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69話「あとのまつり」

これにて魔法学校編は完結となります。ここまで読んでくださっ方、本当にありがとうございました!

次章「お披露目編」準備のため、しばらく更新を休止いたします。更新再開や番外編更新はTwitterアカウント(@MiitsukiKurage)にてお知らせしますので、そちらをご確認ください。


 潜入捜査の終了から二日後。一つの大きな公務が終わったばかりにもかかわらず、俺は早くも次の公務の準備に追われていた。


「……これ、本当に必要なんですか?」

「お披露目パーティーは一種の社交場ですから、交流の場として機能させるために必要な演目なのです」


 王城の一角、元の世界での俺の部屋と比べると十倍ほどの広さの場所で、俺は次の公務の準備として、フランさんからダンスを教わっていた。習っているのは男女一組でひらひらと踊る、俺が社交ダンスと呼んでいるあれだ。ボールルームダンスという名前もあったような気がするものの、庶民の俺にはそれらの違いなどよく分からない。部屋にある箱状の魔具から流れるクラシック風の音楽が、緩やかに部屋全体を包み込んでいた。


 フランさんが言う「お披露目パーティー」とは、新たな聖女を各国に披露するという名目で行われるものらしいが、俺がこちらの世界に来てから、既にかなりの時間が経ってしまっている。思えばこちらに来たばかりの頃、パーティー用のドレスを試着するという話があった気がする。もしやそのパーティーというのは、お披露目パーティーのことだったのだろうか。


 途中まで準備を進めていたならば、もう少し早い段階でパーティーを開くことができたのではないかとも思うものの、その間に俺は誘拐され、体調を崩し、回復するなり聖女集会へ。そしてそこから帰ったかと思えば次は潜入捜査へ駆り出された。なるほど、お披露目パーティーの付け入る隙がない。


 しかし事情があったとはいえ、延期期間が数か月に及んでしまっていては、パーティーの目的そのものが達成されなくなってしまう。そうまでして今さらパーティーを開く必要はあるのだろうかと内心首を傾げていると、足元に意識がいっていなかったせいでフランさんの足を踏みそうになり、バランスを崩してしまった。そのまま倒れ込みそうになったところでフランさんから手を引かれ、俺の転倒未遂は大ぶりなターンとしてダンスに組み込まれる。一体この細く小さな体のどこにそれだけの力があるのやら。女性とはいえ、俺とは鍛え方が違うということなのだろう。


「は~い聖女様、足元は見ないでくださいね。背中が曲がりますから」

「足踏んだら、っていうか……絶対踏みます。すみません」

「お気になさらず。顔に出さなければ気付かれることもありませんよ。あたかも踏んでいませんよという顔で踏んでください!」

「わたしが気にするんですよ!」

「はいその調子、相手の目を見てください。背筋を伸ばして、動きは滑らかに。足捌きが鈍いですよ」


 あまりにも無茶な要求に思わず顔を上げて言い返せば、そこには俺の反論をものともしないフランさんの笑顔がある。


 口調こそ敬語であるものの、フランさんの指摘は全く容赦がない。一見すると普通に踊っているだけのように見えるというのに、その実は俺の表情から足元に至るまで気を配っているというのだから恐れ入る。


「フランさん、いつになく厳しいですね……」

「各国要人が参加するパーティーで、聖女様がお粗末なダンスを披露するわけにはいかないでしょう。それにボクは幼少期からの教育のお陰で、ダンスくらいはお手のものです。聖女様に覚えていただくのはごく初歩的なものですので、ボクの教え方なら三日もあれば会話を楽しむ余裕くらいは出てくるかと」


 その言葉通り、フランさんのステップには迷いがなく、ど素人の俺を完璧にリードしてくれている。


 聞くところによると、フランさんはネロトリア屈指の大貴族に数えられていたこともあるヴァール家のご令嬢なのだという。それならばダンスの作法などを幼い頃から叩き込まれていても不思議はないのかもしれないが、俺はあくまで一般家庭の生まれなのだ。パーティーで踊るようなダンスは全くの未経験、今でさえ気を抜くとすぐに足を踏みそうになったり、足元を見ようと背中が曲がったりしてフランさんから指摘されているというのに、ここに会話が加わると思うとさらに気が重くなった。会話の内容も、パーティーの参加者を考えるに、単なる雑談とは思えない。


「社交ダンスって言うくらいですし、やっぱり会話もするんですね」

「パーティーは貴族社会の交流の場でもあります。とりわけ今回は各国から聖女を含めた要人が集まるということもあり、通常のパーティーよりも外交の面が強いのですよ。もっとも、聖女様が踊る相手は基本的に聖騎士だけですが……おや、ちょうどそのうちの一人が来たようですね」


 フランさんが振り返った先を見ると、いつの間にやらアンネさんとイーザックさんが戻ってきていた。魔法学校でイーザックさんと連絡を取ったときに言っていた通り、今回の潜入捜査について話をしていたのだろう。


 アンネさんのことだから、今回の潜入先を間違えるというミスについてイーザックさんを問い詰めていたはずなのだが、見たところイーザックさんの顔に目立った傷は見られない。どうやら暴力沙汰にはなっていないようだ。


 話し合いが穏便に済んだらしいことを知り安堵していると、音楽が止まったタイミングでフランさんは緩やかに動きを止め、俺の背中からそっと手を離した。そうして、軽く俺の右手を取る。


