40話「サプライズ」後編
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シオンさんとイツキさんを見送ったのち、アンネさんからの連絡を受けて塔に戻ると、彼は何故かアレクサンドラさんを足止めすることもせず、入り口近くで佇んでいた。まるで何かの様子を窺っているかのようである。
「フィリップさん、二人はどこに?」
「あちらにいらっしゃいます。お引き留めしようかとも思ったのですが、すぐに動かれる気配がなかったものですから」
確かに彼の言う通り、アンネさんの視線の先にいるアレクサンドラさんは、何やら落ち着かない様子でうろうろと歩き回っている。いつも毅然とした態度で人と接している彼女の姿からはあまり想像できない光景だ。
「落とし物でもしたんですかね」
「それならばすぐにでも探しに向かわれるはずです。恐らくあれは……」
「あれ~、ウサギさんにフィリッポさんじゃないッスか~」
アンネさんの言葉を遮るような声に顔を上げると、ルイスさんが笑顔でこちらに手を振っていた。まるでたった今、俺たちの存在に気付いたかのように振舞っているものの、あのわざとらしい笑顔や声がけを見るに、それなりに前から俺たちがいることには気付いていたのだろう。彼が何を企んでいるのかは分からないものの、今さら引き返すわけにもいかないため、大人しく二人の元へ向かった。
「アレクサンドラさんに用があってきたんですけど、何かあったんですか?」
「……何でもありませんわ。それより、用というのは一体何ですの?」
「頼みごと聞くのすっかり忘れてて。帰り際になっちゃいましたけど、あれから何か思いつきました?」
彼女には一度頼みごとを聞いていたものの、返事は保留になっていたのだ。残りの時間で叶えられるものであることを願いつつそう問いかけるが、アレクサンドラさんからの返答はない。答えに迷っているのか、そうでなければ頼みごとを考え忘れていたのだろうか。
「アレクサンドラさん?」
「……思いついたと言えば、思いつきましたわ」
思いついたとは言うものの、彼女にしては珍しく歯切れが悪い。もしや言いにくい頼みごとなのだろうかと思いつつ続く言葉を待つと、アレクサンドラさんは少ししてから意を決したようにこう続けた。
「わたくしの名前、呼びづらくありませんの?」
「まぁ、確かに長いですけど……」
アレクサンドラ・レヴィ・ネイサン・ボールドウィン。どこの悪役令嬢かと問いたくなる程度には長い名前である。
彼女の出で立ちや口調はまさに元の世界でたびたび耳にしていた悪役令嬢のそれであるが、彼女の長すぎる名前が追い打ちをかけるようにしてその要素を強めていると言っていいだろう。
「じゃあ呼び方変えてみます? ルイスさんみたいに」
「ウサギさんはお嬢のことお嬢呼びする間柄じゃないじゃないッスか」
「ここは愛称でお呼びするのが無難かと」
「それなら呼びやすくもなりそうですけど……そもそもそういうのは友達になってから呼ぶものであって、わたしたちはまだ──」
そんな間柄では、と続けようとした言葉は、ルイスさんの咳払いによって遮られた。どうやらルイスさんは俺に何かを伝えようとしているようだが、彼が直接それを教えてくれることはないらしい。彼は一体、俺に何を伝えようとしているのだろうか。
アレクサンドラさんの頼みごとは未だにはっきりとしないが、どうやら彼女は呼び方を変えてほしいようだ。今までの呼び方が嫌だったということなのだろうか。名前呼びが嫌なら名字、もしくはアンネさんが言うように愛称で呼ぶしかないということになるが、俺たちはそのように親しい間柄ではないはずである。
そこまで考えて、俺はようやくある考えに至った。
「これ……違ってたら、すごい恥ずかしいんですけど」
口にすることさえも照れ臭い。今どきこのようなやり方は小学生でもやらないはずだ。しかし今の状況と手元にある手がかりから導き出される答えというのは、せいぜいこれくらいのものだろう。
