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65話「変身と変装のアントレ」後編


 万事休す、それとも満身創痍か。とにかくよくない状況だった。


 審判の介入、痺れ薬の効能、そして対戦相手の変身。どれもこれも予想外の出来事すぎて理解が追いつかない事柄ばかりであり、さらに悪いことに、それらの予想外の要素は現状全て決闘に参加しているアンネさんにとって不利な状況しか作り出していない。ハルフリーダが魔法を使えない今、状況を打開する切り札となるのは無属性魔法か──懐に忍ばせた魔力装填式銃くらいのものだろう。


「うう……アンナ様ぁ~!」


 祈るように決闘を見守るハルフリーダの隣で、タイミングを窺うべく状況を整理する。


 アンネさんの方は楽観的に見てもギリギリ互角のやや劣勢。攻撃手段は片っ端から審判の生徒に壊されてしまうため、ほとんど身一つで突進するしかないような状況だ。アンネさんの場合はやりかねないから恐ろしい。


 アンネさんの負傷具合も深刻だが、制服の損傷具合も看過できないレベルにまで達している。上着を脱いでいるせいで服装における防御力はかなり下がっており、敗れた袖や肩からは皮膚が覗いている。どちらも性別を偽る上では隠しておきたい部位だ。生々しい傷跡によって今はまだ制服の下に秘められている引き締まった体については暴かれていないものの、このままではアンネさんが男性だということがバレるのは時間の問題だろう。


 大まかに状況を整理した上で、俺にとってほとんど唯一ともいえる切り札である魔力装填式銃について、フランさんから聞いた説明を思い起こす。


 彼女曰く、この魔力装填式銃は聖属性魔法の特性である魔法発動時の発光含め、属性の特徴を隠す効果もあるらしく、俺が聖属性魔法の使い手だということはバレないようにできているようだ。


 一体何のためにそのような機能が加えられているのかは謎のままだが、元々この武器はグラストニアで作られたものであるため、使い手として想定されていた邪属性魔法の使い手が使用魔法を暴かれないために必要なものだったのかもしれない。本来の目的とは真逆とはいえ、何にせよこれなら安心して聖属性魔法を使えるというわけだ。


 そうはいっても俺の魔法は少々強力すぎて、発光がなくとも明らかに通常の魔法とは別物であることがバレてしまう。そのことを考えると、せいぜいチャンスは一度、それも他の属性にも存在する魔法でなければならない。まさか本当に使うことになるとは思わなかったが、こうなった以上、こちらも手段を選んではいられないだろう。


 相手の腕がアンナの脇腹を捉える。まだだ。


 アンナが相手の背後に回り、尻尾を踏みつける。もう少し。


 エルフリーナがアンナめがけて魔法を放とうと視線を向けた、今!


「アンナ!」


 目の前にあるアンネさんの背中目がけて叫びながら銃を構えると、不意を突かれたようにエルフリーナがこちらを振り返る。咄嗟に魔法の出力方向を変えるべくこちらに手のひらを向けたエルフリーナだったが、彼女の視界はどこからか飛んできた小石によって遮られた。


 この方向から魔法を放てるのは、生徒会役員の他にトラレスのみ。そしてアンネさんが情報屋から聞いた通りなら、彼の使用魔法は土属性魔法だったはずだ。


「手出し無用と言ったはずだ、エルフリーナ!」

「だからっ……あんたがだらしないから援護してるんでしょ!」


 もはや遠回しな言葉遣いを投げ捨てて憤慨するエルフリーナの声を聞きながら、照準をアンネさんに合わせ、魔法を介して魔力を装填する。放つ魔法は水属性などの属性にもあるという回復魔法だ。ただし、属性は聖属性である。


 俺の回復魔法は強力すぎて相手を幼児化させてしまうことが分かっているため、対人使用は原則として禁じられているが、それで相手を怯ませることができれば、その隙にアンネさんを連れ出せるかもしれない。


