爵は力なく頷いた。

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