チート×2〜マシュマロな君を手に入れるまで〜
突然だけど、僕は、マシュマロが大好きだ。
あの白くて、フワフワとしていて、口の中でシュワシュワと溶ける感じが大好きだ。
ジーッと遠くに並べられたお菓子達を見つめて、現実逃避しているのは、今、この状況が、僕にとって非常に居心地が悪いからに他ならない。
今日は、王太子の婚約者候補が集められたパーティー。
綺麗に着飾った女の子達が、ウフフとかオホホとか言いながら、全く笑っていない獲物を狙う獣のような目で僕を見てくる。
そう、僕が、その王太子だ。
一人一人、女の子が、挨拶をしては周りに侍っていく。
席に戻ればいいのに。
人垣に囲まれて、ビュッフェテーブルが見えなくなってきた。
僕は、マシュマロを並べて作られた『welcome』の文字が、視界から消えていくのを悲しく感じた。
「マシュー殿下、この前の剣術大会の優勝おめでとうございます」
一人が言うと、周りから、おめでとうございますコールが湧く。
五月蝿いから、もう少し静かに喋って。
「ありがとう。(出来レースだけどね)」
僕の心の声が聞こえる人は、居るだろうか?
王太子に、本気で挑む馬鹿はいない。
上手く、手を抜いていないように見せつつ負けるのが、未来の従者への近道だとでも思っているんだろうか?
これなら、まだ、近衛隊のキックトック隊長の方が分かりやすくて良い。
五十手前の彼は、ボッコボッコのギッタンギッタンに十二歳の僕を叩きのめした後で、高らかに笑うのだ。
あ、決して、痛ぶられるのを喜ぶ性癖じゃない。
そこは、重要だから、重ねて否定させてもらう。
気を使う気持ちも、加減の難しさも、わかっているつもりだ。
だけど、手加減される側の気持ちも分かってもらえると嬉しい。
姉上に相談したら、巷で流行っていると言う恋愛小説を貸してくれた。
僕と同じような悩みを持つ王子が、天真爛漫な平民の女の子に恋をするお話だ。
途中まで読んで、馬鹿馬鹿しくて返した。
礼儀も作法もなってなくて、しかも膝上丈のスカートだって?
破廉恥以外の何者でもない。
それは、そう言う職業の女性が着るもんじゃないのか?
自分の妻となる女性が、汚い言葉を吐きながら、脹脛を恥ずかしげもなく見せて歩くなんて、許せる男がいるのだろうか?
姉上は、『石頭ねぇ』と言うけれど、僕の理解を超えた世界だった。
それなのに、学園に入ると、小説の中のような少女が寄ってきた。
一人や二じゃない。
本に感化されているのは分かったけど、輿入れ先がなくなるだろうなぁと哀れに思った。
ふぅ、マシュマロが、見えなくなってしまった。
切なくなって視線を下ろすと、そこに、マシュマロで出来たお姫様がいた。
「はじめまして、グレー公爵家のフラン・グレーと申します」
綺麗なお姉様方の隙間から、ペコリと頭を下げると、そのまま押しつぶされて後方へ転がった。
アイテテテテテ
でも、これで一応、王子様へのご挨拶も終わったし、帰るとしましょう。
ポムポムと変な足音を立てるのは、決して私のせいじゃない。
私のポヨンポヨンボディーをこよなく愛するお母様とメイド長が悪ふざけ、もとい、渾身の仕掛けを施して、歩くたびに音がする靴を開発してしまったのだ。
十歳なのに低身長な私。
迷子防止よと言われれば、仰せのままにと履くしかない。
ポムポムポムポムポムポムポムポム
五月蝿いわ!
自分でツッコミたいけど、ここは、宮殿。
出来るだけ素早く歩いて、待たせてある馬車へと急ぐ。
「君、ちょっと待って!」
声を掛けられて振り返ると、マシュー殿下が私を走って追いかけてきていた。
な、何?
私、粗相した?
取り敢えず、床に付かんばかりの勢いで頭を下げて、カーテシーを決める。
「はぁはぁはぁ、き、君、なんでそんなに早いの?」
息を切らせて質問されても、この速さ、通常運転ですが?
