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転生者は理解されない

作者: aqri

記憶を持ったまま異世界に転生した、自分の人生を生まれ直した、ゲームや漫画キャラに転生した。


 これらの共通点は「ある程度先の展開を知っている」「異世界の常識を自分の日本の常識でねじまげて解決する」「なんかすごい能力を持っていて困難も楽に解決する」要は、主人公があまり苦労せず無双して見ていてスカっとしたりすっきり安心して見られるという事だ。

そんな都合よく上手くいくはずがない。


松葉花梨、16歳。花の女子高生である。

花梨は物心ついた時から一人の人生の記憶があった。だから、その常識に沿って生きてきた。


 しかし、それで物事がうまく行った事は一度もない。当然だ、自分の常識に当てはまらない言動というのは目からウロコ、と受け止める者はいない。受け止めたら、その人も変人という認識で終わるのだ。花梨と、母もそうだった。

結論から言えば、異世界の常識はこの世界で非常識で、どう頑張ってもそれを他人が受け入れるなどあり得ないという事だ。

花梨が自分でご飯を食べられるようになった頃、決まって花梨はとある行動をしていた。

 自分の食器を持ち、意味不明な言葉を叫びながら家の中を一周する。最後に意味不明な事を叫び、ものすごい勢いで食べ始める。手づかみで食べるのは幼児には仕方ない事だが、花梨が食器を使って食事をするのを覚えたのは小学校に上がってからだった。

 花梨は普通の事をしただけだ。自分の記憶ではそれが当たり前だった。父に何度も注意をされた。そうじゃない、そんなことはしてはいけない、座って食べなさい、スプーンを使いなさい。その都度反論した。


「お前は何を言っているんだ」


 当時3歳だ。父は気味の悪い物を見る目で見た後、ため息をついて注意をやめる。母が何故その行動をするのか聞けば、花梨は答える。


「精霊どもに、これは私のメシだからお前らにはやらないと意思表示をしないといけない。食われる。これは私の物だ、あいつらのものじゃない。示しておかないと何をされてもいいということになる」


 ここには精霊はいないから大丈夫、という母の言葉を信じるのに4年かかった。

 その後も花梨は自分の常識に沿って行動した。幼稚園でも小学校でも誰にも理解されなかったが。母は常に幼稚園に、学校に呼び出しをされどういう教育をしているのかと詰め寄られていた。

 最初住んでいた地域の小学校からは入学を拒否された。入学条件は障がい者としての手続きをすること、常に学校からの連絡は対応すること、保護者が送り迎えをする事。要は入学させないための予防線である。

 花梨の幼稚園での奇行が他の保護者を通じて小学校にまでいったのだ。あんな頭のおかしい子を入学させるな、他の児童への影響が悪すぎる、何かあったら誰が責任を取るんだと保護者数人が直談判したそうだ。花梨は他人に対して敵意むき出しで攻撃的な性格だった為だ。

 結局その小学校には入学せず引っ越して私立に入学した。一般家庭の私立入学は金銭面で負担となり、夫婦共働きでやっと生活できる状態だったのを後で知る。


 そんな中、両親は離婚をすることになる。花梨が8歳の時だ。原因は言うまでもなく花梨だった。

 父は花梨を理解できなかった。子育てに悩み、鬱のような症状になった時に母が離婚を提案した。父は父なりに花梨を愛そうとしたのだ。不倫をしたわけでも、家庭内暴力があったわけでもない。

 父が悪いことなど何もなかっただけに、父は離婚を受け入れられなかった。妻に見捨てられたと思ったのかもしれない。というより、まっとうな人間である自分より奇怪な行動をする娘を選んだという事実を受け入れることができなかったのだろう。

 それが原因で何日も父は母を責め立てた。穏やかな性格だった父からは考えられないほど感情的に。

そしてとうとう父の口から「そんな頭がおかしい奴を何で育てようと思うんだ、施設に預ければいいだろ!」という言葉を聞いた母が初めて、静かに言い放った。


「だって、貴方全然幸せそうじゃないもの。どれだけこの子と離れても思い出は一生ついてまわるものよ。この先一生自分の人生犠牲にするつもりなの?」


 その言葉に父は何も言い返せず泣いていた。父はすでに花梨を見向きもしなくなっていた。離婚は成立し、母は父に自分たちに会わないように言った。お互い連絡をしない、養育費の支払いも受け取らない、とにかく一切かかわらないようにして忘れてくれ、と言った。


「貴方は誰とも結婚してない、子供もいない。次、誰かと幸せになりたい人が出来た時だけバツイチだ、とだけ伝えてね」


 それが、彼の為だったからだ。

 母の言葉に父は無言だった。家を出る時一度だけ父が花梨を見た。夏場のゴミ捨て場で生ごみを食い漁るカラスでも見るかのようなひどい目で睨まられた。


 離婚し養育費を拒否したことで母の忙しさは倍となった。昼は働き夜も働き、家では副業をこなす。家事は花梨が徐々に覚え家の事は花梨がやるようになった。母は常に忙しそうで、花梨より遅くまで起きているのに花梨が起きるとすでに出社している。