「もしかして、友達になりたいって言われてます?」
恐る恐る問いかければ、返ってくるのは沈黙ばかり。しかし否定の言葉を投げつけられることもなく、アレクサンドラさんが拗ねたような顔をしているのを見るに、完全に的外れというわけでもないようだ。
あまりにも遠回しというべきか、持って回った言い方というべきか。とにかく一言で言い表すならば、この言葉が適当だろう。
「……回りくどい!」
「よりにもよって第一声がそれですの⁉︎」
「だってそれ……『友達になって』って言えば済む話じゃないですか!」
「それが言えたらお嬢じゃないッスよ。友達なんて一人もいたことないんスから」
腹の底から湧き上がるような照れ臭さを誤魔化すためにそう叫ぶと、対するルイスさんはどこか呆れたようにそう口にした。
五日間の聖女集会を通して見たアレクサンドラさんは、どうやら人との関わりにおいて自分の気持ちを素直に伝えることを苦手としているらしい。彼女のその性格は何かと誤解を招きそうではあるものの、果たしてそれは彼女が一人も友達を作れない原因たりえるのだろうか。俺のそんな考えを見抜いたのか、ルイスさんはこう付け加えた。
「お嬢の性格がどうとかいう以前に、社交界じゃ同年代だろうが何だろうが建前使いまくりの腹の探り合いが常ッスからね。加えて他人の交友関係にやたら口出してくる物好きもいるんで、迂闊に友達なんて作れないんスよ。それこそ聖女同士でもない限りは」
どうやらアレクサンドラさんがこれまでに友達を作れなかった理由は、彼女の性格よりも彼女が置かれている環境にあるようだ。
聖女同士であることが前提条件とはいうものの、アラベラ姉妹とシオンさんは年が離れすぎており、種族の差もある。それ以前に彼女たちはそう易々と友達を作るタイプではないだろう。ニーナさんならば或いはと思ったものの、聖女と代表者という立場の違いがある限り、周りがそれを許しはしないのかもしれない。
だからこそ、同じ人間で同年代、かつ聖女である俺を選んだのだ。それらの条件のクリアは、アレクサンドラさんの周囲の人間を納得させ、彼女や彼女の友達を守るために必要なことだったのだろう。
彼女が求める条件と俺の特徴はほとんど一致しており、さらにこれは彼女から俺への頼みごととして提示されたものである。断る理由はないものの、ただ一つ、俺の秘密を明かせないことだけが気がかりだった。
この秘密は、俺がこの世界で生きていくために守り通さなければならないものだ。それに今さら嘘をつく相手を一人減らしたところで、これまでついた嘘が帳消しになることはないと分かっている。それでも友達に対して嘘をつき続けるのは忍びないと考えていたところで、それまで黙り込んでいたアレクサンドラさんが声を上げた。
「確かに条件の一致も理由の一つですけれど……別に、それだけでこんなことを言っているわけではありませんわ」
告げられたのは、どこまでも不器用で遠回しな言葉。彼女に初めて会った頃の俺なら彼女が何を言わんとしているか分からなかったはずだが、今の俺にはこれだけで充分である。
「分かってますよ。よっぽど頼みごとが思いつかなかったとか、そんなところですよね」
「この前といい今といい、貴方はわたくしのことを何だと思っていますの⁉︎」
「冗談だよ。アリー」
思った通りの鋭いツッコミに笑みがこぼれるのを感じながらそう返せば、何やら変な顔をされてしまった。相手からの頼み事とはいえ、さすがに距離を詰めすぎただろうか。
「……さすがに敬語なしになるのは早かったですかね」
元の世界ではそれなりに友達もいたものの、このような形で友達を作ったのはさすがに初めてなのだ。お互いに距離感が掴めずに気まずい沈黙が流れたのち、先に声を上げたのはアレクサンドラさんだった。
「──貴方がそうしたいというなら、構いませんわ」