でも、確かに、普通の令嬢よりは、早いみたいね。
だって、殿下を追いかけてきたお姉様方が遥か遠くに見えるもの。
「日頃の鍛錬の賜物かと」
「鍛錬?」
「淑女としての嗜み程度でございます」
出来れば、ゴロゴロ寝て暮らしたい。
だけど、このプルプルボディーの均整を保つ為と言っては、お母様とメイド長に鍛錬を受けさせられている。
私って、どんなに運動しても痩せない体質らしく、走り込みに懸垂、格闘技にロッククライミングをしても苦しくない代わりに痩せないの。
ただ、何もしないブヨブヨより、ちゃんと頑張ったパユンパユンの方がお母様好みらしい。
私には、違いが分からないけど。
「信じられないな。ポムポムの音が無ければ、気配が読み取れないもの」
「そうでございますでしょうか?」
「無理に、丁寧に話さなくていいよ」
「いえ、そのお言葉を鵜呑みにするほど馬鹿ではございません」
目上の方の無礼講を信じちゃダメ。
ハメ外し過ぎて、左遷された方の噂は、よく聞きます。
「もし、良ければ、君ともう少し話をしたい。ダメだろうか?」
王太子に駄目?と聞かれて、駄目!と答えられる人っているんだろうか?
そーっと彼を見上げると、捨てられた犬のようにウルウルとした目をしていた。
「仰せのままに」
私が言葉を発したのと、殿下が笑ったのと、宮殿のメイドさん達が周りを取り囲んだのは、同時だった。
「お嬢様、どうぞこちらに」
物凄い勢いで、私は、別部屋へと連れて行かれた。
何?
何が起きたのーーー!
奇跡だわ!
マシュー様が、ご自身からお声掛けされた!
生まれた時より乳母として、常にお側にお仕えしてきた私が言うのも如何なものかと思いますけれども、マシュー様は、人形かと見間違うほど表情が動かない。
常に虚な目で人を背景のように見る様は、全を諦めた五十男の哀愁すら感じます。
そのマシュー様が、走った!
しかも、ションボリと悲しそうに眉を下げたり、ピンと尻尾を伸ばした犬のように喜ばれたり!
あら、興奮し過ぎて鼻血が出そう。
このお嬢様、逃してなるまじ。
確か、お名前は、フラン・グレー様。
まぁ!なんと、グレー公爵家の御令嬢ではございませんか!
グレー公爵家と言えば、頭脳派の文官と武闘派の軍人と超絶系の魔導士を数多く出す名門中の名門。
王家が最も敵に回したくない、そして、最も縁を結びたい一族。
美形揃いと伺っておりましたが・・・お嬢様のスタイルは、ちょっとワガママボディーでしょうか?
しかし、少々まん丸ではございますが、大きな瞳と愛らしい口元が、欠点を差し引いても余りある魅力となっていらっしゃる。
所作も、洗練されており、動きも滑らか。
完璧すぎる礼儀作法に、ポムポムと言う足音が、ちょっとしたアクセント。
あぁ、申し訳ございませんお嬢様!
考え事をしておりましたら、早足になっていたようでございます。
え?大丈夫?
しかし、他の者がついて来ておりませんし、マシュー様も、かなり出遅れておりますので。
あら、握手でございますか?
これは、光栄でございます。
今後とも、マシュー様の事を、どうぞよろしくお願い致します。
僕の乳母、マイアーとマシュマロ姫が、物凄い勢いで先へと進む。
競走してるの?