 そんな思惑と共にアンネさん目がけて放った回復魔法は、まっすぐに彼らのいる方向へ飛んでいき──身を翻したアンネさんの脇を通り抜け、ベルガーに着弾した。


「は?」


 反動を堪えるために力んだ体から、思わず間の抜けた声がこぼれ落ちる。きっとこれは何かの間違いだと言い聞かせる俺の目の前で、ベルガーのダメージが回復した。アンネさんがこれまで与えた打撃や魔具での攻撃分のダメージが、全て、きれいさっぱり、なかったことになってしまったのだ。


 予想外の結果に困惑しているのは俺だけではなく、決闘場に立つアンネさんも同じである。呆気にとられたような彼の顔を前に、俺は思わず今が潜入中であることも忘れて叫んだ。


「な……何で避けるんですか!?」

「そう言われましても、攻撃するから避けろの合図だとばかり……」

「ちゃんと名前呼んだじゃないですか! 回復魔法で治そうと思って!」


 作戦を相手に知られるまいと詳しい指示は出さなかったが、よく考えてみると銃口を向けられた状態で名前を呼ばれたとして、「当てるから動くな」の指示だと理解できる人間はいないだろう。今思えば完全に俺の落ち度である。


 しかし、相手に命中したからといって決闘での敗北が確定したわけではない。これで相手が幼児化してくれれば戦うことなく決闘に勝つこともできるはずだと思い、ベルガーの様子を見守ってみるが、待てど暮らせど彼の体が小さくなることはなく、ただただ見上げるほどの巨体が突っ立っているのみ。


 もしやこの魔法は人狼相手には効果が薄いのだろうかと考え始めたそのとき、ふとベルガーが低い唸り声を上げ始めた。背中を丸めてどこか苦しそうな表情を見せる彼の体は、依然として幼児化する気配はない。それなら一体何が起こっているのかを確かめようと、格子の向こうがよく見える場所を探し始めた次の瞬間──ベルガーの背中から突如として三本目の腕が現れた。


 先ほどまでの熱気が嘘のように静まり返る会場、兄妹喧嘩中にも関わらず呆然とこちらを見守るトラレス兄妹、そして背中から新しい腕を生やしたベルガーは、みるみる人間の姿に戻り──そのまま、泡を吹いて倒れてしまった。


 意図せず何やら恐ろしいことをしでかしてしまった気配を感じ、思わず手元の銃を見つめて固まってしまったが、何はともあれこれで決闘の継続は不可能。となれば俺たちは無事に二戦目を制したことになるのだろう。たぶん。


「えっと……これ、俺たちの勝ちってことでいいですかね?」


 念のため審判からの了承を得ようと、軽く手を挙げてエルフリーナに声をかけるが、彼女からの返答はない。審判の彼女がいる場所と、俺が今いる場所には数メートルほどの距離がある。もしや聞こえていなかっただろうかと再び口を開いた俺の耳に届いたのは、まるで今まさに殺人事件の現場を目撃したような悲鳴だった。叫んでいるのはエルフリーナ。つまりは決闘を運営する側の人間である。


 これまで誰よりも冷静だった生徒会役員が取り乱す姿を目の当たりにして、面倒ごとの予感を感じ取るのもつかの間、審判を中心に広がった動揺は、観客席にも伝播していった。


「な、何だ今の魔法は!」

「人の背中から腕が……」

「逃げろ! 腕を増やされるぞ!」


 こういう状況を、阿鼻叫喚というのだろう。人狼には驚きもしなかった生徒たちが我先にと出口へ詰めかけているさまは、これまで散々玩具にされてきた側からすると多少なり爽快ではあるものの、一個人としては少々戸惑う光景である。銃の射程内にいると誰彼構わず腕を生やされるとでも思われているのだろうか。恐ろしい誤解を招いている気がするが、弁明の手段がない以上はどうしようもない。


