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72話「味方の味方は」中編


「今回は代表者とは別に同伴者がいるんですね。てっきり集会みたいに聖女と代表者だけかと思ってました」


 イーザックさんを伴って他の聖女関係者を探している最中、ふと思い立ってそんなことを尋ねてみた。聖女とその関係者が集まる場といえば聖女集会しか知らない俺からすると、今回のように代表者以外の人が同伴しているという状況は少し違和感を覚えてしまうのだ。


 意外そうに言う俺に対して、イーザックさんはどこか微笑ましげに答えてくれる。


「聖女集会が特殊なんですよ〜。聖域ほど強力な結界があるわけでもないので、パーティーの参加者以外にも、結構大勢がこの国にやってきます。パーティーに出るのは聖女に代表者、同伴者を含めて大体三人だけですけどね」


 言われてみれば、集会のときは会場である五色の塔を囲む強力な結界が入場制限をかけていた。聖女が魔法をぶつけても、人が一人通るのがやっとというほどの穴が数十秒開くだけとなれば、必然的に参加者は限られてくる。


 しかし今はそのような制限もないため、参加者を聖女と代表者に絞る必要もない。そうなると確かに聖女集会が特殊というだけで、本来こうして聖女が一堂に会する場というのは、代表者の他に数名、或いはそれ以上の付き添いがあるのが普通なのだろう。


「ちなみに、先ほどの方はユーデルヤード人類院の議員であるマカリオ氏です。ユーデルヤードの政治は人類院と精霊院という二つの議院によって営まれていますから、聖女様の同伴者としては相応しい地位の方かと」


 あの人が政治に関わるというと不安しかないが、さすがにこの場でそれを口にするのは憚られた。これだけの人がひしめき合うこの会場内でも、聖女である俺は嫌でも注目を浴びる。意図的な視線もそうでない視線も一身に受けるとなれば、いつだれが見聞きしているとも知れない今、他国要人の悪口を口にするわけにはいかないのである。


 それよりも気になるのは、マカリオさんが精霊院ではなく人類院に所属しているという事実の方だ。精霊院と人類院、単純に考えればエルフは精霊院に属するはずだというのに、マカリオさんは人類院の所属だという。イーザックさんの勘違いかとも思ったが、こうも分かりやすい名称の議院を間違えるとは思えない。


 エルフが人類院に属するとなると、人間側の議員になることでエルフにとって、ひいてはベルさんとベラさんにとって都合のいい政策を打ち出すためという理由が考えられるだろうか。少々意地の悪い考えも、相手がマカリオさんとなると途端に説得力を増してしまうのが恐ろしかった。


「ユーデルヤードはマカリオ氏のような政界の方が同伴者として付き添っているようですが、選定基準は国によって、或いは聖女様によって様々なようですね。たとえばコルトリカならボールドウィン家の執事が、シノノメは七頭の一人が参加しているようですよ~」

「ナナカシラ?」

「あら……きみがシオンの言ってた子かしら」


 聞き覚えのない単語に聞き返せば、それに対する返答より先に、何やら柔らかい感触が首の後ろを包み込むのが分かった。それから何やら艶めかしい声と滑らかな白い腕も。


「え、えと、あの」

「ふふ、小さくてかわいいのね……お姉さんと一緒に遊びましょうよ、ね? そうしましょう? こんなに堅苦しい宴、疲れちゃうわぁ……着物ってすっ……ごく肩が凝るの……」

「ヒノミヤ様……」

「な、何で脱ぐ……っていうか、あちこち、触らないで……」


 ため息をつくようにして放たれる言葉に交じって聞こえるのは、衣擦れの音。緩やかに腕を解いてもまたすぐに巻き付いて、首筋に触れる温もりがだんだんと広がっていく。ここまで大胆に露出した女性から抱き着かれた経験などないために、つい声が尻すぼみになるのを感じながら抵抗するが、まるで効果がない。


「ヒノミヤ様、聖女様が困っていらっしゃいますので」

「触れ合いっこは嫌? でも、人の子に触るのは久しぶりなんだもの……温かくて、少し硬いのね。もう少し触っていたいのだけれど……」


 イーザックさんの制止もどこ吹く風、しかしこのままではいよいよ性別が露見しかねない。決定打となる部分を触られる前にどうにか逃れなければと巻きついた腕を解こうとしたそのとき、ふとヒノミヤと呼ばれた女性が何かを思い出したように声を上げた。


「あ、そういえばシオンが言っていたわ。イツキくんにお友達ができたんですってね、会ってみたいわ……ねぇ、どこにいるの? そのオトモダチ。この国にいるって聞いたのだけれど」


 ヒノミヤさんの言う「オトモダチ」の存在を聞いた途端、思わず動きが止まる。シオンさんやイツキさんと面識があるらしい口ぶりからして、この人は恐らくシオンさんの同伴者だ。


 イツキさんの友達というと心当たりがないが、この国の人で、イツキさんと関わりがあるといえばアンネさんしか浮かばない。


 思えばアンネさんは集会で、イツキさんからおにぎりの作り方を教わったと言っていた。それを通して友達と呼べるほどの間柄になっていたと言われても不思議はない。少なくともシオンさんから見た二人が友達同士なら、ヒノミヤさんの言う「オトモダチ」とはアンネさんということになるのだ。