あれで走ってないって、どうなっているんだろう。
マイヤーは、僕の乳母になる前は、女性ながら騎士団で団長まで登りつめた猛者だ。
最初に剣を教えてくれたのも彼女だし、生まれて初めて僕の骨を折ったのも彼女。
余程気が合ったのか、立ち止まって握手をしている。
羨ましい。
なんなんだ、この敗北感は。
「マシュー様も、お急ぎくださいませ」
マイヤー、当たり前のように言わないでくれ。
他のメイドは、皆、床に倒れ込んでいるんだぞ。
だが、僕は、久しぶりの気持ちよさを感じていた。
ドンドン先に行ってしまう二人には、僕に対する忖度なんてない。
本当に不思議そうな顔で、『何で付いてこれないの?』と言いたげに首を傾げている。
気を使うなといいながら、こんな風に気を使われなくて驚いてしまうだなんて、僕もまだまだだ。
まずは、二人に追いつくところから始めてみよう。
そして、いつか、僕がマシュマロ姫を軽々と抱き上げて、先頭を走れるくらいになれば良い。
「キックトック隊長!俺達の体が保ちません」
先日から、マシュー殿下の鍛錬が今まで以上に激しくなり、相手をさせられる近衛隊員が皆、満身創痍になっている。
「馬鹿もん!相手は、まだ十二歳の少年だぞ!しかも、守るべき相手に負けるとはなんだ!」
叱りつけながらも、哀れとも思う。
マシュー殿下は、子供の頃から飛び抜けた才能をお持ちだった。
勉強にしても、剣術にしても、他の同年代の者の届かない高みにいらっしゃる。
それなのに、とてつもなく自己評価が低く、わざと皆が負けてくれていると思い込んでいる捻くれ者でもあった。
そんな殿下が、目から鱗が落ちたと言わんばかりに力説されたのが、フラン・グレー公爵令嬢の類稀な身体能力。
俺も拝見させて頂いたが、アレは、駄目だ。
うちの隊員に見せたら、皆、近衛隊を辞めたくなるだろう。
剣術も、柔術も、狙撃術に至っても、全く隙がない。
『おほほほほ、嗜み程度でございますわ』
って、何処の精鋭部隊の戦士だ!
グレー公爵家は、確かに、優秀な人材の宝庫。
お父上のドル・グレーは、我が国の軍隊を率いる将軍。
長男のレアル・グレーは、父の跡を継ぐに相応しいと噂の猛者。
年に一度行われる武闘大会で、五年連続優勝をおさめている、
次男のペソ・グレーは、腕力はないが魔力量は、桁外れの魔導士。
三男のシリング・グレーは、まだ学生だが、学園創立以来の天才と呼ばれている。
将来は、行政の中枢を担う人材になることは、間違いない。
正直に言えば、この国は、半分グレー公爵家で回っている。
だからと言って、あれは、規格外過ぎる。
たかが十歳の子供と侮っていれば、俺とて一本取られるだろう。
そんな彼女を、マシュー殿下は、目標とされた。
しかも、グレー嬢に相応しくなるには、越えなければならないと言う。
マシュー殿下は、勇者にでもなられるおつもりか?
だが、これも良かったのかもしれない。
本来殿下が到達されるべき高みへと、グレー嬢が押し上げてくださっている。
多分、本当にお二人が結婚し、この国王と王妃になられたら、他国は恐ろしくて攻め入ることはないだろう。
宮殿の中庭で、マシュー様とフラン様がお二人だけのお茶会を開かれた。
私は、愛らしいお二人の姿を眺められると思い、ニヨニヨと口元が緩みそうになった。
しかし、実際には、
メェ〜
お二人の間には、何故か小さな羊が一匹挟まっていた。
「メリーちゃんと申します。メリーちゃん、はい、ご挨拶」
メェ〜
フラン様に頭を撫でられて、子羊は幸せそうに一鳴きした。
「フラン嬢、この羊は、一体?」
「私の大切なお友達ですの。マシュー殿下にも、ご紹介しようと思いまして。このようにすると、とても心地よいのです」
フラン様は、子羊の毛に顔を埋め、グリグリと擦り付けている。
確かに、フワフワの毛が気持ち良さそうだけど、マシュー様は、フラン様との微妙な距離感に困っている。
「さぁ、マシュー様も、ご一緒に」
フラン様に勧められて、マシュー様も断りきれなかったご様子。
恐る恐る子羊に手を置くと、
「おぉ!」
余程柔らかな感触だったのか、感嘆の声を上げながら、モフモフと羊毛を揉み出した。
「これは、素晴らしき弾力と柔らかさ。まるで、マシュマロのようだ」
「うふふふふ、この触り心地、最高でございましょう?」
楽しげなお二人。
十二歳男子と十歳少女が、おやつも食べず、子羊の毛に顔を埋めている姿は、わりとシュールだった。
「んー、また、キツくなった?」
私は、ゆったりサイズで作られたはずのドレスの腰のあたりが、パンパンになっているのを見て眉を下げた。
最近、マシュー殿下の鍛錬にお付き合いするようになってから、どうも肉が増量されたように思う。
運動量も増えて、食べる量だって変わってないのに、なんで?
