短編 食事と手帳
お題はジェネレーターで生成したものの、やはり書いてみたい通りやってみることに。
稚拙な文章かもしれませんが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
部屋へ戻ると同時に畳に突っ伏す。起伏の少ない地形とはいえ、普段から長距離をあまり歩かないこともあり、ふくらはぎが今更悲鳴を上げていた。書店の主人と民宿の名物店主……間戸氏の話をもう一度考える。
二日目の朝に手書きで写した短歌、それと書店で聞いたことのメモ。どちらもこの地方にまつわる何かがモチーフであり意図が隠されている。その内容を知りたいのに手がかりを掴む方法が分からない。いや、知ったところでどうするというのか。自前のブログに書くにしては少々ヘビーではないか?ではそもそも調べる必要がないじゃないか。
などと取り留めのない事を考えていると、ドアをノックされる。予定していなかった来客に一瞬身構えるのが遅れる。だが、別に起き上がる必要もないかと両手を頭上へと伸ばしたポーズのまま、肺から空気が漏れ出るままに返事をする。
「お茶をお持ちしたのですが、よろしいですか?」
ああ、昨日の事もあるから心配して持ってきてくれたのか。熱中症に気をつけなさいと忠告を受けたのに、結局何も飲んでいなかった。考え事を優先させていた所為もあるだろうけど、喉の乾きより徒歩の疲れのほうが深刻なダメージだと判断したのか。お待たせするのも悪いなあと起き上がり、襖とドアを開けて招き入れる。
「では、こちらへ置いておきますね。」
「今日も持って来てもらってすみません。」
「いえいえ、下もまだ暇ですし、ここまでは無料ですから。」
舌を少し出す仕草が可愛らしい。いや、その前に無料というのはどういうことだ。有料のなんらかが用意されているとでも言うのか。まさか。
「他の飲み物が良ければ、御婆様にお伝え下さい。もちろんそちらは有料です。」
それでは、とすたすた出口へ向かい、すとんと襖を閉める。顔に何かしらの情報を表示した訳ではないのに、心を見透かされてしまったような態度であった。年端も行かない学生さんを相手に何を考えているのだ、私は。
軽くシャワーを浴び、楽な服へと着替える。完全に乾ききっていない髪も、夕食を摂る間放っておけば乾くだろうと縛らずに。財布をポケットにねじ込むと、そのまま部屋を出た。
廊下から階段へ向かう途中、楽しそうに笑う声が階下から聞こえてくる。聞き覚えのある声はやはり小峰と高井だろう。ゲラゲラと笑い転げそうなその声と、やや冷静に窘めている声。踊り場から見える、そんな二人を遠巻きに見ているお孫さんと店主。その微妙な距離関係に私を追加する。
あえて二人の常連客から離れた位置へと陣取り、今日は……昨夜のカツカレーが予想を大きく上回ったので、喫茶店の定番とも言えるメニューを頼むことにした。
「ナポ入ります!」
先程聞いた声とは全く違う、鋭さと緊迫感を含んだその声に何事かと眼を見張る。本当に彼女が言ったのか。
お孫さん……書店で聞いた「とんちゃん」は彼女の名前だったか。目つきが違う――決闘を挑まれた、武者のような眼。キッチンでゴングを思わせる金属音が響くと、何かを炒める音がする。いつの間にか置かれた氷入りのグラスを手に取り、口を付けた瞬間の事だった。
およそ10秒。オーダーと共にカウントした訳でもないが、グラスから水を飲むまでには出来上がっていたことになる。
もうもうと立ち上る湯気とケチャップの懐かしい香気が食欲をそそり、程よく焦げ目のついたウィンナーがその頂きでフォークの襲来を待ち受けている。だが甘い、私は茹で置きの麺でもウィンナーからでもない、ピーマンを攻める。
予めナポ・ベース……ケチャップ、ベーコンもしくはウィンナー、ピーマン、その他の野菜……に漬けて置くと、いくらピーマンとは言え水分が出てしまう。そして必要以上に塩分を吸収し独特のサクサク、しゃきしゃきとした食感が損なわれる。つまり、あの短時間で満遍なく火を通しているという証拠なのだ。
それだけの火力で炒めていれば当然他の具材にも熱が伝わり、特にケチャップの焦げに繋がる。それはナポにとって致命傷であり、諸刃の剣。人それぞれ好みはあれど、基本があってこその変化球なのだ。
麺をすするかすすらないか。空気を共に取り込むことで芳醇なトマトの香りを楽しむことも出来る。しかし、西洋の麺である。
すすることがマナー違反だと指摘するものは恐らく少数派であるが、ゼロではない。それが初めて頼む店であれば「ああ、この人はこういう人なのか」と店側へ先入観を与えてしまう。ゆえに、ここはすすらずに食べるのが正解。各地の喫茶店で民話収集の計画を立てているうちに学んだたった一つの事。
いや、どうでも良い。食えればいいのだ。キレイに空となった器へフォークを重ね、軽くカウンターの奥へと置き直す。
そんな事よりもこの短歌の意味をなんとか解読しなければ、先へと進めない気がする。グラスへと水を入れてくれた彼女へ礼を伝えると、空いた皿を持ってキッチンへと戻っていってしまった。
そもそも、なぞなぞやクイズの類が苦手な私にとって、こんなものは専門的な知識を持つ人物に任せるべきだろう。結果としてこういう内容で、こういう事が昔あって、現在はこうなっているんだよ。その上澄み部分だけを知ることが出来れば良い。もちろん、知らない状態……単なる旅行だけでも十分なのだから。
手帳の栞を指先でいじりつつ、どうしたものかと悩む。何も入っていない頭をひねったとして、何も出るまい。手帳を横に置き、勘定をすませるために「とんちゃん、お会計よろしいですか」と声をかけてみる。誰からその名を聞いたのだ、とでも言いたげな……恥ずかしいやら怒っているやら、複雑な表情の少女がカウンター越しに対応してくれる。
彼女が小銭を用意する間、もう一度手帳を見る。あの警備員……高井は入館手続きなどの書類を逆さまでもちゃんと読めていた。もっとも、同じ作業を繰り返し行っているので慣れもあるのだろう。かろうじてその横向きの手帳からも漢字が読める。平仮名の部分はそれよりも簡単に読める事に気づいた。気づいてしまった。
全部、平仮名にしたら読めるのか。いや、なぜわざわざそんな面倒な事をしなければならない。そこまでして隠したい理由が分からない。ただ手がかりに乏しい現状でやってみる価値はあるのかも知れない。
小銭を受け取り礼を告げると、私は手帳を横にしたまま階段を昇っていく。時折、その段差に躓きそうになりながらも。
どこに何をどのくらい書けば良いのか、ペース配分と構成が練り切れていないうちに書いている気がする。それ故に不要な部分が、冗長な部分が出てきてしまう。これを正しく修正して、冷静に読み直して、読みやすいように置き換える練習をしなくては。
口先だけではなんとでも言えるので、今後も精進します。