 もしここにアンネさんが来てしまえば、ヒノミヤさんの興味は俺からアンネさんへ移るだろう。アンネさんならやんわり拒否するかもしれないが、俺に被害が及ぶ可能性や外交的な事情を考慮して、セクハラ行為を受け入れるというのもあり得ない話ではない。それは何というか、自分でもよく分からないが、すごく嫌な気がした。


「急に大人しくなっちゃって。触られるのは嫌じゃなかったの……あら」


 思わぬ形で判明した被害拡大の可能性に悶々としていると、何やら凄まじい力で手を引かれ、気付けばヒノミヤさんとは真逆の硬い感触に顔面を強打していた。顔を少し上げれば、そこにあるのは耳飾り型の魔具。俺がつけているものと同じデザインの魔具だ。


「失礼、シノノメ国七頭のホノカ・ヒノミヤ様とお見受けします。ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません。私はネロトリア王国代表者のフィリップ・アインホルンと申します」


 アンネさんがお手本のような挨拶を述べると、ホノカさんの興味はつい先ほどまであれほど執着していた人間より、新しく来た人間の方に向いたようで、背後からは分かりやすく歓喜の声が上がる。


「ああ! きみがそうなのね。シオンから話は聞いているの。きみともぜひ……仲良くしたいわ」


 相変わらず妙な色気を放つホノカさんの息遣いが近付いてくる。俺にしたのと同じことを、今度はアンネさんにやるつもりなのだと悟った次の瞬間には、上半身を捻ってホノカさんを手で制していた。


 思わぬ相手から拒まれたことで、ホノカさんはどこか呆気に取られたような顔でこちらを見つめていたが、少しして微笑ましげに笑みを浮かべ、視線を合わせるように腰を落とす。濃い紫の髪は滑らかに波打ち、はだけた着物の胸元から覗く白い肌に着地していた。


 慌てて眼を逸らした先にあるのは、燃えるような赤い瞳と、頬に落ちる二つの黒子。どこを取っても異様に艶かしい。


「あらあら……取られたくないの?」


 取られる取られないの話ではなく、身近な人間が嫌な目に遭うのを見たくないだけなのだが、俺たちとはかなり価値観がずれているらしいホノカさんから見ればそういうことになるようだ。


 できれば話し合いで解決したいものの、まともに話が通じる相手とは思えない。果たしてどう退けたものだろうかとホノカさんを見つめる俺の視界に、また別の白い手が割り込んだ。その手は手のひらを上に向けた状態で緩やかに降下し、そのままホノカさんの頭に着地する。


「これ、あまり新米を困らせるものではないぞ」

「シオン……困らせてなんていないわ。仲良くなろうとしていたの」

「お前はそろそろ触れる以外のやり方を覚えてはどうじゃ。その口は飾りか?」


 穏やかな口調と笑みをそのままに、絶対零度の声でホノカさんを諭すのはシオンさんだ。シオンさんから嗜められて不満げに頬を膨らませるホノカさんは、まるで幼い子どものようである。身長差のせいもあるのだろう。


 シオンさんは見たところ百八十センチほどはありそうだが、対するホノカさんはせいぜい百七十センチと少しほど。それでも俺より背が高いというのが少し釈然としない。


「悪い、大丈夫か」


 聞き覚えのある声に振り返ると、イツキさんがアンネさんの背後から申し訳なさそうに顔を覗かせていた。何故アンネさんの後ろに隠れるのか疑問に思ったが、ホノカさんとのやりとりを経た今なら何となく想像がつく。恐らく彼も被害者なのだろう。察するに、被害者歴もかなり長い。


「大丈夫です……ちょっとびっくりしましたけど」


 今さらながら引き寄せられる勢いのまま密着していた体を離すと、アンネさんはどこか心配げな表情でこちらを見つめた。危害を加えられたわけではないとはいえ、俺の秘密を知るアンネさんからすれば、気が気でない状況だったのだろう。


「フィリップさんも、ありがとうございました。思ってたより早かったですね」

「途中で使用人に会ったので、案内を任せて戻ってきたのです。イーザックがついているとはいえ、少し目を離した隙に何をなさるか分からないものですから」

「……今回は何もしてません」


 まるで小さな子どもを置いて用事を済ませに行った親のような発言だが、実際問題少し離れた隙にこの有様、挙句アンネさんに助けられたともなると、言葉の端に不満を滲ませるのがせいぜいである。


 自ら護衛を買って出たにもかかわらず、聖女へのセクハラ行為を許してしまったイーザックさんは、ばつが悪そうな顔でこちらを見つめていた。


「ごめんフィル、止めきれなかった」

「まったくだ。側でただ見ていたのか?」

「紳士的なやり方を探してたんだよ。無理やり引き剥がすとかじゃなくてね」


 アンネさんから咎められ、困り顔で肩をすくめるイーザックさん。俺の性別を知っているアンネさんはともかく、俺を女の子だと思っているイーザックさんからすると、無遠慮に触れることは躊躇われたのだろう。