「おい、お前、拉致られてんのに何バクバク食ってやがる。て言うか、そのクッキー何処から出てきた!」
目の前の男が、プンスカ怒っているわ。
何よ、大切なメリーちゃんを羊質に取られてなかったら、私だって大人しく捕まったりしないわよ。
メェ〜
よーしよし、本当に、可愛いわね〜。
私は、膝の上に乗せたメリーちゃんのフワフワの毛の中からジンジャークッキーを一つ取り出すと口に放り込んだ。
カリカリカリカリ
ん、いい歯応えだわ。
「くそー、話を聞きやがれ!」
男がブンと棍棒を振り下ろした。
私は、それをスイッと避ける。
ハエが止まりそうなスピードね。
三歳の従弟の方が、もっと早いわ。
そんなんじゃ、千年経っても私を倒せなくてよ。
カリカリカリカリ
「くそーーー、なんなんだ、このガキは!」
床に突っ伏して手足をバタバタさせる男。
もぉ、ガキの目の前で赤ん坊のように泣かないで欲しいわ〜。
「なんだと!フラン嬢が拉致されただと?」
キックトック隊長がもたらした突然の知らせに、私は、持っていたペンを落とした。
「今日のお茶会の帰りに、何者かに馬車ごと奪われたようです。振り落とされた御者が申しますには、グレー公爵令嬢は、大切にされている子羊を羊質に取られ、抵抗できなかった模様です」
「なんと、メリーちゃんがか!」
私は、あのフワフワの触り心地を思い出し、固く手を握りしめた。
きっと怖くて、あの小さな体を震わせているだろう。
『メリーちゃんは、ポシェット代わりですの』
と微笑む彼女は、あの羊の毛の中から、色んなものを取り出してきた。
クッキーに、飴に、マシュマロに、剣。
少し溶けかかっているチョコレートを出してきて、如何ですか?と差し出された時は、丁重にお断りしたが。
正に、マジックバッグのような羊。
フラン嬢は、二番目の兄上が、魔法をかけてくれたと嬉しそうに微笑んでいたが、大切にする気持ち、痛いほどよく分かる。
「フラン嬢とメリーちゃんの命が危ない!今すぐ助けに行くぞ!」
「いや、賊の方の命が心配です」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
私は、壁に掛けた剣を手に取ると、部屋を飛び出した。
あら?馬車が止まったわ。
「着いたか。おい、お前、降りろ」
さっきまでグズグズ泣いてた男が、急に元気を取り戻して私に命令した。
きっと、根城に着いたのね。
お仲間が近くに居るから、気が大きくなったのかしら?
男の人って、いくつになっても子供ね。
馬車を降りた私が見たのは、意外な人物だった。
「あら、お姉様方」
マシュー様との顔合わせパーティーにいらっしゃった方々。
皆様、お暇なのかしら?
「貴女、マシュー殿下に卑しくも擦り寄って、恥ずかしくないのですか!」
怒鳴られたって知らないし。
擦り寄ってきたの、向こうだし。
一応、私も、公爵令嬢だし。
多分、身分を振りかざしたら、勝つのは私だと思うのですが?
なんか、面倒くさいなぁ。
ふう、そろそろ誘拐ごっこも飽きたから、帰ろうかしら。
ぼんやり出口を眺めていると、
バァン!
