第12話 レオンの子供時代
アリステルが気が付いたとき、小さな狭いテントの中だった。
カンテラが灯され、テント内を照らしており、天幕にゆらゆらと影が映っている。
夜なのだろう。
「気が付いたか?」
優しい声がかかり、声の方へ顔を向けると、かつて森で命を助けられた恩人、冒険者レオンがそこにいた。
アリステルは言葉もなく、呆けてレオンを見つめた。
「俺がわかるか?忘れてしまっただろうか」
「・・・レオンさん。どうして?ここは?」
アリステルの声がかすれていたので、レオンは水の入った水差しで水を飲ませてやりながら答えた。
「お前の馬車が襲われていた所にたまたま通りがかったのだ。危ないところだったな」
気を失う寸前に男のうめき声を聞いたような気がしたのは、レオンが後頭部を殴りつけたせいだったようだ。
本当に危機一髪の所を助け出されたのだと実感し、また体が震えた。
「怖かったな。もう大丈夫だ。俺がいる」
そう言って、レオンはアリステルの手を握った。
レオンの温かい手が触れただけで、胸に安堵が押し寄せる。
この大きい手に、また助けられたのだ。
「あのような時間に王都を出るなど、一体何があったんだ?」
アリステルは、ジェイコブの失踪、マルグリットの陰謀、そして馬車での逃走を語った。
「ジェイコブと言う男は、アリスと恋仲なのか?」
レオンがやや聞きにくそうに言う。
「いいえ、とんでもないです。二人きりで話をしたこともございませんの」
「なぜその婚約者の女はお前を狙う?」
「わかりませんけれども…。町へ行ったときに、ジェイコブさんがこのリボンをわたくしとリリーに買ってくださいました。それを見ていて、気にいらなかったのかもしれません」
たったそれだけのことでも、このようなひどい仕打ちをしてくる者たちがいることを、レオンは嫌と言うほど知っていた。
世の中には、腐った連中が五万といるのだ。
特に貴族は、平民に何をしても罰せられることがなく、暇つぶしに虐げる奴だっているのだ。
レオンはアリスの散バラに切られてしまった髪に触れた。
「俺が整えてやろう」
ナイフを懐から出すと、器用に髪を切り揃えた。
髪の長さは肩の辺りまでになってしまった。
短くなったブロンドの髪は、重さを失ってゆるくカールしている。
感情を無くしたように無表情に身をゆだねるアリステルが、不憫でならなかった。
「休ませてやりたいところだが、また狙ってくる奴がいるかもしれない。少し場所を移したいが、大丈夫そうか?」
アリステルは、黙ってこくんと頷いた。
レオンは手早く荷物をまとめると、馬にアリステルを抱えて乗せ、自分はアリステルの後ろにサッと飛び乗る。
アリステルを自分の方に向かせ、抱き着くように掴まらせると、馬を走らせた。
レオンの胸に頬を当て、レオンの鼓動を聞いていた。
揺れが激しく、ただ黙ってレオンにしがみついていることしかできない。
どのくらい走らせたのか、しばらく行くと馬を止め、二人は馬から降りた。
「今日はここで休もう。野営の準備をするから待っていてくれ。馬に水をやってくれるか」
「やってみますわ」
馬の世話などしたことはなかったが、魔の森から助けられたあの時に、キャラバンと行動を共にして、水のやり方くらいは見て知っていた。
アリステルは馬の顔を優しくなでた。
「乗せてくれてありがとう。重かったでしょう?」
馬はぶるぶるとっ首を振って、アリステルに顔を寄せた。
「まあ、優しいわね。さぁ、お水を飲んでね」
馬とアリステルのやり取りを聞いていたレオンは、微笑ましく思いフッと笑った。
レオンが作業を続けている傍らで、アリステルは敷物に座り、ぼんやりとレオンの動きを目で追った。
「レオンさんは、髪を切るのがお上手なのですね」
「ああ、ガキの頃、孤児院でみんなの髪を切ってやってたんだ。俺が一番器用だったから」
子供のころの話をするのは、レオンにしては珍しいことだった。
いつでも周囲を警戒している厳しい目も、幾分和らいでいるように見えた。
孤児院にいたと言えば、辛かっただろう、大変だったろう、と寄り添う素振りを見せる者や、あからさまに下に見てくる奴らがたくさんいた。
孤児院にいたのは6歳から8歳までの3年間だけだったが、思い返すと、愛してくれる大人がいて、身を寄せ合う仲間がいて、レオンにとっては幸せな時間であった。
苦労したのは孤児院を出てからだ。ようやく冒険者としてやっていけるようになるまでは、散々な目にあってきた。
「孤児院…。レオンさんも、親がいないのね」
アリステルの声はとてもやさしく響いた。
「ああ、俺の父は軍人だった。小さい頃は俺も父のような軍人になり、国を守るのだと、剣の稽古をつけてもらったものだ。俺が6歳のころ、魔獣の討伐隊に任命され、行った先で命を落とした。仲間の隊員をかばってやられたと聞いた。母は俺を女手一つで育てようと必死に働いてくれたが、すぐに体を壊して、あっけなく死んでしまった」
淡々と語りながら、テントを張る作業の手は止めない。
「そうでしたの…。悲しかったでしょうね」
レオンは親を亡くした時に、素直に悲しいと嘆いている暇などなかった。泣いていても腹は満たされない。
母が亡くなってからは裏町でごみをあさって食べ物を探した。
雑草を引っこ抜いて食べたこともある。水たまりをすすって飢えをしのいだことさえあった。
ついに行き倒れて死ぬ寸前のところを拾われ、孤児院に入ったのだ。