 そうでなくとも、イーザックさんには聖騎士としての立場がある。シノノメ聖女の関係者であるホノカさんに下手な態度はとれなかったのかもしれない。その辺りの事情を全て押しのけることができるのは、聖騎士の中でもアンネさんくらいのものだろう。


「イーザックさんもちゃんと止めてくれてたんですよ。ホノカさんには効かなかっただけで」

「あいつから逃げるなら、適当な身代わりを用意するのが一番手っ取り早いぞ。それ以外は基本的に効果がねぇってことでもあるけどな」


 まるで怪談のような対処法に思わず苦笑いを浮かべつつホノカさんを見やる。ホノカさんの興味はこの短時間で俺からアンネさんへ、アンネさんからシオンさんへ向いたようで、今はシオンさんと言葉を交わしながら、ボディタッチを試みてはバッサリ拒否されていた。


 俺もあのくらい強気に断ることができれば違ったのかもしれないが、あれは付き合いの長い人のみ許される距離感だろう。


「三人は知り合いみたいですけど、もしかしてホノカさんもシオンさんと同じ?」

「ああ。シノノメ国七頭、火の魔女だ」


 魔女かどうかという意味合いで尋ねると、返ってきたのは思っていたものと少し違う答え。ナナカシラという単語は少し前にイーザックさんから聞いたような気もするが、火の魔女という単語を聞いたのは今が初めてである。


 魔女とは自身の体の中で魔力を生み出すことができる種族であり、シオンさんは土属性の魔力を生み出せるのだと聞いたことがある。その法則でいけば、シオンさんは土の魔女ということになるのだろうかと思ったところで、アンネさんが補足の説明をしてくれた。


「シノノメには属性になぞらえた七つの国があり、各国を七人の魔女が治めることになっております。それぞれの国を束ねる魔女の総称が七頭なのです。しかし今はシオン様が木の国と土の国を治めているとか」

「魔女は長命でも、不死じゃねぇからな」


 魔女の孫としてシオンさんを間近で見てきたイツキさんからすると、思うところがあるのだろう。彼はシオンさんとホノカさんを見ながらそうこぼし、それから何事もなかったかのようにこちらを振り返った。


「あいつには気を付けろよ。すぐ抱き着くわ、すぐ脱ぐわ、ついでに脱がせようとしてくるわで、かなりたち悪いぞ」


 何とも馬鹿馬鹿しい要約に聞こえるが、つい先ほどその被害を受けた後となると迂闊に笑い飛ばせそうにない。


 顔を合わせるなり体に触れ、服を脱がせようとしてくるホノカさんは、今や俺にとっての天敵だ。きわどいところを触られることはなかったとはいえ、ドレスでガチガチに固められていなければ危なかったかもしれない。


 今さらながらこれだけ大勢の人がいる中で性別がバレるという最悪の事態を想像し、背筋が冷える。二度と会わずにいることは無理でも、次に会ったときは今回の倍以上の距離から話しかけ、背後を取られないよう細心の注意を払うことにしよう。


 神妙な面持ちでホノカさんへの対処法を考える俺を見て哀れに思ったのか、イツキさんはどこか疲れたような顔でこう続けた。


「またやられそうになったらババアのこと呼べ。立場上、本気で抵抗できねぇこともあるだろ」

「ありがとうございます……妙に対応に慣れてますけど、もしかしてイツキさんも経験が?」

「ユーデルヤードの代表者もな。ついさっき双子に引っぺがされてったぞ」


 ため息混じりにそう答えるイツキさんの表情には、心なしかかなり実感のこもった同情が滲んでいる。哀れニーナさん。彼女は俺以上にホノカさんを拒否できないだろう。


 ニーナさんを取られたくないベルさんとベラさん、二人がかりで引き剥がされるニーナさんを想像して、微笑ましいやら同情するやらで苦笑いを浮かべると、イツキさんはホノカさんに目をやりながら短くため息をついた。


「とにかくさっさと離れた方がいいぜ。挨拶回りの途中だろ」

「あっ、そうでした。でもホノカさんへの挨拶がまだ……」

「そっちは僕がどうにかしておきますよ。聖女様はお気になさらず、フィリップと一緒に挨拶回りを続けてください」


 ホノカさんとの再戦に気が重くなるのを感じながら言うと、見かねたイーザックさんが身代わり、もとい代理を申し出てくれた。


 人間大好きなホノカさん相手となると、イーザックさんのような成人男性も可愛がられてしまいそうだが、イーザックさんならきっと波風を立たせない程度に上手く躱してくれるだろう。そう信じるしかない。そうでなかったとしても、俺ができることは何もないのだから。


 しかし、ここでただイーザックさんを生贄にして敵前逃亡というのは気が引けると思い、去り際に何かあれば魔法でどうとでもするから連絡してくれと伝えると、イーザックさんは複雑そうな笑顔で


「……お気持ちだけいただいておきますね〜」


 と返し、俺たちを見送ってくれた。


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