 しかしこのまま放置しておいては潜入捜査に差し支えるため、たとえ無駄でも最悪の誤解は解いておこうと声を上げようとしたそのとき、どこからか杖を持った生徒たちが登場し、俺を取り囲んでしまった。前左右を囲まれ、背後にはとても乗り越えられそうにない高さの格子がある。限りなくビンゴに近い四面楚歌リーチである。


 観客席と決闘場の間にいるのは、決闘参加者と生徒会役員のみ。つまり俺は今、決闘の運営側である生徒会役員の生徒から、無数の銃口とも呼べる杖の切っ先を向けられているということだ。


「リオン・シーエルド! そこを動くな!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 誤解です! 俺も何が何やら分からないんですって!」

「そんなわけがないでしょう! あんな恐ろしい術を使っておいて……武器を捨てなさい!」

「いや、だから違くて……そんなつもりじゃなかったんです!」


 何が起こったのか理解できていないことに嘘はないものの、この得体の知れない現象を引き起こしたのが俺の魔法だというのは確実であるため、言い争いの末に殺人を犯した犯人のようなセリフしか出てこない。要するに逆効果である。


 前門の魔法使い、後門の格子。決闘は切り抜けたものの、こうなってしまってはどのみち潜入捜査の継続どころか決闘会場からの脱出さえも不可能である。ここは一か八か、覚えたての転移魔法を使ってアンネさんごと脱出するしかないかもしれないという突飛な考えが頭をよぎったそのとき、ふと耳元で誰かの声が聞こえてきた。


『助けてやろうか』


 どこからか聞こえてきたのは、姿の見えない誰かの声。だが俺は、ここにいる人間の中でも俺だけは、この声の主を知っている。


 武器を捨てない俺に対し、実力行使のため杖を構えた生徒会役員の前に、格子を飛び越えたアンネさんが立ちはだかった。心強いことに変わりはないが、決闘で傷だらけの彼をこれ以上戦闘に駆り出すわけにはいかないだろう。そんな俺の考えを見透かしたように、空中からの声は言葉を続ける。


『お前、困ってる。助けてやるから、言うこと聞け』

「……分かった、頼む」

「リオン?」


 姿の見えない誰かと言葉を交わす俺を、アンネさんが怪訝な表情で見つめている。彼のその疑問に答える代わりに、俺は力無く垂れ下がっている彼の右手を掴み、声の主に向けて短く合図を送った。


「飛ばせ!」


 次の瞬間、目の前にいた生徒会役員やハルフリーダの姿は消え去り、その代償とでもいうように懐かしい痛みが襲ってくる。


 薄暗い教室の天井と、俺の上に折り重なっているアンネさんの姿を確認した俺は、危機を脱したことを理解するなりため息をこぼした。背中側に積み重なっているのは、恐らく本の類だろう。ガラスケースよりよほど痛みがマイルドである。


「リオン、怪我はありませんか?」

「アンナの方が重傷だろ……」


 起き上がるなり俺を心配するアンネさんに苦笑いを返し、説明する前にひとまず起き上がってもらった。あちこちにある傷は相変わらずだが、少なくとも今の転移で新しい傷を増やすことはなかったと分かり安堵する俺の前に、俺たちを逃がしてくれた助っ人が姿を現す。


 鳥の頭に爬虫類と思しき体、馬の下半身と、これまたとんでもないキメラファッションに身を包んではいるものの、そのサイズ感は変わっていない。手のひらほどの大きさで、宙に浮かびながらこちらを見下ろすそいつのことを、俺は短い付き合いながらもよく知っているのだ。


「おかげで助かったよ。ありがとう」


 確執や言い合い、強制転移。こいつに関していい思い出など一つもないものの、助けてもらったことは事実だと思い、素直に例を述べると、再び俺の前に姿を現した影属性の精霊は──。


「勘違いするな。お前のためじゃない」


 ツンデレのお手本のようなセリフと共に、俺の言葉を一蹴したのだった。


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