ドアが蹴破られる音と共に、騎士団の皆様が走り込んで来た。
「フラン嬢!」
「あら、マシュー殿下。思った以上に早い到着ですわね」
「君が道標に落としてくれたマシュマロを追ってきた!」
ハァハァと息を切らせて私を抱きしめてくださるマシュー殿下。
あら、どうしたのかしら、私、ドキドキしてきたわ。
「申し訳ございません。折角お土産に頂いたマシュマロを、道に捨てるだなんて失礼な事を」
「いや、良かった。夜道に白く光って、とても分かりやすかったよ」
なんて紳士なの!
我が家の荒くれ者と大違い。
ガハハハハハハハハッて笑いながらジョッキでワインを流し込む人間には無い気品が感じられるわ。
メェ〜
まぁ、メリーちゃんまで、マシュー殿下に頭をグリグリ擦り付けるの?
こう言うの、吊橋効果って言うんだっけ?
不安な時に助けてくださった方、キラキラ見えたりするのよね〜。
でも、この腕の中の居心地、メリーちゃんのモフモフ以上かも知れませんわ。
「フラン嬢、お父上にとりなしてくれてありがとう」
「いえ、あのままにしては、この国の貴族が半分消失するところでしたので」
フラン嬢誘拐事件から一夜明け、僕とフラン嬢は、再びメリーちゃんを挟んでお茶会をしている。
あの後、フラン嬢のご家族が総動員で、騒ぎを起こした令嬢達の家を潰しに掛かろうとした。
愛する末っ子娘への扱いに、怒りが限界突破したようだ。
首謀者達は、自分達よりもフラン嬢が後に挨拶したことで、身分の上下を錯覚したようだ。
本来は、フラン嬢こそが一番に挨拶に立つべきだったのに、本人が面倒臭くて最後尾に付いてしまったのが原因だ。
「私がいけなかったのです。最初に挨拶をして、さっさと帰れば良かったのです」
「いや、最初に君を見たら、直ぐに君だけを残して皆を帰らせたよ」
「えっと・・・あ、ありがとうございます」
俯いて、耳を真っ赤にしたフラン嬢は、イチゴソースを掛けたマシュマロのようだ。
美味しそう。
昨日救出してから、どうも、彼女の様子が変わった気がする。
それまでは、訓練の相手くらいにしか思っていなかったようなのに、今は、モジモジとメリーちゃんの毛を弄っている。
「フラン嬢」
「は、はい!」
「もし、嫌でなければ、僕の婚約者になって・・・」
メェ〜〜〜
突然、メリーちゃんが鼓膜が破れるくらい大きな声で鳴いた。
すると、物陰から、何人もの人間が現れてフラン嬢を取り囲む。
もしや、また、誘拐か?
「マシュー殿下、我が娘を乞われるのであれば、我々を倒してからにして頂きたい!」
目の前で仁王立ちするのは、ドル・グレー将軍。
フラン嬢のお父上だ。
しかも、その周りに三人のお兄様方も控えている。
待ってくれ。
この人達に勝てる人間なんて、この世にいるのか?
呆然と立ち尽くす僕に、
「マシュー殿下、ファイト!」
ドル・グレー将軍の小脇に抱えられたフラン嬢が、小さくガッツポーズをとりながら応援してくれる。
やるのか?
やるしかないのか?
僕は、立ち上がると、
「よろしくお願いします!」
と頭を下げた。
この日から、フラン嬢との婚約までの長い戦いの日々が始まった。
第8代マシュー王の時代、国の栄華は、最も華やかなものとなった。
学術都市としても発展し、全世界から優秀な人材が流れ込み、芸術も大きく花開く。
また、高い戦闘能力を育成する軍学校も設立され、多くの優秀な軍人を輩出した。
同時に建てられた魔法学園も又、ここを出なければ魔導士ではないと言われるほど。
その元を辿れば、マシュー王がまだ王太子だった頃の経験が生かされている。
人に多くを語る方ではなかったが、遠い目をされ、
あれは、地獄だった
と呟かれたと言われている。
頭脳、武力、魔法の三点セットを我が物としたマシュー王であったが、最愛の妻、フラン王妃にだけは、歯が立たなかったそうだ。