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54話「光と影」前編


 散らかった頭を頬の痛みで無理やり整えたところで、カーテン越しにまた扉の開く音が聞こえてきた。恐らくヴァール先生が戻ってきたのだろう。目くばせで俺に確認を取るアンネさんに頷き返し、消音の魔具が取り払われたことを確認してから背筋を伸ばした。


 アンネさんの手によって開けられたカーテンの向こうにいたのは、やはりヴァール先生と、先ほどから保健室にいたであろう見知らぬ女子生徒。アンネさんの話から考えるなら、彼女が件のストーカーということになるが、目の前にいる可愛らしい雰囲気の女子と、先ほどのアンネさんの言葉はどうにも結びつかない。


 そもそも女子生徒として潜入中の彼をつけ回す理由からして謎だと思いながら、ハルフリーダというらしい女子生徒を見つめていると、ハルフリーダは俺の視線に気付くなり、にこやかな笑みを浮かべて応える。想定よりずっと好意的な反応に対し、何と答えたものか分からず会釈を返す俺には構わず、ヴァール先生が口を開いた。


「発見時の状態が状態だったため、念のため保健室に運んだが、どこかが痛んだり、気分が悪くなったりということはないか?」

「今のところ大丈夫そうです」

「そうか。それならまずは自分の身に起こったことを簡潔に話してほしい」


 ヴァール先生に促されるまま、俺は「光」という存在によって得体の知れない空間に引き摺り込まれたこと、そこで「光」の遊びに付き合わされたこと、誰かの記憶を見せられたこと、その「光」が突然豹変し、追い出されたことなどをかいつまんで説明した。


 そこまで説明し終えたところで声を上げたのは、ヴァール先生とは違う、意外な人物。


「それって、光属性の精霊じゃない?」


 ハルフリーダである。アンネさんの付き添いもとい付き纏いとしてここにやってきた彼女は、俺の話になど興味を持つはずがないと思っていたのだが、どうやらそれは違ったらしい。仮にもここで教えを乞うものとして、人並みの好奇心は持ち合わせているということなのだろうか。


 意外な人物の発言で呆気に取られる俺をよそに、ヴァール先生はあくまで冷静さを保ったまま、言葉を発する。


「私も同意見だ。君の言う『光』は、自身を『光』と呼びながら名前を持たず、おかしな見た目をした生物であり、映像や景色を見せることができる。我々が君の姿を見つけることができなかったのも、光属性の精霊が君の姿を隠していたからだと考えれば納得がいくだろう。これらの条件に合致するものとなれば、光属性の精霊と考えるのが妥当だ」


 まるで授業中のような口調の説明を聞いて思い浮かぶのは、アンネさんの同僚だというフランさんの顔。確か彼女も光属性魔法の使い手だと言っていた。こうして俺たちが特殊メイクの類に頼ることなく潜入できているのも、フランさんの光属性魔法のお陰なのである。


 思えばフランさんと初めて会ったときも、彼女は周囲の景色を上書きし、自身を喋る猫のように見せかけた状態で俺の前に現れた。それと同じようなことを光属性の精霊がやってのけたということなのだろう。


「じゃあ俺がいた場所自体は何も変わってなくて、景色を上書きして外側から見えないようにされてただけ、ってことですか?」

「いや、景色を上書きして姿を隠すことはできても、声は外に聞こえてしまう。仮に場所が変わっていなかったとしたら、発見はもっと早かったはずだろう。恐らく君がいたのは学園内の別の場所であり、空間内外からの景色を上書きすることで、そこが学園内ではない別の空間だと思い込まされていたんだ」

「つまり、リオンが姿を消したのは光属性の精霊によって隠されたからではなく、転移魔法によって別の場所へ飛ばされていたからということですね。送り返される際には、そこからさらにあの教室へ飛ばされたと」


 アンネさんとヴァール先生の淡々としたやり取りを聞きながら思い出すのは、「光」こと光属性の精霊の遊びに付き合っていたときに出現した迷路。あの迷路を構成していたのが壁に見せかけた虚像だったことを考えれば、確かに空間そのものの景色を内側と外側から上書きし、内側にいる人間にそこが異空間であると錯覚させながら、外側の人間に空間の存在を認識させないことも可能なのだろう。無邪気な子どものように思っていたが、その実態は思っていたよりもずっと強大で侮れない。


 しかし、いくら強大な存在とはいえ、彼らが精霊である以上、超えられない制約というものが存在するはずだ。


「転移魔法って無属性ですよね? 俺を連れていったのは光属性の精霊なんじゃなかったんですか?」

「先日説明した通り、精霊は魔法に近い現象を引き起こすことができる。起こせるのは原則として自分の属性の魔法に近い現象のみという制限があるが、七属性の精霊の中には、無属性魔法に近い現象を引き起こせるものもいるそうだ」


