39話「これにて閉幕」
「──ネロトリア王国からの報告は以上となります」
四日は料理教室の仕上げに費やし、あっという間に最終日となった。せめて最終日は本来の役目である報告をするべきだということになり、円卓の間にて各国からの報告を行うことになったのだが、文字の読めない俺はただ飾りのように腰かけているばかりである。これではさすがに申し訳ないと思い、報告の原稿に目を通してみたものの、一つ目の単語さえ読めずに断念した。
しかし、他国も報告を担当しているのはほとんどが代表者である。唯一コルトリカはルイスさんではなくアレクサンドラさんが担当しているが、適材適所ということなのだろうか。
「今回の報告内容って、国に戻ってからまた報告した方がいいんでしょうか」
「各国からの報告は事前に文書として届けられているはずですわ。集会での報告は、あくまで当事者同士が報告の内容を理解しておくことを目的としたものですもの」
そうなると、やはりこの集会の目的は招集がかかったときのための訓練としての意味合いが強いらしい。各国の聖女と代表者、そしてそれぞれの国の情勢についてある程度把握しておくことで、動きを取りやすくする目的があるのだろう。ネットもテレビもないこの世界においては、直接こうして顔を合わせる方法が最も確実ということなのだろうか。
「集会中はほとんど別のことやってましたけど、どうにか本来の目的を達成できてよかったです」
「それぞれ思わぬ収穫もあったようじゃからな」
シオンさんが何気なく言うと、円卓の間の視線は自然とある一国へと集まった。
円卓の間の座席は、集会が始まったときと変わらないというのに、明らかに四日前とは違う国が一つ。彼女たちの長年の問題が解決されたことが、今回の集会における大きな収穫であるというのは言うまでもないだろう。
「改めてになりますけど、本当にありがとうございました。皆さんの協力がなければ、代表者を続けることすら難しかったと思うので」
「集会の取り決めである以上は協力しないわけにもいきませんもの。わたくしたちはただ、彼女の頼みごとを聞いただけですわ」
アレクサンドラさんが言うと、今度は俺の方に各人の視線が向けられた。突然話を振られて驚いたものの、姉妹とニーナさんの関係修復に動くきっかけを作った人間となると、確かに俺ということになるのだろう。
「わたしだってお節介焼いただけですから。結果的に上手くいったみたいでよかったです」
「失敗していれば、今頃はあの魔物の腹で四人がひとまとめに溶かされていたじゃろうな」
本当によかった。コルトリカ聖女とユーデルヤードの代表者、ネロトリアに至っては集会参加者全滅など、考えただけでも恐ろしい。アンネさんから何度も注意されている通り、気を付けて過ごさなければ。
「でもまぁ、いつか招集がかかったときのための予行演習くらいにはなったんじゃないッスか?」
「そうなると今後は今回の集会を通して浮上した課題の解決に努める必要がありそうですね。まずは対魔物戦闘訓練を増やすことからでしょうか」
「……お前、次の集会でも魔物の首ぶった斬る気かよ」
当然のように飛び出すアンネさんの脳筋発言に、イツキさんが分かりやすく引いている。見かけによらず武闘派だとは思っていたものの、まさか魔物の首を斬ることができるほどだとは思わなかった。
「次の集会は半年後でしたっけ。それまでにまた会うことがないといいんですけど」
「どうせまたすぐ会うことになる」
俺の言葉に対し、退屈そうにそうこぼしたのはベラさんだ。今回、宝探しで魔物を呼び起こしてニーナさんを危険にさらしたことを根に持たれているのかもしれない。聖女に招集がかかる事態となると、どこかの国で災害が起きたときくらいのものだ。俺もそこまで次から次へとトラブルを持ち込む体質ではないと思いたい。
「と、とにかく、五日間お疲れさまでしたってことで。あとは各自解散で大丈夫ですか?」
「ここまで各自好き勝手にしてきたのですから、最後くらいはきちんと集会らしくするべきではありませんの?」
アレクサンドラさんはそう言うものの、俺が知っているフォーマルな集会といえば、全校集会くらいのものである。そういった集会は終礼で終わっていたが、この場面においては締めくくりの挨拶あたりが妥当だろうか。
初めての聖女集会は、向こうの世界でもこちらの世界でも体験したことのないことばかり。他国聖女や代表者は皆、個性豊かという言葉さえ陳腐に思えてくるほどに強烈な人ばかりだったが、この五日間を通して、少しは打ち解けることができたと思いたい。
「ではここに、聖女集会の閉会を宣言いたします」
五日間に渡る聖女集会の思い出を噛みしめながら、締めの挨拶を口にする。
これにて聖女集会は閉幕。だが今回の聖女集会を通して、俺はまた一歩、正式な聖女に近付いたことになる。集会を終えた以上、招集がかかれば俺はネロトリア王国の聖女として見られることになるのだ。
これまで以上に気を引き締めなければならない。ここも俺にとってはひとつのスタート地点なのだから。




