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第17話 キール・クロウリー

 ヴァンダーウォール伯爵家の私兵キール・クロウリーは、伯爵家の長男ハリソン・ヴァンダーウォールの命令で、16歳の長女、アリステルを探していた。


 キールがヴァンダーウォール家の私兵として雇われて3年、アリステルに会ったことが一度もなかった。


 別棟に引きこもっている長女がいるらしいという噂だけは聞いたことがあった。


 アリステルの捜索に駆り出されている私兵のほとんどは、アリステルの顔を知らないので、捜索のためにたくさん作られた絵姿が配られた。


 絵姿のアリステルは、優しくほほ笑む、まだほんの子供であった。


(こんな子供がなんだって家出なんか?)


 継母に虐げられ、魔の森に捨てられたという事実は、捜索に当たる者にも秘密にされていた。


(どこかで魔獣に襲われて死んだか、人さらいに連れて行かれて売られちまったか)


 どうせ見つかりっこないと考えていた。


 しかし、職務には真面目なので、その日も絵姿を持って捜索していた。


(お、でかい川があるな。国境の大河か。一応見ておくか)


 ほんの軽い気持ちで川べりへとやって来たキールは、ほどなくして岸に這いあがるようにして倒れている男を発見する。


 魔獣と峡谷に落ちたレオンである。


(なんだ、男かよ…)


 キールはレオンを水から引き揚げ、まじまじと観察する。


 整った顔立ちをしているが、血の気を失い真っ白になっている。


 額に岩で切れたような傷があるくらいで、大きなケガはしていないようだ。


 一般的な冒険者が身に着ける皮の胸当てと胴着、脛当てを付けている。


 手首に黒い石で作られたブレスレットが巻かれている以外には装飾品はない。



 キールはレオンを肩に担いで、ひとまず拠点としている宿屋に連れて行く。


 揉め事はやめておくれよ、と宿屋のおかみさんに言われたが、金を多めに渡せば黙った。


 レオンは三日三晩高熱でうなされた。


 キールは薬屋で買ってきた熱さましを水で溶いて布に含ませ、乾いた唇を開かせ布を絞り飲ませる。


 翌日の朝には、すっかり熱が下がり、呼吸が楽になったレオンが目を覚ました。


「気分はどうだ?」


 キールの問いかけに、レオンは視線だけをキールに向けた。


 見知らぬ男であったが、どうやら看病されていたらしいことは、すぐにわかった。


「・・・ここはどこだ」

「気分はいいようだな。ここはベリーの町だ」

「ベリー?」

「ああ、スコルトの」

「スコルト?」


 レオンは自分がベリーという町の名も、スコルトという名も聞き覚えがないことに気が付いた。


 遠い異国の町にいるのか?


「ベリーの町の小さな宿屋だ。お前さんが川のほとりで倒れているのを助けてここに連れてきたんだが。どうしてあんなところで倒れていたんだ?」

「川?倒れていた?」


 レオンにはまったく心当たりがなかった。


「なんだよ、覚えてないのか?頭でも打ったのか?まあ、いい。俺はキール。あんたは?」


 名を聞かれて、レオンは自分の名前もわからないことに気が付いた。


「わからない」

「はぁ?名前もわからない?おいおい・・・」


 キールは思った以上のお荷物を拾ってしまったかもしれない、と頭を抱えた。


 しかし、悩んでも仕方ない。


 とにかく飯を食わせ、元気になったらどこへなりとも行ってくれればいい。


 それから二日は、レオンは大人しく養生に努めたが、あっという間に体調は回復し、床に就いている方が苦痛になってきた。


 キールは早朝、宿屋を出て行って鍛錬をしていた。


 その後戻って来て朝食を取ると、人探しの仕事へと出かけ夜に戻ってくる。


 レオンは朝の鍛錬に、付き合わせて欲しいと申し出て、キールとともに素振りをしたり、剣を打ち合わせたりした。


(この男、強い!)


 キールは、レオンの身のこなしが、ただ者ではないことに早々に気が付いた。


 口数は多くないが、人柄も悪くない。


 ヴァンダーウォール家の私兵団に入れてはどうか、と思うようになった。


 一方、レオンは自分を持て余していた。


 自分が何者かわからないことは、足場を失ったような、言い知れぬ不安をもたらす。


「なぁ、俺の職場で一緒に働かないか?」


 キールがそう誘ったとき、レオンはすぐに返答できなかった。


 キールはナバランドの伯爵家に仕える私兵だという。


 ヴァンダーウォール伯爵はほとんど王都のタウンハウスにいて、領地の屋敷には伯爵の息子、義理の母親と妹が住んでいる。


 この家族が出かける際の護衛をしたり、街中でのいさかいの仲裁をしたり、魔の森から魔獣が現れた際の討伐を行ったりしているらしい。


「あんたなら腕も立つし、見かけもいいから、奥様の護衛にもいいと思うんだ。どうせ行く当てもないんだろ?」

「行く当てはないが。もしかしたら、俺は誰かに忠誠を誓っているかもしれない。記憶がないとは言え、裏切るようなことになっては困る」

「忠誠を誓った相手がいるのか?」

「いや、わからない」

「いないかもしれない」

「それはそうだが」


 レオンは無意識に左腕のブレストレットを触った。


 それを見て、キールはやや首を傾げた。


(ふーん?たしかに忠誠を誓った相手がいるのかもな?)


「ヴァンダーウォール家に忠誠を誓わなければいいじゃないか」

「なに?忠誠を誓わずに雇われることなんかないだろ」

「おれ、誓ってないな、たぶん」


 書類上、ヴァンダーウォール家の私兵として雇われた際に、命令に背かないことを誓う宣誓書にサインしているのだが、心情的に忠誠を誓ったつもりはない。

 

「雇われている間は命令には従うよ。それでいいじゃないか。いいだろ?よし、決まりだ。隊長に話してみよう」


 レオンはまだ躊躇していた。


「このように名前もわからない者など、信用されないだろう」

「じゃあ、名前をつけよっか」


 そう言って、キールは簡単に名付けた。


 何も覚えていないから、ゼロと。

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