 俺の質問に対し、当然のように答えるヴァール先生。水属性の魔力を受け取った人間が、受け取った魔力を使って火属性の魔法を発動できないように、魔力を与える側も受け取る側も、属性の制約からは逃れられないはずだ。何故精霊は異なる属性の力を操ることができるのかと尋ねてみたところ、返ってきたのはこんな答え。


「君は走れるようになったからといって、歩けなくなるようなことはないだろう」


 分かりやすい回答である。無属性魔法の精霊が七属性の精霊に変化するという性質から考えても、その道理は納得のいくものだった。


 逐一口を挟む生徒に対しても嫌な顔ひとつせず説明を終えたヴァール先生は、「話を戻すぞ」と前置いてから、再び仮説の根拠について解説を始める。


「光属性の精霊は、気に入った人間を自分の空間に引き摺り込み、遊びの相手をさせることがあるそうだ。君の話を聞く限り、今回の件もそうした理由で発生したものだろう」

「あ、確かにそんなこと言ってました。遊んでくれそうなのとか、面白そうなのを呼んだって。でも最終的に追い出されたってことは、気に入らなかったってことなんでしょうか。じゃあもう連れて行かれる心配はなさそうですね」

「両属性の精霊から嫌われたのなら、もう二度と呼ばれることはないだろう」

「……両属性?」


 先生の言葉を聞き、安堵したのも束の間、彼の口から飛び出した知らない事実。俺の勘違いでなければ、今は光属性の精霊の話をしていたはずだ。今の話の一体どこに光属性以外の精霊が登場していたのかと尋ねるより先に、俺の質問を予見したかの如く、ヴァール先生が口を開く。


「授業内で光属性魔法について話をするとき、私は常に『光属性或いは影属性』という言い方をしているだろう。あれは単にこの世に存在する光と影が表裏一体であるからではない。両属性の精霊が、切り離せない存在であるからだ」


 説明だけを聞いていると、何を言われているのかさっぱり分からないが、あの空間に飛ばされた俺には、どういうことか分かってしまう。


 つまりそれは、あれだ。ジキルとハイド的なことになっているというわけだ。ひとつの体に二人の人格がいるような、そんな状態にあるということ。


「君はこちらに帰される直前、『光』が豹変したと言っていたな」

「……言いました」

「豹変する前、『光』はどんな様子だった」

「……すっごい楽しそうでした」


 半ば呻き声のような声で答えると、ヴァール先生は小さくため息をつき、それから俺にとっては残酷ともいえる答えを導き出した。


「それなら、恐らく近いうちにまた呼ばれるだろう。そしてまた影属性の精霊に切り替わった途端に帰される。話を聞く限り、君は光属性の精霊には大層気に入られているようだが、影属性の精霊からは目の敵にされているようだからな」

「ええ……光属性とか影属性の精霊って、二重人格が基本なんですか?」

「そのようだ。私の知識も姉から聞いたり、文献から情報を得たりしただけに過ぎないが、両属性の精霊はどの個体も二重の人格を保持していると考えていいだろう。光属性に影属性、与える魔力の名前は違うが、中身は同じだ」


 ヴァール先生がいつも両属性の精霊を区別していたのは、与える魔力の性質が同じでも、魔力を与える側の人格が異なっているかららしい。


 しかしこれは少し困ったことになった。潜入中とはいえ、今の俺の身分はトリス学園の生徒である。精霊の気まぐれで授業に出られないというのは、調査の面でも技術習得の面でも、非常に困るのだ。ベッドの上で頭を抱えながら、あらゆる対抗手段を考えてみるが、効果が薄いか、そうでなければ心が痛むものしか浮かばない。悩んだ末に、結局また学者の知恵を頼ることにした。


「さすがに、今回みたいなことが今後も起こるっていうのは困るんですけど……どうにか連れていかれるのを防ぐ手はないんですか?」

「光属性の精霊から加護を受けていない以上、私からはとも言えないが、それなら加護を受けた者に聞けばいい」


 ヴァール先生は簡単に言ってくれたが、その加護を受けた人を探すというのも、一体どうすればいいのやら。元の世界ならまだしも、今の俺には友達がいない。潜入捜査中ともなれば、知り合いすらほとんどいない状態だ。先生がそれを知っているとは思えないが、ここまで断言するということは、何か当てがあるということなのだろうか。


「光属性魔法が使える人って、先生方の中にいましたっけ?」

「探せば見つからないこともないだろう。だが、身近な該当者に話を聞いた方が手っ取り早い。例えば……」


 ヴァール先生はそこで言葉を切り、ある人物に目を向ける。彼の視線の先にいるのは──ハルフリーダだった。


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