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54話「光と影」後編


「えっと、ハルフリーダさんは、光属性魔法が使えたりするんですか?」

「同級生なのにさん付けなの? ハルちゃんって呼んでよ。敬語も使わなくていいからさ」


 ヴァール先生から思わぬ形で光属性魔法の使い手を紹介され、恐る恐るハルフリーダに尋ねると、彼女は不思議そうな顔でそう答えた。俺は元々人付き合いが苦手な方ではないとはいえ、初対面の相手に愛称ちゃん付けを要求できるような鋼のメンタルは持ち合わせていない。もちろん、初対面の女子を愛称ちゃん付けで呼ぶような度胸も。


「じゃあ、ハルフリーダでいい? ちゃん付けは慣れてないから」

「呼び捨てかぁ〜、まぁいいよ。好きに呼んで」


 よろしく、と自然に差し出された手を握り返し、形式的な挨拶を終える。これまで学園内でアンネさん以外の生徒と関わる機会がほとんどなかったこともあり、当たり前のように差し出された手が、少し新鮮に思えてしまった。挨拶を終えたハルフリーダは、顎に人差し指を添え、首を傾げながら言う。


「でもぉ、わたしも別に光属性魔法が使えるってわけじゃないよ? 君と同じように、前に何度か光属性の精霊に呼ばれたことがあるだけ。今はもう呼ばれることもなくなっちゃったし」

「呼ばれなくなったっていうのは、どうやって?」

「精霊が飽きちゃったんじゃない? 精霊は元々気まぐれな種族だけど、光属性と影属性の精霊は特にそうなの。だから精霊に飽きられたり、あとはさっき先生が言ったみたいにどっちの属性の精霊からも嫌われたりすると、もう呼ばれなくなるみたい」


 ハルフリーダがところどころ首をかしげつつ口にするのは、どれも疑問形だったり曖昧だったりと、いまいち信ぴょう性に欠ける言葉。これはハルフリーダがどうというより、光属性の精霊が謎多き精霊であるからなのだろう。


「精霊が飽きるまで付き合うか、両属性の精霊から嫌われるか以外の対処法はないということですか」

「その通りですっ! アンナ様ぁ!」


 突然降って湧いた黄色い声に振り返れば、そこにいるのはハルフリーダである。語尾にハートが飛ぶようなその口調は、先ほどまでの彼女からは考えられない。だが体をくねらせながら恍惚とした眼差しをアンネさんに向ける彼女の姿を目にして、ようやくアンネさんの言っていた「付き纏い」という言葉と、目の前の女子生徒が結びついた気がした。どうやらハルフリーダの目には、アンネさんがアイドルか何かとして映っているようだ。


 もはやアンネさん以外は眼中にないらしいハルフリーダは、一歩、また一歩アンネさんへ歩み寄り、神に祈りを捧げる信者の如く手を組みながら、自らの思いを訴える。


「しかしたとえ光属性魔法が使えずとも、このハルフリーダ・ハイデッガー、アンナ様のお役に立つべく日夜修行を積んでおります! 日々の雑務、食堂の席取り、授業の板書……わたくしめにできることでしたら、何でもアンナ様に捧げる覚悟! ハルフリーダが必要なときには、いつでもお呼びくださいね?」

「そうなると、なおさら厄介なことになりましたね。つまりは現状、こちらから打つ手がないということでもあります」


 当たり前のように無視を決め込み言葉を続けるアンネさんと、無視された事実を無視して嬉しそうにしているハルフリーダ。同じ空間にいるとは思えないほどの温度差だ。付き纏いという迷惑行為を働いた彼女を擁護するつもりはないものの、さすがにここまで邪険にされるというのは少し可哀想にも思えてしまう。ここはフォローの一つも入れるべきだろうかと思ったところで、今度はヴァール先生が声を上げた。


「打つ手がないのは確かだが、これを好機と捉えるのも一つの手だ。これを機に、光属性の精霊から加護を受けてしまえばいい」

「それができたら苦労してませんって……精霊との相性は最悪なんですよ」

「君と精霊との相性が悪いことは知っている。ここまで精霊が近寄りたがらない人間というのもなかなか珍しいからな。だが、現に光属性の精霊は君を自分の空間に招き入れただろう?」