「では、以降のお相手は聖女様の騎士に譲ることにしましょう。今お教えしたことをお忘れなきよう」

初めて会ったときのように、手の甲に唇を落とされるかと身構えた俺をよそに、フランさんは綺麗な礼を披露してから静かに離れていった。以前同じような状況に置かれたとき、性別がバレることを恐れた俺が手を引いてしまったことを覚えていてくれたのかもしれない。


 気を遣わせてしまって申し訳ない反面、理由を明かすわけにもいかない以上、彼女の気遣いに甘えるしかないことに歯痒さを覚えていると、今度はフランさんと入れ替わりでやってきたアンネさんがこちらに手を伸ばす。


「礼央様、お手を」


 差し伸べられた手に恐る恐る自分の手を重ねると、再び流れ出した音楽に合わせて、ごく自然に背中へ手を回された。ダンスの作法である以上は仕方のないこととはいえ、こうも突然距離を詰められてしまうと、どうしていいか分からなくなってしまう。


 アンネさんに必死でついていこうと、覚束ない足取りで覚えたてのステップを踏む。フランさんから指摘されていたというのもあるが、何となくこのまま無言を貫くのも息が詰まりそうだと考えた俺は、会話の練習として当たり障りのない話題を投げかけてみることにした。


「……ダンス、慣れてますね。パーティーに参加したことあるんですか?」

「パーティーの経験はありませんが、ダンスは騎士学校で一通り習ったのです。公務の都合上、踊る機会がないとも限りませんので」


 聖騎士は護衛や公務の計画などが主な仕事だと思っていただけに、穏やかな笑みと共に返ってきたその言葉には少々驚かされる。しかしダンスを踊りながらとなると上手い返答も浮かばず、俺たちの間にはまたも沈黙が居座り始めた。そんな俺たちを見かねてなのか、フランさんからはまたも容赦のない指摘が飛んでくる。


「ほらほら、社交ダンスの練習ですよ。会話を楽しみながら、息を合わせてください」


 会話も何もダンスを踊るだけでも精一杯だと言い返したくなったものの、アンネさん相手でこれとなると、本番のパーティーではさらに気まずい思いをする羽目になってしまう。いつもと違う距離感に戸惑いはあるが、早く慣れるに越したことはないと考え、今度は今回の公務についての話題を選択した。


「えっと……お披露目パーティー、結構後になっちゃいましたね。お披露目も何も、もうだいぶ知れ渡ってる気がしますけど」

「聖女が代替わりした際には、お披露目の場を設けるというのが取り決めなのです。パーティーに参加するのは各国要人ですので、各国の聖女様や代表者の方もいらっしゃいますよ」

「じゃあアリーにも会えるってことですよね! アリーとは魔法学校でも会ったとはいえ、ろくに挨拶もできないまま帰ってきちゃったのが少し気がかりだったんです」


 思わぬ形でアリーとの再会の機会を得られたことで、つい弾んだ声が出た。アリーとルイスさんはきっと今も魔法学校にいることだろう。恐らく学園中で噂になっているであろう俺たちの話を聞けば、おおよその経緯は察してくれるはずだが、挨拶ができないまま別れる羽目になったことはさすがに申し訳ないと思っていたのだ。今回のお披露目パーティーで会う機会があるのなら、その件についても直接弁明をしておきたいところである。


「他の皆さんとも案外早く会うことになりましたね。てっきり次の聖女集会まで会わないんだと思ってました」

「通常、各国聖女が集められる機会というのは聖女集会か非常事態の招集時のみですので、こうして平和な理由で聖女が一堂に会することができるのは、ある意味で幸運といえるのかもしれませんね」

「確かに。半年に一度っていうのは寂しい気もしますけど、聖女が集められるタイミングを考えるとそれが一番なんでしょうね」


 聖女として過ごしていると、どうしても周囲の人間と気安く話すというのは難しくなってしまう。各国聖女とその代表者たちは、俺にとって身分を気にせず話せる数少ない相手でもあるのだ。


 そんな彼らと会う機会が半年に一度の聖女集会のみというのは少し残念でもあったが、それ以外の理由で顔を合わせることがあるとすれば、恐らくゆっくり会話をすることもままならないような状況だろう。そんな彼らと落ち着いて話せるかもしれないと考えると、気が重いお披露目パーティーも少し楽しみに思えてくるから不思議だ。


 そのためにもまずはダンスのクオリティを上げなければと思い、つい下を向いてしまう視線を上へ向けると、いつもより少し沈んだ様子のアンネさんが目に飛び込んできた。


「……何かあったんですか?」


 思わずそう尋ねると、アンネさんはどこか驚いたようにこちらを見つめ、そのまま少しの間が空く。しかしそれも束の間のことで、秒数にして三秒ほどの沈黙を経たのち、アンネさんは穏やかな笑みを浮かべて、答えた。


「──いえ、何も」


 何も。そう言った彼の表情に、緩やかな音楽の中に混じる少しの違和感に、気付かなかったわけではない。だがこのときの俺は、アンネさんがそう言うなら、俺には言いにくいことなのだろうと、その言葉を信じてしまったのだ。


 俺が誤った選択の先で、災厄の蛹は着実に成長を続けている。


 いずれ大空へと羽ばたき、周囲の全てを薙ぎ払う日のために。


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