9話「必要とされる自分」
疲れた、と口にすることさえ、最近は疲れてやめてしまう。
召喚から二週間が経ち、聖女として様々な仕事を任せられるようになってきたのはいいものの、こちらに来たばかりの頃に起こした殺人コイン事件以来、魔力操作の方は一向に上達する気配がない。今日も国の結界を強くしすぎて明らかに変な顔をされてしまった。
結界は強いに越したことはないということで、どうにか大目に見てもらえたが、空に放った魔法がうっかり内側に跳ね返されたりしないかが心配である。
魔力制御に関しては、肝心のイーザックさんがしばらく忙しくなるということもあり、魔法の授業を受けることができないというのも大きいだろうか。本当なら聖騎士団の魔導部隊に所属している人に教えを乞うべきなのだろうが、知らない人と話すことは躊躇われて、未だに依頼をできていないのが現状だ。
国王陛下や聖騎士団、それからよく分からない役職にいる偉い人たち。この世界で聖女として生活していると、向こうの世界では会ったこともないような地位の人たちが俺に対してかなり気を遣った話し方をしてくれるが、庶民の俺からすればそれが却ってプレッシャーなのである。俺の場合は性別を偽っているという後ろめたさも手伝って、いつかボロを出して性別がバレてしまうのではないか、実はもう既にバレていて、泳がされているだけなのではないかというネガティブな想像までしてしまう始末。
未だに呼ばれ慣れない「聖女様」という呼び方にしてもそうだ。こちらの世界の俺がどんな立場にいようとも、本当の俺は日本の高校生。自分より何歳も年上の相手に様付けで呼ばれる筋合いなどないのだが、こんなことを言ったところで困らせてしまうだけなのだろう。向こうの世界での俺を知らない彼らにとって、俺は聖女以外の何物でもないのだから。
唯一安心して話せるのはアンネさんくらいのものであり、彼の前だけでは、聖女ではない「宇佐神礼央」として過ごせる気がするのだが、彼も忙しい立場であるし、用もないのに話しかけて仕事を増やすわけにはいかず、近頃はあまり二人で話すことすらできていない。
次にゆっくり話せるのはいつになるのだろうと考えかけて、そんな考えを振り払うように両手で頬を叩いた。
「…………」
甘えてはいけない。アンネさんも、イーザックさんも、ハナさんも、その他の人たちも、仕事として俺と接してくれている。それだけ彼らの仕事には、聖女としての俺の存在が必要不可欠ということなのだ。そこにつけ込むような真似はできないし、するべきではないだろう。
俺は聖女にならなければならない。それがこの世界で必要とされる俺の姿なのだから。
俺は聖女にならなければならない。この世界で、高校生としての俺を必要としてくれる人など、誰一人としていないのだから。
魔具とウィッグを外す前の数分間、俺は鏡の向こうに立つ自分に言い聞かせる。
「──わたしはレオ・ウサミ。ネロトリア王国第十三代目の聖女です」
女の子に──聖女になること。それがこの世界で生きていくために、どうしても必要なことなのだ。
鏡に手を触れ、向こう側に映る自分に対し、声を出さずに念じてみる。
大丈夫、俺は聖女になれる。