愛と金
若かりし頃のジョージには恋人がいた。当時、彼は貧乏人だったが、それでも女と上手くやっていけると信じていた。
「幸せはお金じゃないはずだ。俺にはあまりお金はないけれど、一緒に幸せを見つけていこう……カレン」
そう告げた彼が取り出したものは、結婚指輪だった。その指輪を一つ買うまでにジョージが辿ってきた道は、険しいものであったに違いない。
「はい……喜んで!」
カレンは彼のプロポーズに心を動かされた。こうして二人は式を挙げ、婚姻を結んだのである。
しかし現実は甘くなかった。ジョージの経済力の無さが災いし、夫婦仲は次第に悪くなっていった。
「近所のマリーさんに子供が出来たらしいわ。私たちもそろそろ、子供が欲しいと思わない?」
カレンはたびたび、子供を持ちたいと迫った。
「ダメだ……俺たちにそんな金はない」
ジョージの答えは、決まってこうだった。二人は子供を持つことを諦め、息の詰まるような節約生活を送り続けた。
それはある日、ジョージが職場から帰宅した時のことだった。
「いい加減にしてよ!」
仕事を終えて疲れていた彼を出迎えたのは、最愛の妻の怒号であった。
「お……俺が一体、何を……」
「貴方のせいで恥を掻いてばかりよ! 今日も友達と話していたんだけど、皆旅行とか行ってて、ペットを飼ってる人もいて、夫が高学歴の人もいて……何より皆、子供がいるの! 私だけ……私だけ何も誇れるものがないの!」
「カレン……ごめんな。俺、もっと頑張るから……」
自分の財力の無さにより、最愛の人が肩身の狭い想いをしていた――――その事実は、ジョージの焦燥感を駆り立てた。
それからジョージは無理な残業を繰り返し、少しでも給料を増やそうと試みていった。その一方で、カレンは図書館で一人の男と出会い、同じ作家を好んでいることで意気投合していた。こともあろうに、男は御曹司だった。財力にコンプレックスを抱いていたカレンは、すぐに彼の虜となった。
例の男は、すぐに彼女の愛人となった。ジョージの心身が疲弊していた一方で、二人は何度も肌を重ねていたという。やがて、御曹司は何人ものダンサーを雇い、フラッシュモブによるプロポーズを実行した。彼の財力と人間性に惹かれたカレンには、もうジョージに対する愛情などなかった。
ジョージが彼女と離婚するまでに、そう時間はかからなかった。元より度重なる残業で疲弊していた彼は、この一件をもって精神を病んでしまった。彼は退職し、しばらくは独身の生活保護受給者として生きていった。そんな経緯を経て「金こそが全て」と考えるようになった彼は、数年後に起業した。その時に生まれた会社がパナシア製薬である。それは奇跡か運命か、ジョージは成功者となった。
それ以来、彼のもとにはたくさんの女がすり寄ってくるようになった。カレンのことを忘れたいと考えていたジョージは、女遊びにのめり込んだ。財力があるだけで、彼の人生は大きく変わった。彼はまさに、全てを手に入れたと言っても過言ではないだろう。
あれから約二十年後、ジョージは秘書と共に酒を飲んでいた。
「金で手に入らないものはない! 金だ! 金だけが、人の心を救えるんだ!」
「落ち着いてください社長。もうわかりましたから……」
「もっとだ……もっと金を手に入れるんだ。金は裏切らない。金はいつだって俺の心を潤してくれるんだぁ……」
「はぁ……まったく……」
彼の金に対する執着も、ここまでくるともはや異様であると言えよう。彼は自分とカレンの写った写真を取り出し、その端にライターで火を点けた。
「カレン……俺はお前が嫌いだよ。だけど、金の価値を教えてくれたことには感謝する」
この日を境に、彼のマッチポンプ商法が始まった。