 ヴァール先生の言葉で、俺が精霊から徹底的に避けられているという知りたくない事実まで明らかになってしまったが、それならばなおさら、俺を遊び相手に選んだ光属性の精霊の存在は貴重といえるだろう。言われてみれば、光は何故、精霊から毛嫌いされているはずの俺をあの空間に呼び出したのだろうか。


「そもそも光属性および影属性とは、精霊から加護を受けるどころか、それらの属性の精霊から興味を持たれること自体が稀であることから、加護を得るのが難しい属性とされている。精霊から加護を得るためにはいくつかの手段があるものだが、光属性と影属性に関しては、向こうから選ばれるのを待つしかない」


 ヴァール先生の話を総合すると、光属性と影属性の精霊については、スカウトでしか加護を与える人間を選ばないということらしい。他の精霊はオーディションのような形で人間側から挑戦する機会があるのかもしれないが、光属性と影属性については完全にスカウト一本。そう考えると、確かに加護を得ようと思って得られる相手ではないのかもしれない。


 聖騎士に限らず、ここまで魔法を使える人は何度も目にしてきた。火属性魔法や水属性魔法、木属性魔法、土属性魔法辺りはあまり珍しくなかったが、光属性魔法を使える人となると、俺の周りにはフランさんしかいないようだ。ほとんどの属性の魔法を使えるというイーザックさんですら使えないのを考えるに、やはりレアな属性なのだろう。


「君の精霊からの嫌われぶりを見る限り、これを逃せば精霊からの加護は見込めない。光属性魔法が扱えるようになれば、働き先にも困ることはないだろう。それだけ貴重な魔法だ」


 教師らしい口調で発せられた「働き先」という言葉だけを聞くと、目の前にいる少年がまるで学校の進路指導担当のように見えるから不思議だ。完全スカウト型のレア属性で、就職にも有利。それだけ聞くとまるで何かの資格のようだが、この世界において、使える魔法の数は元の世界でいう資格の数に相当するのだろう。


 今は俺も聖女として衣食住を保障されている身とはいえ、性別詐称のことを考えても、聖女でいられる時間はあと十年もない。十年後も次代が見つからずに聖女を続けるにせよ、何か別の仕事をするにせよ、光属性魔法は俺にとってかなりの武器となるはずだ。


「確かにそうですね。使い勝手もよさそうな魔法ですし、加護を得られるに越したことはないと思います。それに少し、聞きたいこともあるので」


 呼ばれたかと思えば帰されたことへの怒りで忘れていたが、「光」の正体が明らかになった今、残る疑問がもう一つ。精霊の生態とはそういうものだと言われてしまえばそれまでだが、どうせ連れていかれるのを防ぐ手がないというのなら、直接本人たちに聞いてみるのが一番だろう。


「聞きたいことというのは?」

「まぁ、大したことじゃないんですけど、ちょっと気になってて。あの影属性の精霊──」


 言いかけたところで、一変する景色。辺りを見回せば、そこは先ほどまでいた保健室とは違う、前後左右が白い壁に囲まれた異空間だった。加えて、真ん中にいるのはつい先ほど見た光属性の精霊である。


 早速呼び出しがかかったようだが、今回の光の精霊は妙に無口だ。俺の記憶の「光」は、こちらに話す隙を与えないほど喋り倒していたはずだというのに。そこに言外に感じる俺への敵意も加われば、目の前にいるのが影属性の精霊であると気付くのに、そう時間はかからなかった。


 これは早速面倒なことになった、という先取りの疲労感が半分、加護は得られそうにないという諦めが半分。だがこうして影属性の精霊がお出ましになったというのは、俺にとって多少なり都合がいい。


 最低限の目標は抱えた疑問の答えを聞き出すこと。加護を得ることができればベストだ。


 やるべきことの優先順位を整理し、浅く息を吐く。普段の公務は団体戦。一方の今は個人戦だ。俺一人で一体どこまでやれるかは分からないが、とにかく呼ばれた以上は全力を尽くすほかないだろう。


 影属性の精霊に向けて一歩踏み出しながら、思う。


 今回こそ、地に足を付けた状態で帰りたいものだ。


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