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5話「聞きたくなかった」


 たぶん、二日酔いとはこんな感覚なのだろう。


 頭痛と吐き気と倦怠感。酷い風邪でも引いたときのような最悪の気分を味わいながら目を開けると、傍らには難しい顔をしたアンネさんが椅子に腰掛けていた。


 正直なところもう少し寝ていたいのだが、さすがにここまで迷惑をかけておいてこれ以上惰眠を貪るわけにもいかないと思い、重たい体に鞭打って起き上がると、アンネさんはまるで幽霊でも見たかのような顔で立ち上がった。


「……すみません、迷惑かけて」

「お気になさらず。ご迷惑をおかけしたのはこちらですので、どうぞ楽な姿勢でお聞きください」


 体感時間にして寝ていたのは数時間程度のようだが、この人からすれば数時間もの間、呑気に寝こけている人間のそばにいたことになる。社会人は大変だ。


 寝ていろとの言葉に甘えて枕に再び頭を沈める。気を抜くとまた寝てしまいそうだが、それでもことの顛末くらいは聞いておきたかった。


 アンネさん曰く、彼の言う「ご迷惑」とは、俺に魔力の何たるかを伝え忘れていたことらしい。異世界では魔法が日常的に使われていないという可能性を考えていなかったために、かいつまんだ説明しかしてこなかったのだそうだ。


 俺もつい見知った単語が出てくるもので相槌を打っていたが、創作物から得た知識だということを伝え忘れていたような気がする。


 魔法が存在する世界の人間が魔法の存在しない世界の話を創作物として好むとは思えないし、これは完全に俺の落ち度だろう。たとえ創作物の中ではよく登場するものだとしても、向こうの現実世界にない概念については素直に聞いておくべきだったのだ。


「この世界における魔力とは、単に魔法を使う上で必要となるものという位置づけではなく、生命維持にも強く結びついているものになります。人が水なしで生きることができないように、魔力の器を持つ人間は魔力の供給なしに生きることはできません。水と違い、使わなければ減ることはありませんが、魔力を持ちながらそれを一切使わない者は稀ですので」

「……じゃあ、今回俺がぶっ倒れたのって」

「症状自体は魔力制御の失敗による魔力欠乏です。天井がどれだけ高くとも、全て使い切ってしまえば同じですので」


 供給される魔力のマックスがどれだけ桁違いであろうとも、ゼロはゼロということらしいと納得しかけて、ふと違和感の存在に気付く。


 アンネさんの口調は、まるで俺の魔力が天井知らずのものとでも言いたげであり、そのまま解釈するならば俺は間違いなく聖女ということになってしまう。


 考えたくない可能性が首をもたげるのを感じながら、恐る恐る尋ねてみた。


「……ところで、この謁見って俺が聖女かどうかを確かめるものでもあったんですよね。結局そこのところ、どうだったんでしょう」


 するとアンネさんはまた険しい顔で沈黙する。──否、少し違う。何というかこれは、頭痛が痛いという感じの顔だ。


「……順を追ってご説明しますね」


 ここまで来たならいっそ一思いにやってほしいのだが、この言葉は彼自身にも整理の時間が必要だったこともあったのだろう。アンネさんは一拍置いてから、覚悟を決めたような顔で話し始めた。


「聖属性魔法は通常の魔法と比べ、身体強化や攻撃遮断、加えて傷病回復の効果をもたらすものが多くあり、魔法発動の際に淡い金色の光を放つことが特徴的です。あのような謁見の場において聖女か否かを見極めるために用いられるのは、多くが聖女本人のみで成立する身体強化。脚力向上などが分かりやすい例ですので、我々はそちらを発動すると信じて疑わなかったのですが……レオ様はあの場で回復魔法をお使いになったのではありませんか?」

「そうです。聖女って言ったらまずそのイメージでしたから。身体強化とかもできるなんて知らなくて……周りに怪我人がいなかったのってそういうことだったんですね」


 てっきり俺を試すためなのかとも思ったのだが、説明を聞いて合点がいった。そもそも回復魔法を使うこと自体が想定されていなかったのだ。この世界における聖女が回復要員でないと言われていた時点で気付くべきだっただろうか。


「……それで、範囲回復をお使いになったわけですね」

「使いましたけど……部屋にいる人に回復魔法かけたくらいで倒れてちゃ、聖女とは呼べないですよね」


 縋るような思いで冗談めかして笑ってみるが、アンネさんは笑わないどころか、眉間に皺すら寄せている。


 もうそろそろ頭だけでなく胃も痛くなってきた。着々と嫌な予感が現実に近付いてきている気がする。


「……あの、もしかしてなんですけど……範囲回復って聖女しか使えないとか、そういうことだったりします?」

「いえ、数人を一度に回復する範囲回復でしたら、通常の魔導師にもある程度は使える魔法ですので、範囲回復そのものは聖属性魔法特有のものではありません」


 それならばもしや彼のこの表情は聖女の素質の有無を確かめられなかったことに対するものなのではという期待が湧き上がったが、アンネさんはそんな僅かな期待を押し潰すように言葉を続けた。


「……ですが聖属性魔法の特徴以前に、国民全員を丸ごと回復する範囲回復など、ただの魔導師が使えるはずがないのです」


 国民全員を、丸ごと回復。


 アンネさんに言われた言葉と、俺が魔法を発動するときに思い描いたイメージを重ね合わせてみる。


 確か俺はあのとき、俺を中心に広がる波紋で人を癒すイメージを元に魔法を発動させたが、思えばその波紋の行き着く先というのは具体的に決めていなかった気がする。


 上限を設けなかった波紋は広がりに広がり、謁見の間を通り越し、城を飛び出し、街を飛び出し、そうして国全体に広がっていったのだろう。その結果、どういうわけか国民全員の傷病が回復するという事態を引き起こしてしまったというわけだ。


「……国民、全員を……回復」


 じわじわと迫りつつある気付きたくない事実を前に、気を失いそうになるのを堪えながら、どうにか気力を振り絞って尋ねてみる。


「……俺、結局何者なんでしょう」


 するとアンネさんはやはりこれまで見たこともないような険しい表情を浮かべながらも、容赦なく今の俺が最も聞きたくなかった言葉を吐き出した。


「貴方様は、正真正銘の聖女様ということになります」


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