 そこから花梨は嘘をついて生きることにした。この世界の常識に合わせ、自分の常識を覆い隠す。そう、サナギになろうと決めた。羽化しない、ずっと身を守り続ける何もしない存在。


「サナギの中ってどうなってるか知ってる? どろどろに溶けてるんだって! キモチワルイよね!」


クラスメイトが理科の授業が終わった後そんな会話をしていた。キモチワルイ。本当にそうだなと思う。


 この国の人間は実に平和だ。いきなり理由なく死んだりしない。 花梨の知っている世界は、目のまで一緒にご飯を食べている人間が、すぐ近くを通った人間が、食べ物を売っている人間が、生まれたばかりの人間が、ただそこに存在するだけでいきなり死ぬのは当たり前だった。理不尽、という言葉がこの世に存在することに驚いたくらいだ。

 自分の納得できないことは受け入れないという考えは不思議だった。自分の人生を、自分でコントロールできると信じている事が理解できなかった。

 相手の話を聞き入れるのは自分の人生に何ら影響も変化も与えない一番無意味な事で、自分の意見を言おうものなら侮辱されたとみなされ殺されるのが当たり前だった。


 そんな中母に苦労をかけないようにすることが、花梨がこの世界で生きることの第一歩だった。受け入れがたい互いの常識を、母は当たり前のように受け止めてくれたからだ。

 無論、無条件ですべて受け入れていたわけではないと思う。呼び出されるたび、お前の子供はおかしいと言われるたび、お前がおかしいと言われていたのと同じだ。成長するにつれそれがだんだんわかって来る。

 母は凄い人だ、親だという事を差し引いても尊敬できる。先日も母を馬鹿にしたクラスメイトにグーパンしてしまったくらいだ。

 だからこそ、嘘をついて生きていることが苦しくなってきた。自分の常識と世界の常識の違いに苦しみ続けた。そんな時、ふと思い出したのだ。母が父に言ったあの言葉。


「だって、貴方全然幸せそうじゃないもの。思い出は一生ついてまわるものよ」


ああ、そうだ。全然幸せじゃない。無理をしている。辛い。

 17歳の誕生日、とうとう転機を迎えた。今まで曖昧だった記憶がすべて蘇ったのだ。今までは断片的だったが、あの日。「あちら」で17歳になったあの日死んだ自分。こちらで17歳になったら思い出してしまった。


もう、隠すことができなくなった。何故なら、理不尽に相手を殺す術も同時に目覚めたからだ。


 前世、と呼ぶべきものの能力。誰かを殺して魔法を発動させる力。命の数だけ魔力が強くなる。今まで花梨が殺してきたのは血を吸っていた蚊や歩いていて気づかず踏み潰した蟻など虫くらいだったが、それでも人ひとり消すくらいの力がたまっていた。


 もう無理だ。この力は適度にガス抜きのように一定数使わないと自分でもコントロールできなくなる。母を殺してしまうかもしれない。花梨は泣いた。

パートから帰った母が花梨を見て目を丸くした。どうしたの、と聞かれ。とうとうすべてを話すことにした。

 頭がおかしいと思われた方がマシだ。たぶん母は自分の言うことを信じてくれる。そして受け入れてくれる。それではだめなのだ、親しい人の魂程強力な力を得ることになる。すべてを伝えたら、家を出よう。母が父と別れたように、自分も母と別れる時が来たのだ。母は自分の事を忘れていきるべきなのだ、あの時の父のように。そう決心した。


「そう、そう言う事だったのね。話してくれてありがとう花梨」


 母はいつもお礼を言う。感謝してくれる。そんな母を心から尊敬していた、そしてこれからも。

さようなら、を言おうとしたが声がつっかえて出てこない。否、これは自ら拒否しているのだ。言いたくないのだ、別れの言葉を。


「花梨、よく聞いて。私も話しておきたいことがあるの」

「……え?」


 母の唐突な言葉に花梨は目を丸くする。この話をすんなり聞いて、落ち着いている母。とてつもなく嫌な予感がした。今まで見たことがないくらい母の表情は真剣だ。

 まさか。まさか、母も同じ転生者なのではないか。だから、自分を受け入れられたのではないか。

 いや、何でもいい。母が例え自分の敵だったとしても、自分を育てたのが自分を犠牲の糧にしようとしていたとしても、転生云々は関係なくて自分といることが本当はとてつもなく辛かったのだとしても、父との離婚を恨んでいるのだとしても。

 何でもいい、受け入れる。母を愛しているのだ。例え。


「実はね、お母さん、昔同人活動しててね」


 そう、例え母がオタクだったとしても。

 ……あれ? と首を傾げた。


「はい?」

「若いころ結構売れてたんだけど、花梨がお腹にできて引退しちゃってね。でも反動のせいかその時遅れてやってきた厨二病が凄くて。もしかして、花梨が普通の子と違うのは私の黒歴史が血肉になっちゃったんじゃないかって思ってたの」


 そんなわけあるかいな。


「まあでも、ちゃんと理由があるなら安心した。あーすっきりした」

「お母さん、私はモヤっとしたよ」

「いいのいいの、そういうもんよ人生なんて」


 朗らかに笑っていた母は再び真剣な顔で花梨と向き合った。


「花梨、もう一つ話しておきたいことがあるの」


 わずかに緊張する。今度は何だろう、さっきみたいに気が抜ける展開であることを祈るばかりだ。


「実は掛け持ちのパートの中にゲーム会社があってね。花梨の言動が結構不思議だったから、原案にどうですかって提案したら通ったわけよ」


 自分の過去と思われる話を、ゲームの世界観にどうかと考えた母に驚きと、ほんの少し。

 少しだけ、殺意を抱いた。

 あんなに苦しんだものを、お気楽に捉えられたのか。苦しんでいたのに、こんなのどうですか、なんて娯楽として提供するのか。その程度のものか、自分の苦しみは。その程度なのか、母にとっては。

 そしてすぐにそんな自分に嫌悪と吐き気がする。「この世界」で間違っている、常識じゃないのは自分の方なのに。それを自分の子供として世話をせざるを得なかった母。

 母とてすべてを受け入れていたわけではないはずだ。何でうちの子はこうなんだろう、と常に思っていたはずだ、先ほどの言葉にそれが十分現れている。それを苦労して、自分に言い聞かせて、もしかしてこれ見ようによっては面白いのではないかとさえ考えたことの何が悪いのか。

 母は悪くない。でも、自分だって悪くないはずだ。


「で、本当は社外秘なんだけどキャラのデザインこっそり画像とってきたんだけどね」

「コンプライアンスとは」

「ブラック企業だからコンプライアンスなんて鼻かんだティッシュと同じだから大丈夫。とにかく、花梨をモデルにしたキャラがこれ。どう?」


 スマホを見せられた。

 言いたいことはたくさんあった。どう考えても、やはり自分の苦しみをゲーム原案にしたのは許せなかった。先ほどまでのしんみりした空気は自分にはない。

 それは嫌だ、やめて、何でそんなことをするのかと母に言ってやりたかった。自分だけが被害者面の、悲劇のヒロインぶっている事にも虫唾が走る。自分以上に母が一番苦労したはずなのに。

 相反する考えが真っ向から対立し、頭がパンパンの状態でキャラを見せられて頭に血が上った。言ってはいけない事を、叫んでいた。

 花梨は学校の教室から外を眺めていた。昼休みで教室は騒がしい、くだらない話題で皆盛り上がっている。


「ねえ、(とばり)

「なに」


 隣の席である帷翡翠。別に友達ではない、というより同じクラスになって初めてしゃべったかもしれない、2年になってもう半年経つというのに。帷は一匹狼タイプで友人はおらず、いつも一人でいる。花梨もそうなのだが。


「取り返しがつかない、言っちゃいけない一言を言っちゃって後悔したことってある?」

「ない。私他人とほぼ会話しない」

「そっか」

「何があったのか知らないけど。取返しつかないなら諦めて忘れるしかないんじゃない」


 実に正論だ。無駄な励ましやその場だけの取り繕った雰囲気づくりなどせず、心理だけをついて来る翡翠の言い分には共感と好感が持てた。


「まあ、そうだよね。時間は巻き戻んないもんね」


 悲しげに笑う花梨に何か思う事でもあったのか、翡翠は無言のままチョコを差し出した。甘い物食べて忘れろ、と言いたいらしい。

 チョコを食べながら思う。あの時、なんであんなこと言っちゃったのかなあ。後悔ばかり募る。



(オレ)はもっと美しい!!」




 その言葉にキャラデザは見直され発売された乙女ゲーム「サクリファイス」は、誰かの犠牲のもとに力を得るという斬新なコンセプトと、剣や魔法を使うダークファンタジーで女子の間で爆発的なヒットとなったのだった。

 花梨がモデルとなった隠しキャラ「アーク」は特に人気で熱狂的な信者までいる。


 あちらの世界では生まれた時から苦しめられ続けた犠牲の能力、それをすべて受け入れていた生き様が、


「こいつマジめんどくさいけどなんかハマる」

「ややこしいけどなんやかんやで見守りたくなる」

「近寄りがたい陰キャだけどそれが良い」

「眺めてたい、近寄りたくはないけど」


と、褒められてるようで実質ボコボコにけなされ、


「神棚に納めた」

「マジ沼」

「ここに墓をたてよう」

「尊い……」


と、涙を流して喜ばれる日が来ようとは、夢にも思ってなかった。

 乙女ゲー異例のヒット、サクリファイス2の制作決定! のネットニュース記事を眺めながら花梨は一人黄昏る。

 やはり異世界の常識はこの世界で非常識で、逆にこの世界の常識は異世界では非常識だ。今日も花梨は、溜まった力、命を狩る魔法を使う。

 口うるさいわりにダジャレがクソつまらない教師の毛根一本ずつに使い殺していく。

あの時は、この力の使い方を毛根に使おうなんて思わなかったからな……


常識(ひじょうしき)にのっとると、こんな事さえ思いつくようになる。


非常識(あたりまえ)にも、ほどがある。



END






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